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Cathy, you are not alone

マガジンご購読の皆様、こんばんは。いつもお世話になっております。オリンピックは 1896年に始まったそうです。また5つのリングのマークは1914年に制定されたそうです。私のラジオ放送などをお聴きの皆様はお気づきの通り、レントゲン博士によるX線発見が1895年、Max von Laue博士のX線回折発見でのノーベル物理学賞受賞が1914年ですから、歴史としては、X線の研究とオリンピックは似たような時期に起源があるということになります。X線関係の研究は、100年を過ぎてもなお、高輝度放射光やX線自由電子レーザーが登場し、学問と科学技術の最先端を走っています。地球を離れ、火星の表面でもX線による探査が日々続いています。それにひきかえ、最近のオリンピックは.....   いやいや、お互いに比較できるものでないことは当然です。しかし、オリンピックは、特にごく最近はスポーツの技量以前、イベント運営の基本的なところも含む問題で失速気味の印象があります。将来が心配です。ここは思い切った局面打開を意図し、例えば、オリンピックのマークに6つ目とか7つ目ののリングを追加してはどうでしょうか? ちなみに、南極大陸はオーストラリア大陸の約2倍、グリーンランドはオーストラリア大陸の約3分の1です。 COVID-19 ウィルス感染者総数は南極もグリーンランドも40名弱らしいですね。

さて、過日の続きをお送りいたします。



3. Cathy, you are not alone  - わたしを離さないで -

カズオ・イシグロが 2005年に発表した小説 Never Let Me Go (わたしを離さないで)は、臓器提供を目的として育てられ短い生涯を終えるクローン人間の子たちとその施設についての空想の物語である。空想とはいえ、多くのサイエンス・フィクションとは違い、過去に実際に起きた、もしくは現在現に起きている問題と重なってみえる内容が含まれている。著者の巧妙な心理描写に引き込まれると、それは現実離れした空想などではなくなり、読者個々人の現実に接続されてしまう。

語り手のキャッシーはクローン人間である。生まれたときから、一生の予定が決められている。施設で育てられ、やがて臓器提供の介護人として働くようになり、最後は、自らも臓器提供者になる。キャッシーは施設で仲間たちと過ごした思い出の数々を語るが、そこで起きたこと、感じたことなどいっさいは、クローン人間ではない普通の若者の物語となんら変わることはない。読者は自分の親しい友人の身の上話として受け止めるだろう。そして、やがて、その物語は終わる。

キャッシーは長いいきさつをすっかり語り、静かに物語を終えようとしている。つまりキャッシーの番はもうすぐなのである。キャッシーが人生の相当部分を共有したルースやトミーはもう既に亡くなっている。そのことさえもキャッシーは淡々と語ってきている。悲嘆にくれないはずがないキャッシーが、あえてそうは語らない様子であることが読者にはつらい。

この物語の中で、キャッシーたちが、施設のある Hailsham を離れ Norfork を訪ねる場面がある。イギリスの地図を広げ、この小説に登場する地域を整理しておこう。

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ノーフォークは、イギリスの大ブリテン島の東部、 East Anglia にあるカウンティ(日本の都道府県を江戸時代の藩なみに小さくしたような行政単位)である。北西方向に Lincolnshire、西および南西方向に Cambridgeshire、 南方向に Suffolk が接し、北海に面しており、イギリス最大の入江 The Wash (ザ・ウォッシュ)がある。中心都市はNorwich (ノリッジ)である。人口密度 168人/km2 の過疎地帯である。日本的に言えば、茨城県(‎470人/km2)や栃木県(303人/km2)をさらに2~3倍田舎にしたような感じであろうか。また、ノーフォークは、高速道路が通っていない、数少ないカウンティでもある。一言で言えば、ノーフォークは「何にもないところ」であり、England's lost corner (イギリスの失われた場所)である。

そんなノーフォークが、キャッシーたちにとって心のよりどころになっていた。それは、 England's lost corner を「イギリスの遺失物保管所」と冗談半分に読み違えたことがあったためである。そこに行けば、自分がなくしてしまったものが見つかると思い込んでいたのだった。

もともとキャッシーは自分の失くした宝物を探していた。なくした宝物とはカセットテープである。ジュディ・ブリッジウォーターの1956年のアルバム Songs After Dark(『夜に聞く歌』)であり、その3曲目が Never let me go である。11才だったキャッシーが心惹かれていたのは「ネバー レット ミー ゴー、オ-、ベイビ-、ベイビ- わたしを離さないで」という歌詞であった。枕を赤ん坊のように抱き、この歌を歌っているキャッシーを見ていた施設のマダムが涙ぐむ場面がある。何を抱きかかえるのか、誰にむかって私を離さないでと訴えているのかについて、キャッシーにも、仲間たちにもいくつかの解釈があった。キャッシーたちは何度もそんな話をし、最後にはマダムとも語り合っている。言うまでもなく、この Never let me go が、この小説のタイトルになっている。この物語の核心である。

まったく偶然であるが、キャッシーは、その失くした宝物のカセットテープを、England's lost corner (イギリスの失われた場所)、何もない街、ノーフォークで発見することができた。

別にクローン人間でなくても、人の一生は自然界と社会のいろいろな動きや変化に比較して決して長いとは言えない。少し前まで50歳とか60歳だったのが、いまでは平均年齢はそれが80歳とかになっているかもしれないが、そうだとしても、たいして長いわけでもない。臓器提供クローン人間のように、生まれた最初から死を予定し計画するほどまで超具体的でなくても、人の一生の長さは統計的にだいたいわかっている。ほぼ例外はないはずである。したがって、死の時期については、どの程度、自覚するかどうかというだけの問題に過ぎない。客観的にそうであったとしても、若いときから死を予定し計画することは普通は考えないだろう。もっと時期が近づくまで、とりあえず考えないことにするというスタイルが定着している。この小説では、そのような逃げ道がまったくない。クローン人間は臓器提供をして死ぬための準備が日々の暮らしである。

キャッシーは、すべてを語ってくれた。しかし、聞かされた読者のほうは「はい、これでおしまい」とはいかない。もはや、他人事ではない。明日にも臓器提供で、きっと世を去ってしまうであろうキャッシーが目に前にいて、何と声をかけたらよいのだろうか。

少し考えて、私ならば、Cathy, you are not alone  と呼びかけたいと思った。

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