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剣道、アドラーそしてドラマー。

『僕はきっとこの温度を忘れることはないだろう。』

中学生編 -8

えっ、そこは普通ベースだろ…!

そう思いっきり突っ込みたいところだったが、ここでヒサミツの気分を害してしまっては元も子もない。ようやくこの道に引きずり込んだ貴重なメンバー候補だ。パートはともかく今は仲間を集めるのが先決なのは間違いない。

そうして僕は、メンバー探しに奔走することになった。
といっても学年にたった4クラスしかない小さな学校だ。そういう意味では探しまわるのはラクだが、適切な人選は困難を極めるのが目に見えていた。


話は変わるが、そうやって僕が音楽に傾倒していく以前から、いや、今も変わらず大好きなものがもう一つあった。
読書だ。

もともと、小学生の時から図書室にばかり通っていて、"一日貸し出し三冊" という上限ルールを毎日飽きもせず、それこそ「雨も風も雪も夏の暑い日も」借り続け(学校を休まない限り)、気付いたら "六年間 貸し出し一位" という、そもそもまったく競合すらいない地味な表彰を受けていたりした。

五、六年生になるともはや誰も見向きもしないような本にまで手を出し、常に貸し出しカードの一番最初に名前を書き記すという日々(小学校にしてはそれなりに充実したラインナップの書架だったのである)。
もはや図らずしての天沢聖司状態だ(もちろん月島雫との出会いは皆無だが)。

それは、中学生になり興味ランキングの首位を音楽に譲ったものの、暇さえあれば図書室(小学校の時の3分の1くらの大きさになってしまった)には足を運んでいた。
ある日、その年頃になると誰も立ち寄りもしない放課後の図書室でひとり、すでにあらかた読み尽くしてしまっていた僕は、何か目新しい本が無いかと本棚を端から端まで物色していた。

(ふむ、こういう類いの本は初めてだな…。)見慣れないジャンルの本が目に付き、暇つぶし程度にでもなればと棚から抜いてパラパラとページを捲っていたその時だ。

「お、マタヒコじゃん。」

人気のないしんとした部屋で急に背後から声をかけられ、僕は手にしていた本を落としそうになった。

「…ああ、カイトか。」

後ろには、短く髪を刈り込み肩幅の広い開襟シャツをぴしっと着込んだ同級生が立っていた。
彼は中学校からクラスが一緒になった、やはりこの地元の家系で地の有力者の親戚筋にあたるやつであった。かといって別に嫌みもなく、幼少から警察学校の関係で剣道をやっていて背こそ高くはないが恰幅がよいタフガイで、その剣の腕前はかなりのものだともっぱらの噂だった。

「お前ホントいっつも図書室いるんだな。」

「うん、まぁなんかヒマでさ。」

とりたて仲が良かったわけではなかったが、もの珍しさの好奇心なのか、初めて一対一で僕に声を掛けてきた。

「なに読んでんだよ?」

「あ、それは、その…」

僕が本を棚に戻すより早く、カイトが本の表紙に手をかけのぞき込んだ。

「ともだちをつくろう。〜中学生からのアドラー心理学入門〜」

「え、マタヒコ…。」

「いや、違っ、こ、これは…」

いささか15歳の男子にはセンシティブなタイトルである。
いや、逆に中学生向けだからこそこんな身も蓋もないネーミングなのだろう。
中学校になるとこの手のものが図書室に配本されるのか、心理学の入門書的シリーズが片隅に陳列されていたのを、ひまつぶし程度に手にしただけなのである。

「マタヒコ…。お前そんなに…」

「いや、だから、これはそういうことじゃなくて…」

「バカヤロウ、早く言えよ! よし、明日から朝一緒に学校行くぞ。」

「え…?」

そう、カイトはアツくて気の良い、体育会系メンだったのである。

その瞬間、僕の脳裏に正解が閃いた。

(そうだ、こいつがドラムだ…!)

僕が憧れてきたバンドの先達は、ドラマーはたいていナイスガイで心身が強靱で、”いいヤツ” と相場が決まっていた。(それは大いなる偏見である)

そうだよ、スティックだって木の棒だしさ、剣道の竹刀が二本になったところで二刀流ってことで振り下ろすのは上手いに決まってるでしょ。

「OK、カイト。”ともだち”として明日からよろしくな。」

ーつづくー

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