ウッディー

小学校の教員を10年、そのうち支援学級の担任を2年 退職して今はサラリーマン。 教員の…

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小学校の教員を10年、そのうち支援学級の担任を2年 退職して今はサラリーマン。 教員の最後の1年は3ヶ月病気休職をとりました。

最近の記事

意味のある無駄〜職員室の良さ〜

久しぶりに書かせてもらいます。 表題にある「意味のある無駄」 「意味のある」と「無駄」という対極にある言葉を重ねています。 これは最近私がもっている問題意識です。 教員を辞めて会社勤めですが、今の会社は生産性、効率を求められています。しかし、同時に職場での居心地のよさ、風土のよさを上げる取り組みも行っています。 教員時代の職員室のよさを思い出すと、普段から雑談をたくさんしていた。なので改めて会議、学年会をしなくても共通認識ができていた。 今の職場は何か話し合う際には、会議

    • なんで休職したの?

      今回は休職した要因を振り返ろうと思います。大前提として、最後の勤務先へ異動した最初の1ヶ月の管理職の対応は許せません。それ以外に今回は自分に関わる要因について書こうと思います。 ①仕事にハマりすぎた。 コロナで休校のスタートした年。休校中から学校運営に関わり、自分の提案したことが形になっていくことと面白さ、また自分の作った教材で子どもたちが伸びていく姿への満足感。仕事量は正直、人の2倍ぐらいありましたが、やっててやりがいがありました。ただ疲れていたのは事実です。卒業式の日

      • 教員を辞めてみて〜満足と後悔〜

        今日は教員を辞めて、思ったことをつらつらと書いてみます。 ①労働者の権利って大事だな今の会社は昼休憩が1時間あります。これがすごくありがたくて同僚に言うと 「休憩時間があるのが当たり前だから」 とそっけなく言われました。 また残業代は払われる、個人情報も守られるなどなど、人としての権利が尊重されてます。 私は最後の学校で、常識だと思っていた個人情報の取り扱いでとても嫌な思いをしました。今思えばかなりの人権侵害だったと思います。 個人の権利が尊重される。これって大事です。

        • 教育委員会について〜身内を守る〜

          私は以前東京都の小学校の教員として勤務していました。 最後の学校で病気休職を取り、復職そして年度末で退職をしました。 退職前には、かなり不本意な形で学校側に個人情報を流され、また退職後も含めて約1年に渡り、医者の診断により病気休職を取った事実を実名で学校のホームページに掲載されていました。教育委員会に伝え、もちろんホームページの情報は削除してもらいました。教育長、校長から謝罪はありましたが、文字通り謝罪だけでした。私の個人情報の不適切な取り扱いについて、教育委員会として、ど

        意味のある無駄〜職員室の良さ〜

          復職してから気をつけた3つのこと〜自分のために〜

          復職してからしんどかったことは以前書かせていただきました。 今回は復職してから気をつけたことです。 ①定時で帰る。特に復帰して1ヶ月ほどは仕事量を減らしてもらえ、何があっても定時で帰ってました。授業をしっかり準備しようとかは考えず、とにかく定時で帰ることを第一優先にしました。 ②睡眠をちゃんととる。もともと睡眠には困らないタイプです。ただ病気休職に入る前に睡眠がおかしくなったので、薬にも頼りながら毎日7時間前後は寝るようにしました。薬飲んで寝れるならそのほうがいいと考え

          復職してから気をつけた3つのこと〜自分のために〜

          復職してしんどかった3つのこと〜低空飛行〜

          休職することもしんどいんですが、復職はもっとしんどい。 これが私の経験からくる考えです。 ①前の自分とは違う 何がしんどいって休職前みたいには働けないこと。昔の自分と比べてできないことがとてもしんどい。比べちゃいけないと思いながら比べてしまう。 ②周りの目が気になる 復帰して同僚の目がすごく気になります。気遣ってくれているのでしょうが、その気遣いも申し訳なく思ってしまう。 ③気分の浮き沈みがある。 そうそうよくなるわけではないので、休職中ほどではなかったですが、急

          復職してしんどかった3つのこと〜低空飛行〜

          教員2年目〜型なし教員になるな〜

          教員2年目。同じクラスを持ち上がり。同学年の先生たちもみんな持ち上がり。一番安定していた年だったかもしれません。 1年目はがむしゃらにやってきて、授業作りが少しずつ楽しくなってきた年でした。道徳を中心に指導教員から様々な指導技術を学びました。基礎があってこそ、学びが深くなる。これをどの世界でも通じることではないでしょうか? その中で表題にあるように型なし教員について。 以下の言葉は尊敬する先生から教わったことです。 型がある人が型を破るから“型破り”、 型のない人が破れ

          教員2年目〜型なし教員になるな〜

          特別支援学級で働くって?②〜教育の原点〜

          「特別支援は教育の原点だ。」 お世話になった先生からいただいた言葉です。この意味を自分なりの解釈をすると、 子ども一人一人をしっかりと見取ること。 これが教育では大切なのだと考えています。 特別支援学級で働いてまず大変だったのは、子どもたちの特徴を把握すること。これができないと教材準備もできないので、1学期間はどんな授業をすればよいか毎日悩んでいました。 通常学級では、教科書があって、指導書があって一応教え方の見本があります。 支援学級では、子どもの見取りから始まって、

