輪廻の風 2-22



ラベスタとバスクは時間を忘れて剣を交えていた。

一体どれ程の時間を戦闘に費やしただろう。
そんなことを考えている暇もないくらいに、2人は無我夢中になっていた。

ラベスタは自身より格上の相手と命のやり取りを行う時間の中で、確実に腕を上げて成長していた。

ノストラとの修行での応用が効いていた事もあり、徐々にバスクのスピードに慣れ、動きを見切ることが出来るようになっていた。

2人は疲れ果て、横並びになり仰向けになっていた。

2人は言葉を交わすこともなく、息を切らしながら、ただボケーっと青空を眺めていた。

「…本当はよ、分かってんだよ。雷帝が悪だってことは。」
先に沈黙を破ったのはバスクだった。

ラベスタは顔を横に向け、バスクの横顔を見ながら静かに話を聞いていた。

「だけど仕方ねえじゃねえか。俺はユドラ人として生まれた以上、レムソフィア家に従わなければならない宿命なんだよ。世の中、個人の力だけで生きるのは難しいだろ?正義だろうと悪だろうと、強者に盲従しなきゃ生きていけねえんだよ。組織でも国でも、圧倒的な力を持つ君臨者は絶対に必要なんだ。俺はガキどもを守る為だったら、巨悪にだって魂を売るぜ?なあ、俺は間違ってるか?」
バスクは顔を横に向け、ラベスタの目を見ながら問いかけた。

ラベスタは視線を逸らすように、再び青空を見上げた。

「間違ってないよ。あんたは何も間違ってない。だけどね、自分を捨てた生き方をしているあんたを、カッコいいとは思えないね。」
ラベスタはズバッと言った。

「はははっ、言ってくれるじゃねえかよ。」
バスクは耳が痛くなり、力なく笑った。

「俺は力に平伏すような生き方は絶対にしたくない。独裁者に従って、不満があっても声も上げることなく泣き寝入り…そんな世界線でまやかしの幸せを謳歌するのは嫌だ。エンディは絶対に雷帝、レムソフィア・イヴァンカを討つよ。」
ラベスタは言い切った。

「本気で言ってんのか?相手がどれほど強大か分かってんのか?」
バスクは目を丸くしていた。

「うん、俺はそう信じてる。」
ラベスタの目には一点の曇りもなかった。

「確証はあんのか?根拠は?」

「無い。」
ラベスタはきっぱりと言った。
バスクは思わず目が点になった。

「無いって…参ったなあ…。ラベスタ、俺の負けだ。」バスクは潔く言った。

ラベスタは、いまいち勝利した実感が湧かなかった。

「バスク、俺たちと一緒に戦おうよ。雷帝ぶっ飛ばして、今度こそ本当の意味で子供達を守ろう。」ラベスタは立ち上がり、バスクに手を差し伸べてそう言った。

バスクはラベスタに釣られて立ち上がったが、ラベスタの手を握ることはしなかった。

「いや、それは出来ねえ。」

「どうして?」

「何のケジメもつけねえで主君を裏切るのは俺の倫理観に反するからな。ありがとよ、ラベスタ。お前のおかげで目が覚めたぜ?雷帝に会って、十戒を抜けてくる。その時に俺が生きてたら、一緒に戦ってくれるか?」
バスクは腹を括ったような清々しい表情をしていた。

「うん、俺も一緒について行くよ。」

「全くお前って奴は、本当に掴めねえ野郎だな…。」バスクは少し間を置いて言った。
一緒に着いていく、という言葉に心が温まった。

「その前によ、傷を癒していかねえか…?俺もお前も、ちょっと血を流しすぎてるからよ。」

「あっ、確かにそうだね。じゃあさ、ラーミアのところに案内してよ。ラーミアに治してもらおう。」

「はははっ、傷を治してもらうついでにラーミアを奪還しようって魂胆か?全くお前は食えねえ野郎だぜ。いいぜ、案内してやる。ラーミアの幽閉されてる部屋は俺も知ってるからよ、着いてこいよ。」

