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【創作】 祀る村

『近年この麻吊村まつりむらは首都圏からの移住者が急増し全国住みたい村ランキングでもトップに入る勢いで…』

綺麗な作り笑顔の女性キャスターが文章を読み上げる。

インタビューに答える移住者たち。
「自分は埼玉から」
「自分は神奈川から」

「決め手は環境ですかね。水も空気も綺麗なので」


移住者たちは知らない。
子供たちも知らない。

この村に伝わる「掟」と「存在」を。
受け継がれる忌まわしい「祭り」を。

知られては、ならない。



例に漏れず首都圏から麻吊村に移住者してきた青年は麻斗あさとといった。目標はバーテンダー。
まだ見習いだが水と空気の綺麗なこの村で隠れ家的なバーを経営するのが夢なのだとキラキラした目で語ってくれた。

「ちょっと森とか林に入った所にオシャレなバーがあったら良くないですか!?こんな所にこんなお店が!みたいな!」

「隠れ家的なヤツね。うん、バーテンダーの修行頑張ってね。お店始めたら顔出すから」

「めっちゃ頑張ります!あっ!桃とか使ったカクテル好きですよね?今度オリジナル作るんでまたお店来てくださいよ!」

「麻斗くんまだバイトなのに権限どうなってるの…もう、そうやって散財させる気なワケ?」

ひそかさんに会うための口実って言ったら怒ります?」

「私に会うために私に散財させるとか全然口説けてないんだけど」

「そのぶん今度ランチおごらせて下さい!バイト休みの日ならディナーでもいいですよ!」

「うわー手慣れすぎてて引くわー」

「そんな事ないですよ!密さんだけには饒舌じょうぜつになっちゃうんです!必死?」

「いや私に聞かれても困るよねぇ」


そんなありふれた茶番があったかどうかは分からない。

ただ、男女は「そうなるように」できている。


「俺が誘ったのにイイ感じのお店分からなくて…決めてもらってすみません…でも密さんのお店のチョイスさすがでしたね!もしかして慣れてます?」

「慣れてるとかじゃないし!ただ素敵なお店が好きなだけで…私の方こそ奢ってもらっちゃってありがとうね」

「俺、約束は守る男なんで!…この後どうします?どこかで飲みます?」

「麻斗くんがこの前言ってた桃のカクテルなら飲みたかったかもね」

「…!店の合鍵、持ってるんですよ!入れるんで作りますよ!」

「いいの?」

「密さん、今の自分がどんな顔してるかわかります?…帰りたくないって、寂しいって顔に書いてあります」

「あはは、さすがバーテンダーのたまごくんだね。人をよく見てる」

「なんてゆーか俺、嫌なヤツですよね。…弱みに付け込もうとしてるみたいで」

「…私が断らなければいいんじゃないの?自信作の桃カクテル飲みたいって言ったのは私だよ?」

「密さんて実は優しいんですか?」

「うん優しいよ。麻斗くんは嫌なヤツだけどね?ね、早く行こう?」


無邪気な笑顔で有耶無耶うやむやにして腕を絡めれば面倒なやり取りはもうおしまい。
なし崩しに桃のカクテルのようにとろとろに溶けていく。

バイト先の店長も、常連の客も、それを知っている。
「そうなるように」仕向けている。

男女の甘い秘め事がこの村には必要だった。


やがて二人は伴侶となり、麻斗のバイト先の店長のツテでふもとの広い敷地の良い物件にも巡り会えた。
密も身篭みごもり優しい顔で腹を撫でる姿を見ているだけで麻斗は頑張れた。
これから幸せが始まる筈だった。
普通の幸せな家庭を築く筈だった。

