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トサカ男の憂鬱 第885話・6.27

「よし、先頭に並べたようだ」こう頭の中でつぶやいた男の髪は、髪のほとんどを刈り上げておきながら真ん中だけは、鶏のトサカのように高く盛り上げた形をしている。いわゆるモヒカン刈りだ。そんなトサカ男が何の先頭になったかと言えば、バス停での並び順であった。

 このバス停にはバスが1時間に1度のペースで来るが、本数に比べて人の利用が多い。30分に1本でも良さそうな気がするが時間帯によってはガラガラである。トサカ男が並んでいた時間は夕刻とあって、このバスには通勤帰りや学生、買い物帰りなどいろんな人が乗っていた。トサカ男の後ろには5.6人並んでいるがいずれも彼よりは、年上だと思われる。
「また露天風呂で猿が出たらしい」「ほう、そりゃ面白れぇワシも一度見てみたいもんじゃのう」


 後ろではこんな会話をしながら声に出して笑っているが、トサカ男はその話に気興味がなく、会話が聞こえること自体をうっとうしく思っている。
 その中にバスが入ってきた。トサカ男はバスでここから一時間ほど乗る予定。頻繁になるわけでは無いが年には何度も利用する。こうして見事に、定刻時刻に合わせるように、バスが来た。トサカ男の男は座る気満々。理想は前の方だが、後ろでも構わないと思っていた。こうしてバスが入る。「お、おい!席が空いてない」トサカ男は、声を出し掛けたが、ギリギリのところで抑え込んだ。

 バスが止まりドアが開く。バスの中ほどに乗車口がある。トサカ男は誰かバスから降りてくれることを願ったが、残念なことに誰も降りる様子はない。またタイミングの悪いことに、ひとり客ばかりのようで、2人掛けの席の窓側の席が埋まっていた。通路側なら空いている。だかトサカ男は、少し前に別のバスに乗ったときに、隣の席に座っていた見知らぬ年配の女性から嫌な目に遭った。大袈裟かも知れないが、もはやトラウマに近いもの。だからトサカ男は、人が座っている隣には座らない。

「クソッタレ」と心の中で愚痴りながら、一番前の運転手が操作している光景が見えるところで、かつバスの降車口のすぐ前を陣取る。すぐ横にある先頭の座席は空いているが、そこは現在使用禁止。トサカ男はその座席の背もたれの先に手を置いて座席にもたれかかる。ちなみにトサカ男以外の客は、彼のようなトラウマもなく、通路側の空いている席に座って行った。バスは動き出す。この時点でバスの中にて立っていたのは、トサカ男のみだったが、ここはバス停の数が多いローカルバス。トサカ男はそのうち席は、空くだろうと思った。
 だがいつまで経っても誰も降りない。

 それどころか、ある停留所で次の人が乗ってくる。このバスは相当混みそうな予感。ところがここで意外なことが起こる。バスを乗る人と降りる人が一致した。つまりひとり乗ったらひとりが降りるし、ふたりが乗ったらなぜかふたり降りるのだ。

こうして降りた人の後、すぐに乗ってくるひとがいるので、空いた席に座る。結果的にトサカ男だけがバスで立ち続けていた。

「ち、なんという日だ」トサカ男は思わず舌打ちをする。こんなことが何度か続いたが、トサカ男がバスに乗って30分ほど経過すると奇跡が起こった。 
 このバス停では初めて降りる人だけとなり、誰も乗ってこない。トサカ男は席をみた。後方の2人座席が見事に空いている。
「行こうか」と、トサカ男は思ったが、そこは運悪く最後方の席である。そこまではいくのに5秒近くかかるのは確実。「そうまでして座るのもどうだろう」トサカ男は一瞬躊躇する。
 トサカ男は周りを見渡した。確かバス停で一緒に乗った年配者のうち、今も車内に残っているのは、皺だらけで杖を持っている老婆とフサフサしているが、真っ白な髪の高齢者にしか見えない爺さんだけだ。

「もう俺が座っても気づかんだろう」とトサカ頭は思いつつ、結局後方の席を何度も眺めるだけで、行動に取れないままバスが動きだす。すぐに次のバス停に到着。今度は若い女性が乗ってきた。トサカ男よりも年下かも知れない女性は、空いていた席にそのまま座る。
「しまった!」その光景に相当なショックを受けるトサカ頭。そのままバス座席の背もたれの上に置いていた手の上に顔を埋め、行動を取れなかった時分自身を責めた。

 こうしてまたしてもトサカ頭だけが立っているバスはどんどん目的地に向かって居る。やがてバスは少し大きなデパートの前に停車した。ここで老婆が杖をつきながら降りていき、さらにトサカ男からみてすぐのところ。運転手のすぐ後ろの席に座っていたひとが降りていく。「チャンス!」
 トサカ男は迷うことなくその席に飛びついた。だがそこまで焦る必要もなかったようだ。乗車してきた人も居たが、ほかに降りる人が多くいたため、トサカ男が慌てなくても、バス車内に空席が目立つほど。
「やっと座れたぜ!」トサカ男は、ようやく座席に座れることに、心中でガッツポーズ。その後は発車したバスからの車窓を楽しむように見る。立ちっぱなしで疲れた足をぶらぶらと動かしながらリラックスさせた。
 これほどまでバスの席を恋しく感じたことは初めてだ。だがそれから一分も経たないうちに、その楽しみは中断。トサカ男は、静かに立ち上がりバスを降りる。トサカ男は一時間の乗車のうち座れたのは、立った一停留所分の一分弱に留まった。



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シリーズ 日々掌編短編小説 885/1000

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