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悪循環にハマっていたら、「概念」と「問い」を検討するべし

もがいているのに、
がんばっているつもりなのに、
なぜか成果が出ない。悪いことばかり起こる。

みたいな時ってありますよね。

どうしてこうも楽にならないんだろう?
成長している感じがしないんだろう?

苦しくなって、
ついついスマホに逃避してしまう。

周りからはそれをなじられる。

こんな苦しい状況は嫌で仕方ないので、
できれば金輪際お別れしたい。

そういうことは僕もあって、
その時には決まった対処をします。

それが、「概念」と「問い」の検討です。

何が何やら、と思った方はぜひ本編へ。

今回は、具体的な細部を詰めるというよりは、
それぞれの重要性を書くことに努めます。

概念の重要性
〜それなしには、問題が見えない〜


まず、概念について。
今僕らが当たり前に使っている様々な概念、
これがサクッと手に入っていることが
どれだけありがたいことか。

たとえば、
貨幣(お金)という概念のない地域には、
貯蓄も投資も成り立ちません。

貨幣には3つの機能がありますよね。
価値尺度、交換・流通手段、価値貯蔵手段」です。

貨幣がなければ、これらがないか、
または非常に曖昧なものになります。

取引は、感覚や好き嫌いがすべて。
成果は、どんなにあっても翌年に持ち越せない。
投資も貯蓄も存在しない。
当然、長期的な見通しは立てられません。

後から見れば、
貨幣がないのはデメリットだらけですが、
実際「貨幣」を浸透させるのは大変な苦労
だったのだろうと思います。

貨幣には心がこもっていないとか、
貧富の差が拡大するとか、
見ず知らずの人と何か
交換することなんてないとか、
色々と頑固に反論する人たちが
大勢いたことでしょう。

いや、こんなのは生やさしい。
これらの批判はまだ一応理屈をつけようとしています。

中には、「悪だ」とか「神に反する」とか、そんな旗を掲げて物理的に追い詰めてくる人もいたでしょう。魔女狩り、村八分、逮捕、etc…。

そういった社会の圧力に屈せず、
社会のためになるんだと思って動いた人たちが
過去にいて、しかも社会が変化する最中には
激しく非難されたことを思うと
涙が止まりません(誇張)。

社会の教科書でおなじみ
「人権」「公平」「貨幣」「自由」・・・
だけでなく、
「会議」「恋愛」「運」「鬱」「成長」
など、とにかくなんでも、それらがあるおかげで考えられていること、意思疎通できていることを想像してみてください。

その恩恵は計り知れません。

概念化の目的 〜知恵の解放〜

もちろん
概念化されていなくても
物事を捉えることはできます。
ただし、伝えるのは難しく、
一部の人にしか認識できないものになります。

しかし、概念化されていれば。

たとえば、
絵の良し悪しがわからない人でも、
「遠近法」が正しく使われているかはわかるわけです。

ビジネス感覚がなくても、
「収支」「売上」「利益」みたいな言葉で
会社の状態を診断することはできる。

これが何を意味するか?

概念化という武器が
知恵を独占から守り、民主化している

ということです。

人類がここまであらゆることを
概念化してきたのには、ちゃんと理由があったのです。

概念化すれば
複雑すぎて頭の中だけで考えたり、
他人に説明したりすることがむずかしい
物事や状況に対して、
これらを俯瞰的に捉え、
中身のメカニズムや構成要素の関係性を
スッキリした形で表現する
ことができ、
検討したり議論したりできる状況が生み出される。

先人たちが知の格闘をし、時には血を流しながら獲得してきた概念をサラッと獲得できる。それが超高度な情報社会にいる僕らの強みです。

自分の頭で考えるより前に(特にセンスに自信がないのであればあるほど)、以下のように問いかけるべきでしょう。

私は、今考えている分野の概念を必要なだけ持っているだろうか?

最低限必要な量を教えてくれそうなものは?

この問題を的確に表したり、違った観点から眺めるために
良い概念やモデルはないか?

それを教えてくれそうなものは?

必要な概念を、
正しい理解の上で的確な方法で使えれば、
大船に乗った気でいていいと思います。

水たまりで釣りをしていないか?

概念の話をだいぶ熱弁してしまいました。
「問い」の話に移りましょう。

さっそく、有名な質問の話から。

もしあなたがが死にそうな状況になって、
助かる方法を考えるのに1時間あるとしたら、
どんなことをしますか?

アインシュタインはこう答えました。
「最初の55分は適切な質問を探すのに費やすだろう」

なぜでしょう?

僕らはすでに
ほとんどあらゆる問題を解決するための
ヒント・概念を持っているからです。

あとは、質問しだい。

最適なやり方に
アクセスできるかどうかを決めるのは
質問力の問題なのです。

はっきりいって、
正しい問い
さえ見つければ
正解への道筋は、自ずと導かれるもの
そう思っておいていいくらいだと思います。

最適な問いを見つけることがどれほど大事か。

それを示すための面白い話があります。

ある釣り人が、いつもの場所で釣りをしながら、通りかかった人にこんなことを質問しました。

「どんな釣り道具を揃えれば、もっと釣れるだろう?」

通行人は苦笑して言いました。

「どこで釣りをするべきかから考えては?」

釣り人は、大きい水溜まり(魚が一匹もいない場所)で釣りをしていたのです。

いかがでしょう?

こんなに単純ではないものの、同じことをしている例はいくらでもありそうだとは思いませんか。

この小話のように、
問いは、必ず、発想の幅を決めてしまいます。
どんな問いでも、必ず、です。

だからまずは、
今自分がしている問いに自覚的になること。

その上で、
いつもと同じ問いに
どう答えるかで
消耗しているくらいなら、
問いを変えてください。

その問いに、意味はあるのか?
どんな前提を内包しているのか?
もっと効果的な問いがあるのでは?

そういう問いが必要です。


まとめると

まとめると、下の通りです。

概念の獲得と問いの自覚によって、
盲点を減らす。

問いの変更によって、
視点を変え、発想を切り替える。

これをもっと自覚的に、緊急度や重要度を上げて取り組もうというのが、僕からの提案です。



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