自己紹介:)
「普段何してるん!?」
「今どこにおるん!?」
と友達にも言われるような私なのですが、
ここでその実態が伝わるように色々書いてみます!
簡単に言うと、
元CA、現セラピスト!
オーストラリアにワーホリ行った!オランダで船上生活した!
自然が好き!運動も好き!しんどいのは嫌い!日焼けしたい!
目に見えない存在と喋れる!ようになった!割と最近w
以上。
これを掘り下げると、、(以下超長文)
幼稚園の時に(そこから!?w)
突然「アイススケートする!」と言い出して、
フィギュアスケートを習い始めた他にも
日本舞踊(眠い)、
バレエ(痛い)、
書道(先生怖い)、
ピアノ(眠い)、
英語(楽しい)の
習い事をしていた超多忙小学生でした。
そのサポートを長年してくれてた親が凄いワ。
感謝。
話は飛んで、大学卒業後の2014年に航空会社に就職して、国内線・国際線のCAとして勤務。
いろんなところに行くことができて、その土地の食・人・文化に触れられるこの職業は本当に魅力的で、一緒に働く仲間も先輩も後輩も素敵な人が多くて(極僅かな一部の方を除くw)、会社の福利厚生も素晴らしくて、恵まれてるな〜と感じながら働いていた。
↑シンガポールのどこかよくわからんとこ
ヨーロッパや東南アジアに行くと、日本にはないお洒落な雑貨や食べ物があってとても魅力的に感じる反面、赤ちゃんや小さい子供を抱えた母親のホームレスや自分と同年代のホームレスを頻繁に見かけたり、大きな銃を持って歩いている軍人を見かけて、「日本の当たり前って全然当たり前じゃないんだな…日本って本当に恵まれてて平和なんだ。」という事を知った。
国内外・昼夜問わず働いている中で、ふと心に浮かんだ疑問。
「この恵まれた世界しか知らないまま人生を終えていいのだろうか…。」
身の回りにあるものが本当に当たり前かどうかもわからないのに、
与えられるもの周りにあるものはあって当たり前だと思い込み、大した感謝もせずに過ごして、
たまに職場で気に入らないことがあると恵まれていることを忘れて不平不満を言ってその場をやり過ごし、
世間の常識と言われる事を守り、周りの目を気にしながら生きている。
「CAという肩書きを失ったら、私は何者なのか。」
当時の私は社会の中で生きていくとしたら会社を頼らずに今自分一人で何か出来ることはなく、
飛び抜けて何かが得意なわけでもなく、
会社に求められる事を一生懸命やっている。
それはそれで良いことだと思う。
それでお給料がもらえて、
それなりに満足する生活が出来て、
大好きな友達と楽しい時間を過ごせている。
社会や経済の何かしらの役には立っているはず。
でもなんか無力さを感じた。
「自分一人では何も生み出せない、何も出来ない、、無力な自分。」
そんな気がしていた。
そしてそれが辛く感じるようになった。
世界はとっても広いから、
目の前にある常識に囚われず、
自分の足で歩んで、目で見て、肌で感じて、
もっといろんな事を体験して知る必要がある気がする。
恵まれた環境で、いろんな場所に行かせてもらっていたからこそ自然と、段々と、強く、心の中に生まれたこの気持ちを無視できなくなった。
そして私は大好きで大事な仲間がいる東京を離れ、綺麗な景色が沢山見れることが出来て、天職だと思っていた仕事を退職することを決めた。
退職した後は、仲間と離れたことが淋しくて、もう一緒に飛べないことが悲しくて、大きな宝を失ったような気がして、しかもそれを自ら手放したことを後悔した時もあった。
でももう前に進むしか選択肢はなかった。
そして今世の人生は1回きりだから、
やりたい事ぜーんぶしよう!と決めた。
海外で暮らしてみたい!という小さい頃からの夢を叶えるために、2018年に航空会社を退職してから人生の第二幕が始まる。
退職後、海外にはどんな仕事があるんだろう…
と調べている時に、面白そうな求人を発見。
「オランダにあるユネスコの島で過ごす2ヶ月間のプライベートホリデークルーズ。ロンドン在住の日本人女性1人募集!」
結局オランダに行くならロンドン在住じゃなくても応募できるかもと思い、コンタクトを取ってみるとスカイプ面接をしてもらえることになり、運よく採用が決定。
日本からロンドンまでの往復航空券代は実費のため、給料を頂いてもプラマイゼロ、むしろマーイ。でも、特別な経験ができること間違い無しのプライスレス!ということでわくわくしながら、
2018年の夏、ロンドンへ。
ロンドンに着くと旅をご一緒する超セレブなお二人にシャンパンで迎えられ、旅の準備を整えた数日後にオランダへ飛び、アムステルダムから車で3時間、そこから船で船で約10時間のところにあるVlielandという島に停泊し船で生活。
生活していた船はイギリスのDUNKIRKという組織の船で第二次世界大戦でイギリス軍を救った英雄の船と呼ばれているらしい。ダンケルクという題名で映画化もされていた。
全て木で出来た歴史ある船で将来博物館に行くらしい。値段は付けられないほどの価値があるらしく、船のオーナーは10億円出されても売らないと言っていた。
ここでの経験は本当に全てが貴重で、まるで冒険のような日々だった。
きっと長くなるのでまたいつか別の記事に書きます。
↑lemmerという港町
この街で絵の師匠に出会った。
沢山の貴重な体験をしたオランダとイギリスを旅立ち、私は日本に帰国した。
帰国後は姉の勧めで4ヶ月限定で警察事務の臨時職員をして、月曜日から金曜日まで9時〜17時45分の定時で働くという事を初めて体験。
事務職、箱の中、決まった時間に決められた場所で働く、、
「毎日時間経つのが遅く感じるし、息苦しすぎて私には無理!!!!」
と思いながらも4ヶ月間耐えて、「契約延長してくれたら有り難いんやけどどない〜?」という上司からの依頼を「遠慮します!」と笑顔で即答し、ひたすら眠かった準公務員生活は終了。
ただここでは、人生の学びを深めてくれるような素敵な女性との出会いがあり、警察に来たのはこの出会いの為だったのかと感じた。
これも長くなるのでまた今度!笑
すでにこの記事めっちゃ長くない?こんなもん?
