畳の上に現れたもの

「やっぱりプロに頼むときれいだな」
健太郎は、この日クリーニング業者に自室の清掃をお願いしている。
「日本人としては、やっぱり畳が一番。でもこれ掃除が意外と面倒なんだよな」とつぶやきながら、きれいになった6畳間の部屋をうれしそうに見つめた。気になっていた壁のシミもきれいに取れていて、新築のような雰囲気すらある。

「引越してきたみたいだ」そうつぶやくと健太郎はその場で座り込み、さらに顔を畳につけた。そして目線を畳の上から眺めてみる。「でもところどころで、傷ついているな。そりゃ新品じゃないもん。しかし、こうやって畳を見ると、畳が刈り入れときの稲穂のようにも見えなくはない。不思議だ」 
 そういいながら畳の目を眺め続ける。すると急に視界が暗くなる。突然目の前が明るくなり、見たことのない田園風景。先ほどの畳のように見える田んぼは、本当に刈り入れ前の姿になっていて、米を多く含んだ稲穂が首を垂れる。「あ、あれ?」と思ったその瞬間。突然の衝撃音と同時に、目の前の視線が前後した。「な、何・地震?」

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「あれ、あ、ここは」健太郎は、衝撃で気づいた、知らぬ間に畳の上で寝ていたらしい。が、ここは自室ではない。人が多くてそれぞれの人がしゃべっている大小の音。瓶らしきものがぶつかって聞こえる高音が遠くで聞こえる。
「あれ、頭が混濁しているようだ。そうか夢見てたのか? えっとここは」見ると、大広間のようなところにいて、何人かが休憩していた。年配の男女の姿が目立つが、一部若い人もいる。基本的に座っていて何か食事をしている人もいたが、半分近くは横になり座布団を枕にして昼寝していた。
「あ、ここリラックス温泉。そうそう、スーパー銭湯に来て、寝てたのか」
 リラックス温泉とは健太郎の行きつけのスーパー銭湯だ。徒歩圏内の町中にあるが、地下千メートル以上を掘ったために、湯が沸き出ており、一応天然温泉ということになっている。

「さて、そろそろ帰ろうか」健太郎の休憩している大広間は、果たして何畳分だろう。数えたことがないが100畳近くあるんじゃないだろうか。少なくとも百人近く座ってくつろげるほど広い。この大広間の正面には舞台もある。特別な日には、どこからかマジシャンとか芸人を連れてきてショーをやるようになっていた。そういう人が誰も来ない日は、夕方からカラオケ大会が始まる。

 健太郎は胡坐をかくと、大きく両手を延ばして深呼吸した。目の前には黒いテーブルが置いてあり、テーブルには湯飲みとポットが置いてある。ここで帰る前にお茶を飲もうと思った。上が幅広になっているプラスチックの湯呑は底を上にして重ねられている。そのひとつを取って、ポットからお茶を入れた。手で斜めにしただけで出てくるお茶。ポットの口からはかすかに湯気が出ていた。今までの経験からして、ここのお茶は少し熱いが、健太郎にはちょうど良い温度。ところがお茶を入れて手にするが、いつものようなぬくもりが感じられない。「あれ、ぬるいな今日は」

 その瞬間、どこからか悲鳴に似た声が聞こえる。健太郎は声のするほうに視線を送った。すると遠くから想像できないことが起きている。何か大きな車両のようなものが、こっちに向かって突っ込んできた。「え?なに」
 見るとどこかで見たことがある。それもそのはずだ。いつも通勤で使っている鉄道会社の車両ではないか? 音もせずにいきなりこっちに向かっているが、どうも張りぼてのように見える。
 などと考えていると、すぐ目の前にその車両が「うわぁ!」健太郎は大声を出し、慌ててお茶を手から外して体を横に伸ばして逃げた。

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 大きな衝撃。まさか頭がぶつかったのか?直後に痛みが... ...。
「イテテ」健太郎が頭を押さえる。しかし頭がぶつかったのは車両ではなく畳である。顔を上げて見ると車両などない。「あれ、あれが夢?」気が付くと数人の視線があった。驚いた表情をしている人と、笑いをこらえている人の両方がいる。どうやら今のも夢らしく、寝ぼけて声が出でしまったようだ。もしくは床に頭をぶつけた音が大きかっただけのかもしれない。健太郎び頭の痛みはすでに収まった。その代わり急に顔が赤くなっている気がしてならない。

 健太郎はすぐに視線から目をそらし、この不穏な空気が落ち着くまでスマホを取りだしてそっちに気持ちを集中させる。表示しているのは今日は9月24日。みんなの視線が消えてくれるまでと、何か操作をすることにしたが、特に思いつかなかったので「9月24日」とGoogleに入れてみた。
 すると「畳の日」「清掃の日」と出てきた。ここで思い出す。
「そうだ!思い出した。だからここにいるんだ。今クリーニング業者に掃除してもらっている最中。でももう終わっている時間のはず。9月24日が清掃の日だからこの日にお願いしたが、畳の日でもあったのか。だからさっきから畳の夢を」と言って視線が下に向く。そこから畳の目が見えていた。すると一瞬身震いが起きる。

 健太郎はお茶を飲んで帰ることにした。さっき入れたつもりのお茶は、夢の中の出来事だからそこにはない。改めてお茶を入れる。ポットに注ぎ、そして湯飲みを手にすると、いつもと同じ温度。
 今度こそ夢ではないようだ。とりあえずお茶を飲む。口の中に入る温かいお湯。ほとんどお茶のアロマやフレーバーはないが、喉から位に向かってお湯が流れているのがわかる。これで健太郎はようやく気持ちが落ち着いた。

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 健太郎は温泉施設から家に戻る。部屋を開けると最初に見た通りと同じ光景。専門業者の手により畳も壁もきれいになっていた。
「あれって予知夢?正夢?まあいいや」しかしこの後、夢のように畳に顔をこすりつけるような行為はやめた。なんとなくまた同じ夢を繰り返しそうな気がしたから。



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こちらは84日目です。


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シリーズ 日々掌編短編小説 249

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