バスクとラベスタはラーミアのいる部屋を目指して、歩き出した。

すると、前方に腰に2本の剣をさした白髪の男が立っていた。

「ん?誰あれ?」
ラベスタは驚いた。
一体、いつからそこに立っていたのか。
全く気配を感じなかった。


バスクはその男を見るや否や、真っ青な顔をして立ち止まった。

「バスク、どうしたの?」

「ウィンザーさん…?どうしてここに…?」
バスクは冷や汗をかきながら、か細い声で言った。

ウィンザーは一切返答をせず、ただジーッとバスクとラベスタを見つめている。

「知り合い?」
ラベスタはウィンザーの顔を直視しながら、バスクに問いかけた。

「逃げろ…ラベスタ。あの人は十戒の筆頭隊の1人だ…。」

「いや、逃げろって言われても…。」

「いいから逃げろ!ラベスタ!」
バスクは大声で叫んだ。

次の瞬間、2人の前方にいたはずのウィンザーの姿が消えた。

ラベスタは背中に嫌な汗が滲んだ。
恐る恐る横を見ると、ラベスタとバスクの間にウィンザーが立っていた。

ウィンザーは目にも止まらぬ速度で剣を振るい、バスクの首の頸動脈を斬った。

バスクは首から大量の血が流れ、ゆっくり倒れていった。

「不届き。」
ウィンザーはバスクを見下ろしながら言った。

「ラベスタ…子供達を…頼んだぜ…?」
それがバスクの最期の言葉だった。

バスクは死んでしまった。

「バスク!!」
ラベスタは珍しく大声をあげた。

そしてウィンザーを睨みつけ、一目散に斬りかかろうと試みた。

しかし、ラベスタは剣を抜く間もなく、足を動かす間もなく斬られてしまった。

ラベスタはゆっくりと意識が遠のいていき、地に顔をつけると同時に意識を失った。

意識が薄れる刹那の中で、ウィンザーの桁違いの強さに絶望していた。

そして、庭園に憲兵隊がぞろぞろとなだれ込んできた。

憲兵隊の面々はラベスタを拘束し、何処かへと連行していった。

ウィンザーは酷薄な表情でバスクの亡骸を見下ろし、立ち去っていった。

それから10分ほど経過すると、エラルドが庭園に姿を表した。

エンディ達を探して、神殿内を徘徊しているようだ。
そして、仰向けに倒れているバスクを遠目で確認した。

「おいバスク、何寝てんだよ?」
エラルドは言った。
しかし、すぐさま異変に気がつき、血相を変えてバスクの元へと駆け寄った。

「バスク…?嘘だろ、死んでるのか…?」
エラルドは目を疑った。

バスクの死顔はこの上なく勇ましく、豪傑らしい最期だった。

「エンディの野郎…許さねえぞ…ぶっ殺してやる…!」
エラルドは、今にもこめかみの血管が破裂しそうなほどに激昂していた。


一方その頃ロゼは、神殿内の渡り廊下を1人で歩いていた。

ロゼは父であるレガーロとの会話を思い出していた。

それは、旧ドアル軍を打ち負かし、500年続いた大陸戦争が本当の意味で終わったあの日、ロゼが玉座の間でレガーロに国王の座を自身に譲れと直談判しにいったときの記憶だ。

それは、ロゼが生前の父レガーロと、最後に交わした会話だった。

「お前のような青二才に一国の王は務まらん。早く出て行け。」

「うるせえよクソ親父。これからユドラ人どもが攻めてくるぞ?アンタみてえなお飾りの国王じゃ何もできねえだろ?俺が指揮を取るからよ、さっさと引導を渡しやがれ。」

「そうだな。私が奴らに反旗を翻したせいで、これから多くの人間が死ぬかもしれない。だからこそ私にはこれから起こる戦いを見届ける義務があるのだ。そしてお前には国王としての器はない。思い上がるのも大概にしろ。」

「ちっ、クソ親父が。アンタは俺を認めたくないだけだろ?」

「ロゼよ、お前は何もわかってないな。」

「うるせえよ。未だに母さんの墓前に手も合わせてねえくせによ!アンタみてえに薄情で最低な男が、国民を守れるのかよ!?俺は絶対に認めねえからな!」
そしてロゼは玉座の間を後にした。
これが、ロゼがレガーロに言い放った最期の言葉だった。

それから間もなくして、レガーロは何者かに殺害されてしまったのだ。

その時のことを思い返しながら、ロゼは無表情でスタスタと歩いていた。

すると、巨大な扉の前で門番をしている男がいた。
その男は十戒の1人、マックイーンだった。

「よう、マックイーン。」
ロゼはフレンドリーに話しかけた。

「おうロゼ、昨日ぶりだな?何うろちょろしてんだよ、探検でもしてんのか?」
マックイーンはロゼを小馬鹿にするような言い方をした。

「いやいや、そんなんじゃねえよ。マックイーン、実はお前に聞きたいことがあってな、探してたんだよ。」

「何だよ改まって?聞きてえことがあんなら昨日の会合の時に話せばよかったじゃねえかよ。」

「いやいや、2人きりでじっくり話がしたかったんだよ。」

「気持ち悪い野郎だな。俺も暇じゃねえからよ、手短に頼むぜ?」
マックイーンは苛立ちを募らせていた。

「前にカイン達がラーミア拐ったときあったろ。マックイーン、お前もあの時バレラルクに来てたのか?」

「ああ、来てたよ。それがどうかしたのか?」
マックイーンはニヤリと不敵に笑っていた。

「実はよ、カイン達が玉座の間に姿を表す少し前、俺はクソ親父と今後について話し合ってたんだよ。全然取り合ってもらえなかったけどな。そして俺が玉座の間を出てすぐにクソ親父は何者かに襲撃された…いや〜ビックリしたぜ。」
ロゼはあの時、玉座の間から不審な音が聞こえて慌てて戻ったのだ。
そして父であるレガーロが、変わり果てた姿で横たわっているのを発見した。

「あの時クソ親父は虫の息だったよ。俺はあいつを看取ることよりも、襲撃犯を探すことに躍起になっちまってよ。その流れでカイン達と合流して、ユドラ帝国に辿り着いたんだ。今頃バレラルクじゃ、レガーロ国王暗殺事件の最有力容疑者として俺の名があがってるはずだぜ?」
ロゼはここまでの会話で、終始笑顔を絶やさなかった。

「おいおい、とどのつまり何が言いてえんだよ?もっと率直に言えよ。」
ロゼの発言の意図を察したマックイーンは、ニヤニヤと不快な笑みを浮かべながら言った。

「あの時よ、たまたま近くにいた近衛騎士団員に話を聞いたんだよ。そいつが青ざめた顔で俺に言ったんだ。"デカい斧を持った男が玉座の間に入って行くのを見た"…ってな?なあマックイーン…てめえ随分と立派な斧持ってるじゃねえかよ…それでクソ親父を叩き斬ったのか?」

ロゼの顔からは、笑顔が完全に消えていた。

「ヒャハハハハッ!だったらどうしたってんだよ?」マックイーンは邪悪な高笑いを響かせた。

レガーロ国王暗殺事件の真犯人は、マックイーンだった。

ロゼは狂信的な復讐心に支配され、憤怒の表情を浮かべていた。


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