とりあえず続けます。
そして2019年 春。
オーストラリアのケアンズにワーホリで行くことを決めた。
「手に職つけたい。」
「グレートバリアリーフに行ける仕事がしたい。」
そのどちらも叶えられる職場を探し、Oiled Spa というマッサージサロンを見つけた。
ケアンズ市内に2店舗、グレートバリアリーフのグリーン島とフィッツロイ島に1店舗ずつ、計4店舗を経営するケアンズではトップレベルのお店だった。
日本にいる間にアポイントを取り、現地到着後に面接の機会を頂けることに。
2020年6月末、ケアンズへ出発。
到着したその日に面接に行き、次の日からトレーニングに来るように言われ、それからトントン拍子で進み、2週間のトレーニング期間を経てセラピストとしてデビュー。
それと同時にオーストラリアで初めて個人事業主として働く事になった。
これまでいろんな国でマッサージを受けてきて、日本でもいろんなサロンに行ったけど、このOiled Spaのマッサージが本当に素晴らしくて、受けているとトレーニング中でも寝てしまうほどの気持ちよさ。(寝ちゃった時は電気を消してそのまま起きるまで放置してくれるパターンとGood morning~と優しい声で起こされるパターンがあるww)
Oiled Spaのマッサージは脳科学を研究し、究極のリラクゼーションを追求して作られた独自のスタイルで、本当に心も身体も癒されるのでケアンズを訪れる際は是非行って体験してみて下さい。
世界各国から老若男女問わず来られるお客様は自分の何倍も身体の大きい人や筋肉隆々の方も多かった為、ご飯を沢山食べて体重を増やしたり、休みの日もトレーニングに通い続けていると、少しずつ指名してもらえることが増えていき、自然豊かなケアンズで過ごした時間は本当に充実していた。
また、ケアンズに渡った頃から自然の存在と(風や木や花など)対話するようになり、樹木が私の知らないオーストラリアの歴史の話を教えてくれたり、自転車での通勤時に雨が降っている時に祈るとほぼ100%の確率ですぐに天候が変わったり、なかなか信じがたい経験を何度もして目に見えないものの存在を強く感じるようになった。
そのことをケアンズに住む人々に話しても、怪しいとか、そんなの気のせいだという人はおらず、私の中で自然と共生して生きていくことや自然と会話をすることは当たり前になっていた。
ケアンズはとても居心地が良かったけど、日本人が多くて英語を使う機会があまりなく、自分の英語力が全然伸びていないと感じて、徐々にこのように思うようになった。
「マッサージの仕事はしばらく良いや〜。もっと英語を使う環境に行きたい!日本人がいない環境で英語力を伸ばしたい!海外のカフェで働いてみたい!でも東洋医学も気になるな〜。」
そんな気持ちが芽生えていたのでケアンズには11月中旬まで滞在し、その後メルボルンに移動してローカルのカフェの仕事を探すことに。
↑メルボルンに着いた日、強風と砂埃が凄くてケアンズの気候が恋しくなって心が折れかけた。笑
↑最初の1週間は友達と一緒でとてもハッピーな日々
ここでも運良く、ローカルのカフェの仕事と家が同時に見つかり(家はカフェオーナーと同居)、しかもカフェのオーナーが東洋医学を深く学んだ鍼灸師。
いやラッキーすぎるw
職場ではカフェの仕事、
家では東洋医学を学べる環境。
↑赤くなった部位で内臓の不調がわかるカッサ痕
また、私が住むことになった地域がメルボルン中心地まで車で30分ほどの距離で、日本人が全くいない環境で完全なる英語環境を手に入れていた。(ただ急に日本語話す機会がなくなるのはものすごいストレスだったw)
まさに自分が望んでいた通りの環境の中、新たな生活がスタート。
↑仕事終わりに行ってたジム。マシンもスタジオも使い放題で利用料が破格の365ドル/365日。
キッチン業務から始めて、仕事に慣れてバリスタとレジもさせてもらえるようになった頃、新種のウイルスが中国で流行しているというニュースがオーストラリアでも話題になり始めていた。
↑練習中のラテ
2020年という新しい年をメルボルンで迎えたが、森林火災も深刻な状況でメルボルンで知るニュースや火災に怯える現地の人々の生活はあまり明るい雰囲気ではなかった。
↑森林火災の煙が住んでいる街まで来て外は煙の匂いが充満していた。
4月までメルボルンにいる予定だったが、状況が変わり帰国の時期を早めることにした。