          特別支援学級で働くって?②〜教育の原点〜

          保護者の話〜モンペっているの?〜

          学校現場で話題に挙がる1つにモンスターペアレント、いわゆるモンペがあります。 結論から言うといますが、99%の保護者はいい方ばかりです。わずかですが、学校、教員側によってクレーマー扱いされる保護者もいます。正当な主張をしているのに、受け入れてもらえない場合です。以下に私の経験を語ります。 私どうにもならなかった講師の頃、クレームが入ってもしょうがない状況でしたが、そのときの保護者は、先生は頑張ってるのはわかるからと言ってくれていたらしく、保護者の方々に助けられました。それ

          保護者の話〜モンペっているの?〜

          特別支援学級で働くって?

          今日は教員時代に特別支援学級で働いたことについて書こうと思います。 私の特別支援学級との出会いは、講師として2ヶ月通級指導学級で働いたことです。まず、通級って何するところ?から始まりました。 毎日来る子は違うし、やる授業もその子によって違う。大変さもあり、面白さもありました。難しいなぁと思ったのが、その子の学級の先生や保護者とのやり取りです。カリキュラムが決まっているわけではないので、学級でどんなことに困っているか、家ではどんな様子か、そういったすり合わせが大切でした。た

          特別支援学級で働くって?

          教員1年目〜学べることの大切さ〜

          正規採用となり、新しい学校に赴任することになりました。 学年は3年生。 学年主任はその学校で高学年をずっとやられていた指導力がずば抜けて高い主幹の先生。 昨年度は途中で採用だったこともあり、また学校全体に余裕がなく他の先生方から学ぶ機会がなかなかありませんでした。 その様子は以下の記事から↓ 新しい学校で、受け持ったクラスで最初に感動したことは授業中は基本的に全員席に座っていること。 クラスから居なくなってしまう子もいましたが、1人だけだったのでまあいいかと思えました。 特

          教員1年目〜学べることの大切さ〜

          休職中にやってよかったこと〜元教員のつぶやき〜

          最後の学校で疲労もあり、適応障害になり3ヶ月休職しました。この事情については後日書こうと思いますが、今日は私が休職中にやってよかったことを書きます。 とにかく寝る。 動画を見る。 朝散歩 一人旅 ①とにかく寝る 私の場合はまず疲労回復が必要でした。なので、睡眠導入剤も飲みながらとにかく寝ました。寝ることで少しずつ疲労が回復してきました。休む人に好きなことをしたほうがいいよと言いますがエネルギーが溜まってないと好きなことはできません。なのでまずは休むことをおすすめし

          休職中にやってよかったこと〜元教員のつぶやき〜

          教員0年目②〜毎日学校に行く〜

          前半部分は上の記事を参照してください。 学級崩壊したクラスを7月から担任をして、なんとか1学期を終わらせた。実質3週間、この期間の記憶はほぼない。どうやって終わらせたか覚えてない。 そうして始まった2学期。とりあえず決めたことは毎日学校に行くこと。この最低限の目標を決めて毎日奮闘した。後々わかることだが、担任が病休に入る前あたりから、このクラスは大人が必ず2人はいるようにしていたそうだ。だが、私が担任になってからは週1回、支援員が来てくれるだけであった。学生ボランティアも

          教員0年目②〜毎日学校に行く〜

          教員0年目〜崩壊からのスタート〜

          教員0年目 正確に言うと教員採用試験に落ちて、学習指導員、非常勤講師、常勤講師といわゆる非正規教員として働いた1年です。 人の縁で1ヶ月は学習指導員、2ヶ月は非常勤講師をしました。ここで特別支援と出会いました。 そして、6月下旬、学生時代に知り合ったの副校長先生から電話がかかってきました。 「先生が1人休職に入ったので、うちの学校で働いてくれないか?」 非常勤講師として働いた職場はとても働きやすか、悩みましたが、常勤講師として働いたほうが先々のことを考えてよいと同僚から

          教員0年目〜崩壊からのスタート〜

          先生、どのクラス?〜教員が休職、復職、退職、転職を経てnoteを書くと決めた理由〜

          休職、復職、退職。その後民間に転職した元教員です。 まず自己紹介です。 教育大学卒業後、約10年間、公立小学校の教員として働きました。最初の1年は、学習指導員、非常勤講師、常勤講師と3つの学校で働き、その後正規採用で4年間学級担任をしました。以前から海外で働くことに興味があり、2年間青年海外協力隊に参加、帰国後2年間特別支援学級で担任として働きました。 そして異動先の学校で3ヶ月休職をして復職。年度末で退職をして、今は民間の会社で働いています。結果的にですが、なかなか面白い

          先生、どのクラス?〜教員が休職、復職、退職、転職を経てnoteを書くと決めた理由〜