そう信じていたのは二人だけだった。


ある日、突然密が産気づいた。
十月十日とつきとうかもとうに過ぎて焦っていた二人は急いで病院へ行こうとしたのだが。

外には村の男達が集まっていた。

「ひ、密が産気づいて!早く病院へ行かないと!」

「その必要は無い」

一人の男が低い声で断言した。

「どういう…ことですか…」

産気づいた愛妻、玄関先の異様な光景、信じ難い言葉。
麻斗は混乱し始めた。


「その女はな…」
「ヒトじゃないんだよ」

「なにを…なにを言ってるんですか!ふざけてる場合じゃないんです!早くしないと二人とも…お腹の子も危ないんです!」

取り乱しながら麻斗は訴える。
その様子を男達は冷ややかな目で見ている。

「腹の子もヒトじゃねえんだよ」

「その女が子を産むのを待ってたんだ。まつらなきゃいけないからな」

「みんなおかしくなったんですか!?俺の家族を馬鹿にしたら許さない!通して下さい!」

「通さねえよ」


腹に重い衝撃、シャンッという音。
麻斗の腹にめり込んだのは錫杖しゃくじょうのようなつえだった。

無防備なみぞおちに強い衝撃を与えれば大の男でも立ってはいられない。
麻斗はそのまま倒れ込んだ。

「あ…さ…と……うっ、あ゙…あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙!!」

密の絶叫がシンと静まり返った夜に吸い込まれる。

とうとう産まれた子供は産声うぶごえひとつ上げない。
男の一人がライトの光を当てる。

「ヒッ…!」

顔は確かに人間の赤子の顔をしていた。
だが、体が馬や牛のように毛深く四肢ししひづめがあり尾もある。

意識が朦朧もうろうとしていた麻斗はそのまま気絶し密もショックで気を失った。

「…刻食ときはみが子を産んだ」

まつりの準備を始めるぞ」

みや御水おみず馬児様まこさまを清めろ!」

御神木ごしんぼくで火を起こせ!」

まつりだ!まつりだ!」

「女子供は家から出すな!」



「う…」

麻斗が目を覚ましたのは村の神社の神楽台かぐらだい、その奥の広間。

「あさと…」

弱々しい声で愛しい男の名を呼ぶ女は綺麗な着物を着せられ座敷牢ざしきろうのような場所に入れられていた。

「密!」

駆けつけようとして初めて自分の手足が縛られている事を知った。

「気付いたか」

般若の面を付けた男が後ろに立っている。

「なんなんだよ!なにしてくれてんだよ!密をそこから出せ!この縄も解け!」

怒り狂って叫ぶ麻斗はふと気が付いた。

「子供は…?あの子はどうなった…?」

「あ、麻斗…思い出したの…私…私は…」

密が泣きながらしぼり出すように話し出したのを般若の男がさえぎった。

「説明してやる」


「その女は刻食みという人外じんがい。もう数百年は生きているだろう。俺たちはお前のような他所よそから来た若い男に刻食みをあてがい馬児様を産ませて祀ってきた」

「この村の麻吊まつりという字はうま馬子様まこさまってまつむら馬吊村まつりむらかくみのなんだ。馬児様をお祀りし神とれば刻食みは記憶を失う。そしてまた余所者の男と子を成す。そしてまたその子を祀る。ずっと続いているこの村だけの風習なんだ。そうやってこの村は守られてきたんだよ」


淡々と意味の分からない、しかし恐ろしい説明をする般若を麻斗は見上げるしかない。

「なんだよ…刻食み?馬児様?お前ら狂ってるのか?」

密はうつむいたまま泣き続けている。

「密、なぁ密。刻食みってなんだ?何百年も生きてるとか有り得ないだろ?だって密若いし綺麗だしさ、それにちゃんと人間だもんな?泣いてないでコイツを怒鳴りつけてやれよ…」

麻斗は般若の言う事を信じられなかった。
夫として人間として父親として、到底受け入れられない話だった。


しかし密は違った。
密は思い出した。

「麻斗…ごめんなさい…本当にごめんなさい…私はヒトじゃないの…思い出したの…ごめんなさい…」

密の言葉と涙に麻斗の心が崩れていく。
どうしようもない闇、絶望、発狂しそうな現状。
あの頃と違う、ただただ腐り落ちる桃の果実のように麻斗の心はぐずぐずとむしばまれていく。


「嘘だろ…だって幸せだったじゃないか…密もそうだろう?こんなの悪い夢だよ、そうだ悪い夢だ…なぁアンタ、とにかくこの縄を解いてくれよ」

般若の男に声を掛ける麻斗の顔は涙でぐしゃぐしゃになっていた。


「それは出来ない。お前には死んでもらうから。悪いな麻斗」

名前を呼ばれてはっとした。

「店長…?」

「お前と刻食みを会わせ店の合鍵を渡し住居の世話もした。あえて民家の少ない山の麓に住まわせた。隔離みたいなモンだな。まぁ俺のお役目はこれで一旦終いだ。お前を殺したらな」