そして、2020年の1月末に日本に帰国。
帰国後はゆっくりと過ごし、自分にどんな働き方が合っているのか試行錯誤しつつ、アーユルヴェーダや東洋医学を学び、
2020年の7月に個人事業主としてお家サロンをオープン。
ケアンズでしか味わえないOiled Spaのマッサージを大事な友達やお世話になった人に是非体験してもらいたい!という思いから友達限定で始めたのだが、、
マッサージをしていると施術を受けている方の目に見えない存在が話かけてくることに気付き、
「え、誰!?何!?どっから話かけてんの!?え!?」
と初めは混乱したが、なんか自然の存在と対話していた時の感覚と似ていると思い、見えたイメージや降りてくるメッセージを本人に伝えてみる、という試みをするようになった。
その時は全くこれがなんなのか分からなかったが、後にこれが「チャネリング」と呼ばれるものだと知る。
感じるがままにそうした施術を続けていると漠然とした感覚だったのが、研ぎ澄まされるように磨かれていき、見えるビジョンがクリアになって、話している相手がどんな人でどこにいるか、何を伝えたいのかなど受け取るメッセージも明確なものになっていった。そしてその目に見えない存在からの表現方法は人によって全く異なり、実態である本人と連動していることも知った。
そのメッセージが本当に大事だったり勉強になることが多いので、施術をしながら魂の授業を受けているような気分になることも多い。
そこで受け取ったメッセージや私が感じたことを絵と言葉に残しているので、こちらも是非ご覧下さい。
その人の上にいる目に見えない存在が守護神なのか、守護霊なのか、魂なのか、ハイヤーセルフと呼ばれるものなのか、専門用語がたくさんありすぎてどれに当てはまるのかは全く分からないが、これも人によるけど姿が見える時、人間の姿をしている時もあれば、宇宙人のようなポケモンのような見たことない姿の場合もあるし、象の神様ガネーシャが出てきたこともある。
どんな形であれ、どんな存在であれ、その人を守っている事には変わりはなくて、話を聞いていると生まれてから死ぬまで一生一緒だという。見捨てることも見放すこともなくずっと側で見守ってくれている有り難い存在らしい。
ちなみにこんなことを言うと、「昔から霊感あるの?」とか「幽霊見たことある?」と聞かれそうだが、霊感は全然なかったし、幽霊も全く見えない。
目を瞑って相手に触れて集中している時に感じ取れたり、見えたりする。
そしてチャネリングと呼ばれるものを併せて施術する時はこれまでオーストラリアでしていたマッサージよりも集中力が必要で、体力と気力の消費が激しい事にも気付き、自身の心身の健康管理がとても大事だと痛感した。
もし自分がマッサージサロンに行った時に、心も身体も疲れ切ってるセラピストに身体を触られたくないから。
だから、自分に合ったストレスフリーな生活スタイルを追求して、心身の健康保持には人一倍気を付ける必要性を感じている。
今思うと、ケアンズでセラピストをしていた時に「ありがとう!とても身体が軽くなったよ!」と言って帰っていくお客さんを見ていて、「身体が軽くなるのはもちろんだけど、心も癒せて身も心も同時に軽くなったら最高なのにな〜。」といつも思っていた。
そのことがいつの間にか現実化していたことに気付いた。
思った事って本当に現実化していくんだ…。
何度もそんな経験をしていく内に、
心の声を聞いて行動すればちゃんと思った通りになっていくことを知った。
ただ、日本人はめちゃくちゃ恵まれているのにそれを知らない気付いていない人が多すぎる。
少しでも多くの人に自分の素晴らしさに気付いて、もっと力を抜いて、気楽に生きてほしい。
私は自然体で生きて、
自分を大切にして、
自分に出来ることをして、
大切な人に愛を伝えて、
その上で誰かの役に立てたら嬉しいなと思う。
だから今日も私は自分の好きなように過ごす。
笑いたかったら笑う。
泣きたかったら泣く。
眠たい時は好きなだけ寝る。
描きたい絵を描く。
好きな人と自然の中でのんびり過ごす。
そして心も身体も元気になったら、
セラピストというお仕事をする。
心と身体が癒される空間・時間を創る。
自由で居続けること。
それが私の普段していること。
以上!
最後まで読んで頂き、ありがとうございます!
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