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管理職に成らざるを得ないのです

日本企業においては、管理職に成らざるを得ないのです。そんな人が多くいるのではないだろうか。

#COMEMO #管理職は必要ですか

管理職になりたい理由

◆これは大企業と呼ばれる私の勤めている会社においての感覚です◆

◆また全ての管理職が該当するという訳でもありません◆

どのぐらいの割合かは分からないが、管理職になりたい理由が本来あるべき理由でないまま、多くの人が昇進しているのだと感じている。

マンパワーグループ社の調査によると、やはり1位は「報酬が増える」という理由によるものらしい。2位には「自分が成長できる」と自己実現の手段が理由になっている。

恐らくこれはアンケートの回答なので、それっぽい回答を多くの人が書くのだろうと想像しているが、本来は昇進することで得られる権限や仕事が目的であるはずなのに、昇進することが目的に置き換わっている人が多くいると思う。

昇進することが目的化しているとはどういうことか。例えば「同期のあいつに昇進で負けたくない」「そろそろ自分もお年頃なので、役職を持ちたい」といったように、昇進することで得られる権限や仕事が二の次になり、昇進することそのものが目的となりがちだ。

役職が付くことで、徐々に職務職責に応じた振る舞いができるようになる人もいれば、そうでない人も多くいる。私の会社含め、日本企業では自分の職務職責に追いつけない管理職が多くいるのではないだろうか。

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管理職はあくまで、部課員をマネジメントするという職務職責であって、年齢が上がったからなるものではないと思う。もちろん、だからと言って社会人1,2年目がやるには難しいケースが多いとは思うが、だいたい40歳前後になって歳を取ればできるものでもない。

それでも、普段の雑談の中でも「30も後半になってきたから、そろそろ課長試験だね」みたいな、年齢と昇進ががっつりリンクしているかのような話になることが非常に多い。常に違和感を抱えている。

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また、サラリーマンのほどほどのゴールとして部長という肩書が存在しており、これまでの世代はとりあえず部長というポジションまでを最低限目指してやってきた人が多いように感じる。事実、部長になった瞬間に働かなくなる。というよかは、自分がどう立ち居ふるまえばいいのか、戸惑って足が止まってしまい、そのままハンコ押し係へと化してしまう。

本来はハンコを押すことも職責ではある。この契約書の中身に関して、我が社は合意していますよ、を表現しているのがハンコであるから、会社から権限移譲を受けている部長さんは、そんなに気安くポンポン押していいわけではない。だからトラブルが起きても、なかなかクライアントとの間に首を突っ込まないで、せっせと社内への報告と言い訳を作文している。

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良く言われている話で、一流スポーツ選手だったからと言って、一流の指導者になれるとは限らない。同様に企業のサラリーマンにも同じことが言える。むしろスポーツ選手よりもはるかに顕著に出ていると感じている。

私の会社特有の問題なのだろうか?一般問題なのだろうか?


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ぐだぐだと批判じみたことばかりでは、何の意味もないので、このような状況に陥ってしまっている理由と今後の解決策を考えてみたいと思う。

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最近ではジョブ型人事、なんていう表現が巷で話題になっているが、つまる話、日本企業の給与体系に問題があると思っている。(もちろんこれだけに限った話ではないけど)

課長部長になっていかないと、40歳前後にして給与のピークを迎えてしまう。住宅ローンの返済や子供の養育費や2000万円問題というイベントに立ち向かうために、給与を上げようと思うと管理職に成らざるを得ない事実がある。この「成らざるを得ない」という解決策しかないのが一番の問題だと思う。

解決策としては、2つあると思っている。

一つは管理職に成らずとも、給与が増えるキャリアパスを作る。つまり、営業であれば営業エキスパート職のような形で、管理職に引けを取らないような給与体系を作る。我が社でも数年前から創設されたようだが、まだあまりお見掛けすることが無い。

ただし、ここに年功という考え方を持ち込むことだけは避けてほしい。なぜなら、役職が無くなっただけで、働かないおじさん問題が加速するだけだから。つまり、それ相応の職責を背負うことになる。営業であれば、営業数字となるだろうか。人事設計が難しそうだ。

もう一つはふく業(複・副)の解禁だ。既に世間でも2年前ぐらいから話題にはなってるが、どこまで解禁が進んでいるかは最新のデータを観たいところだ。

私の会社でも既に解禁となっているので「ふく業OKなんだ!すごい進んでるねー!」と社外の友人と話題にはなるが、全然すごくないです。

いくつかの意味を含んではいるものの、悪く捉えると「これまで以上に会社は従業員に給料払える自信ないから、外の世界で自分で頑張って稼いでね。」というメッセージも込められている気がしてならない。

しかし、この「成らざるを得ない」問題を解決するには、効果的な施策であると思っている。会社がやってOKを出しているので、今のキャリアを活かして、あるいはまったくこれまでのキャリアとはリンクのしない、新たな働き方という生き方が今求められている。


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このように「成らざるを得ない」管理職が多くいるため、管理職になるということそのものがゴールとして設定されてしまっている。フィジカルの世界ではそこに居れば何となく仕事をやっている風に存在感を辛うじて示すことができてきたが、一気にオンラインワークになったことによって、同じフィジカルな空間を共有できなくなった瞬間、彼らは存在感という職務を失い、ハンコという職責だけが残っている状況にあるのだと思う。

冒頭でも述べた通り、これは私の勤める会社で感じているこであり、全ての人に当てはまるわけでもない。一社一様な問題で、上手く回っている会社もあれば部門もあるだろうと思う。

しかしながら、私の勤める会社も一気に社会の先端へ突き進もうとしているように感じている。ここで変われなければ会社の未来も無いし、自分自身の未来も無い。

批判ではなく、自分が行動を起こすことで、会社の未来も自分の未来も変えられると信じている。


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