「殺すって…!?店長…全部嘘だったんですか?応援してくれるって、頑張れって、褒めてくれて、酒も一緒に飲んで…密との結婚もおめでとうって…店長、悪い冗談よしてくださいよ…」

「…猿ぐつわもしておくべきだったか。思い出話なんかやめろよ。悲しくなるだろうが」


部屋の外からシャン…シャン…と音がする。

「始まったか。じゃ、お別れだ」

「待って店長!お別れなんて嫌だ!始まったってなにが?密はどうなるんですか?子供は?俺は?」

般若は大きく溜息をつき、壁に掛けてあった斧を握り締めた。

「これから馬児様を吊るしてお祀りするんだよ。下で御神木をいてな。天に上り神に成ったら刻食みはお前の事も馬児様の事も忘れてまた別の男と子を成す。そしてお前は今俺に殺されて終わりだよ」

「やめてくれよ!そんな酷いことが祀ることになるはずがない!神様がそんなこと望むはずがない!子供を、密を助けてくれ!お願いだ!お願いします…!」

「お前の言う神様ってのは仏とかキリストの事か?都合のいい話だよな。でもな、本来神ってのは化け物以上に恐ろしいんだよ。神にたたられたらこんな村なんて一晩で消えちまう。俺たちはにえを捧げてまつる事で神と共存してきたんだ。そこの刻食みを使ってな」

「麻斗…麻斗…愛してる…」

「密…!俺もだ!俺も…」

「だから、また生まれ変わって私と一緒になってね」

「…は?」

「そしてまた可愛い子供を産ませてね」

涙を流して俯く密はもう居なかった。
そこに居るのは人外、刻食み。
利用され続ける悲しい存在。

目を細め微笑むソレは愛する男の死をなげく心を持たない。


愕然とする麻斗に般若が言い放つ。

「だから言ったろ、コイツはヒトじゃねえってな!!」


振り下ろされた斧は慈悲じひの一撃とも思えるほど躊躇ちゅうちょなく、そして的確だった。


「あさと…あさと…」

格子こうしから腕を出す刻食みはまるで子供の物乞ものごいのようだった。

「…ほらよ、大好きな旦那だ」

「あさと…あさと…」

愛した男の首を抱擁ほうようする美しい女の様子はまるで背徳的な戯曲の如く慈愛じあい狂気きょうきに満ちていた。


錫杖の音に太鼓の音が交わりペースが上がっていく。
吊り上げられた神の依代よりしろ事切こときれる瞬間が近付いていた。

「この部屋と外と、どっちが地獄だろうな」


「…この世が地獄そのものかもな」

つぶやいて般若はきびすを返し、血濡れの着物を着たサロメを置いて部屋を出た。





「あれーなんかまた会ったね?」

「あ、この間はどうもです!また会えるなんて…」

「また会えるなんて?」

「いや!なんでもないです!…でも再会出来たのは嬉しいかもです」

「あはは、可愛い。私このバーの常連なんだよね。あなた越してきたばかりだったっけ?」

「はい!だからあの、よかったら色々教えて欲しくて…」

「んー?だったら店長の方が詳しいんじゃない?」

「密ちゃん、ドSが炸裂さくれつしてるねー」

「店長ったら!これが私のデフォルトなのに…」

「密さんていうんですか?この前お名前をけなかったから知りたかったんです!」

「そうなの?うん、私は密だよ。あなたのお名前も訊いていい??」

「僕は麻斗っていいます!よろしくお願いします!」

「麻斗くんね、よろしく。店長も覚えた?」

「…」

「店長?」

たましい言霊ことだまとらわれたか…」

「たましい?なんの話?」

「いいや、独り言だよ。それより他の客もちょうどはけたし、二人に一杯奢ってやるか?」

「えっ!いいんですか?」

「やったぁ!私はいつもの!」

「桃のカクテルね」

「桃ですか?じゃあ僕も同じものを…」

「麻斗くん甘いの大丈夫なの?」

「あ、基本苦手なんですけど…なんか桃だけは好きなんです」

「桃だけは好きってよっぽどだね。店長、オソロでよろしくー」

「はいはい、仲の良い事で。それじゃあ…」


再来さいらい再会さいかいと悲しい女と救われない魂に


乾杯カンパイ

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