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すぐに急いで移動って 第876話・6.18

「所長、鳥取砂丘に無事行き、調査が終わりました。帰りの移動中にレポートも出来ましたので、鳥取から取り急ぎ研究所に戻ってまいりました」研究員の山田は嬉しそうに研究所の部屋に入ると、所長の岡島が座っていた。だが山田を一瞥するだけで表情は変わらず。

「そうか、今帰ってきたのか。うむ、ご苦労であった」
「はい、これで日本三大砂丘のと言われている、鹿児島の吹上浜と鳥取、それから遠州灘の中田島砂丘、あ、まあこれは近くでいつも調査研究のために行きますが、とりあえず制覇しました!」胸を張るように語る山田、だが岡島の表情は変わらず。
「あとは小さい砂丘が全国にありますが、そこは時間のある時に少しずつ攻めたいと思います」
 ここで、ようやく岡島の表情が変わった。目を大きく見開き、あたかも獲物を定めた猛獣用のような鋭い表情。山田は思わず身震いをした。

「甘い!君はまだまだ甘いな」「え、と、申しますと」
 ここで席を立つ岡島、そのまま山田に近づくと、「確かに鳥取砂丘と吹上浜それから、まあ中田島は当然であるが、そこに行ったことは評価しよう。だが、まだ大きな砂丘が日本にあることを知らぬようだな」

「え、三大砂丘とは別に」驚いた山田、岡島はゆっくりとうなづくと、「青森には、猿ヶ森砂丘という場所があり、これこそが日本最大の砂丘と言われておる」
「日本最大......」山田は初めて知った砂丘の名前、さらにそれが今まで実際に見てきた三大砂丘よりも大きいと聞けば、いやでも興味を持つ。
「ふん、興味を持ったようだね」「はい、もちろん、三大砂丘よりも大きな砂丘があるなんて聞いたら、僕は行かないわけにはまいりません」
 山田は鳥取から帰ってきたばかりなのに、もう青森に行きたくて仕方がないようだ。


「それは青森のどこにあるんですか」山田の目が輝いている。ここで岡島が詳しい情報を教えれば、すぐにでも行こうという雰囲気がにじみ出ていた。
 岡島は、山田から離れ自分の席に戻る。それからゆっくりと座ると「猿ヶ森とはアイヌ語の『サル・カ・モライ』に由来する名前だ」
「アイヌですか、それはなかなか神秘的ですね」いつの間にか山田の手にはノートがある。岡島の語ることを一字一句見逃さないかのように、山田は利き手でペンを動かす。

 東西は2キロ、南北に17キロあると言われているが、面積が測られていないのであくまで推測だ。
「面積が測られていない......そんなに大きいのか......」山田は頭の中でつぶやいた。いよいよこの砂丘のことが気になる。
「私が知っている情報によれば、この砂丘は約6000年ほど前にあった縄文海進よりも後に形成されたのだという」
 岡島の語りは落ち着いてゆっくりとしている。それは山田にとっては好都合、すべてノートに書き写した。また岡島の声には張りがあり、それだけでも威厳を感じる。「縄文海進」というキーワードに対しても山田は、興味を増幅させるのにぴったり。

「また猿ヶ森ヒバ埋没林という場所があってな、これは800年から1000年前の物である。それから、そうそう砂丘湖が大小20近くあるそうなんだ」
 岡島が語り終えたと同時に、山田が勢いよく岡島を見る。今度は山田の方が獲物を狙う獣のような鋭い視線をぶつけてきた。

「わかりました。僕、そこに行ってきます。場所は青森のどこですか!」「ああ、下北半島だな。別名下北砂丘ともいう。だけど君、『行ってきます』って言っても、今、鳥取から帰ってきたばっかりでは無かったのかな?」
「いえ、そうですが、もう我慢できません。行ってきます。下北半島ですね。ではすぐに準備します」山田は勢いよくノートを閉じると、いきなり手に持っていた荷物を確認する。もう彼の頭の中では、下北半島にあるという日本最大の砂丘のことしか入っていない。

「本当に急だね。まあ行って来ても別にいいが、急ぐことはないだろう。無理するな。お金は大丈夫なのか?」
「大丈夫です。クレジットカードも持っていますし、どうにかなるでしょう。それよりも日本最大の砂丘、この山田、確実に見てきて、その大きさを体験してまいります。鳥取の報告書はこちらに置いておきます!では取り急ぎ」

 山田はそこまで言うと、鳥取砂丘のレポートを岡島の机の上に置く。そのままかばんを持って、逃げるように研究所を出て行った。
 山田の出て行ったあと、岡島はひとり静かに座っている。山田の出て行った残像を眺めるようにしながら思わず口元が緩む。「フフフフ、若いから勢いがあってよいのう」

 ところが直後に岡島はある大事なことを思い出す。「あ、そうだ、大事なこと言うの忘れたな。ああ、もう行っちまったか。まあ、いいだろう。あれだけ行きたいと本人が言ってたし。若いときはそのくらいの方がな。ハハハッハア!」

 岡島が山田に言い忘れていたこと。それは山田が向かっている猿ヶ森砂丘はその大半が防衛装備庁の下北試験場という弾道の試験場となっており、一般の立ち入りが禁止されていることである。だからごくわずかなところには行けたとしても、いったいどこまで調査できるか不明なことであった。

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