熟成下書き　第1108話・2.15

「なるほどね」私は一計を考えた。クリエイターである私はネタを構築して、ネットを介して世に発している。だが時にはネタが思いつかないことがあった。とはいえ思いつかないからと言ってあきらめるわけにはいかないのだ。なぜならば諦めてしまうと、「もういいか」と油断してしまう。それが続けばだんだんと堕落して、いつしか創作活動をやめてしまうだろうと思うからだ。

　今日も何かを考えなければならないと考えていた私はあるキーワードを見てひらめいた。それは「熟成下書き」である。熟成と言えば普通は肉などに使う言葉であろう。そのほか酒も熟成するという言葉があったはずだ。普通は新鮮な方が良いのに、熟成させて古いものに価値を見出すことがある。

「でも」ここで私はひとつの疑問を持ってしまう。下書きと熟成下書きの違いだ。「食べ物のように、時間を置いたら熟成するのだろうか？」単純な疑問である。しばらくそのことで悩んだが、やがてひらめく。

「クリエイトでの熟成とは、恐らく私自身のその時の精神上の問題ね。なら」そのとき私は面白いことを考えた。それは同じものを３つ作るというのだ。途中まで同じものを3つ作る。そしてそのうちのひとつは、そのまま最後まで作ってから完成させていく。あとひとつは翌日くらいに続きを作って完成としよう。つまり普通の「下書き」残りひとつ、これこそが「熟成」下書きである。しばらく下書きのまま放置するのだ。私がこの先の未来の心境が変化するか、まったくわからないけど、その結果実質的に熟成させた下書きを完成させる。

「すぐには無理ね」私は今日この行動をとるのを断念した。やるからにはもっと本格的にやりたいと思ったのだ。だから今日は別の物をクリエイトする。

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　こうしてしばらく日がたった私はいよいよ行動に出た。時は2022年12月31日である。三つの下書きを用意した。クリエイターである私はいろんなものを創作できる。だが、今回は絵を創作することにした。「下書きは輪郭ね」こうして私はキノコの形をした下書きの絵を３枚用意する。公正を期すため、下書きを一枚描くと、コピーを3枚取った。そうしないとひとつずつ手で下書きを書けば、どうしても微妙に形が変わってしまう。それが熟成による変化かどうかかがわからないからだ。

「よしコピーが取れた。では最初は今から創作しよう」私は３枚のうちの一枚について捜索を開始する。あまり難しいことはしない。下書きのキノコの絵に自由に色を塗るだけだ。時刻を見ると12月31日の午後6時である。あと６時間で年を越してしまう。それだけは避けたかった。なんとしても年内に１本作成しようと頑張ると、２時間程度で完成させる。

「そして２枚目は明日。つまり2023年に書くわけね」こうして年を越した翌日1月1日に、２枚目のキノコに色を塗った。前の日とは違う色になっている。恐らく前の日に塗ったばかりだから無意識に前の日とは違う色を塗ったのだろう。私は完成した二枚の絵を隠すことにした。これは熟成した感性で書いた作品が、熟成前の作品の影響を受けさせないようにするためである。

いつにしようか？私はどのくらい熟成するか考えた。このとき、ふとある日付に視線が入る。「2月15日。1か月半先か。いいわね」こうして熟成期間は１か月半と決まった。

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「さあ、いよいよ熟成下書きの結果がわかるときね」カレンダーの2月15日の欄に「熟成下書きの日」と書いていあったので、しばらく忘れていたがすぐに思い出す。目の前には下書き状態。つまり輪郭だけが書かれているキノコの絵があった。さていよいよこのキノコに塗る。1か月半前熟成していない絵を一切見ることなく描くことで、どういう違いが生まれるのか？私にはわからない。あくまで直感で色を付ける。

　私は一瞬目を閉じた。初めての試みである熟成下書き。もしこの下書きによって今までとは違うクリエイターとしての成果が表れるのであれば、これからももっと適用しても良いと思っている。もしあまり意味が無ければもうやらないかもしれない。
　私は画材を手にした。こうして無心にキノコに対して色を塗り始める...…。

「さて、どうかしら」私は熟成下書きを完成させた。もう1か月半前にどんな色を塗ったのか覚えていないから、見比べるのが楽しみだ。
「せーのっと」私は最初に12月31日に塗った絵と1月1日に塗った絵を見た。まずこのふたつの絵の色が違うことが妙に新鮮だ。そして今で来たばかりの熟成下書き済みの絵と見比べた。「へえ、なるほど、確かに違う。1か月半で塗っている色が微妙に違うわ。けど1月1日に塗った絵よりかは近いかもね」

　ということで、私の熟成下書きは可もなく不可もなくと結論付けた。だが私はこれについて後で気づく。これは熟成というよりも、１か月前と今との心境の違いによる塗り絵の比較に過ぎないのではないのかと。


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シリーズ　日々掌編短編小説　1108/1000
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