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#17『ヒーロー』

僕にはよくない友達がいる。

まるでケルアックの小説『オンザロード』の登場人物、ディーンモリアーティのような奴だ。

先日彼の結婚式に参列して、長い付き合いのあれこれを思い返しては恥ずかしい気持ちになっていた。
決して恥じている訳ではなく、いわゆる照れ笑いで、彼との過去を愛しているということを再確認するような感覚だ。

出会いはありふれたものだった。
ギターをやってる僕に対して、彼はどんなバンドが好きなのかと尋ねてきた。
どこにでも転がっているようなきっかけに過ぎない。
しかし、お互いの口から、ブルーハーツやイエローモンキーやボウイやhideというミュージシャンの名前が飛び出した瞬間に、僕らはありふれたものではない特別な関係になった。

平成生まれの自分たちにとってそれらの音楽が好きだと言うことは、思春期の頃には他人と共有するのが難しいことを意味している。
それを初めて分かち合えたのが彼だった。

僕は根暗で臆病な人間だが、彼は正反対の性格だった。
思春期の頃は(多くの人がそうであるように)何もかもに対して恥と秘密を抱いていて、心の内を晒す行為、何かを真面目に表現する行為は、少なくとも僕自身には勇気が足りないことだった。
誰かが手を上げるのを願って、それまでは運命に目をつけられないように常に怯え、素朴で謙虚に生きることが望ましかった。
どうか僕の人生が片隅の暮らしでありますように、身の程を知って穏やかに生きていけますように。

そんな僕に対して彼はこう言った。
一緒に曲を作ろう。

僕はショックだった。
そして視界が大きく開けていくような漠然とした広がりを感じた。
ギターをやってる手前、表現したいという気持ちはあったが、彼と出会うまではずっと、それを真面目にやったとして、僕はどんな辱めにあうことだろう、と臆病な考えに制約されていたのだ。

だから、照れた様子を浮かべることもなく、曲を作ろうと言った彼は少なからず自分の中でヒーローのような存在だった。
あの時、彼が僕にそう言わなければ、今でもまだ暗い部屋の中、片隅の暮らしに満足することに必死になって、他人のことを恨むことだけが生きがいみたいな人生を送っていたかもしれない。

放課後に、マンションの階段の下にできた僅かなスペースに潜り込んでふたりで曲を作った時間、それこそが今もイラストを描いたり、文章を書いて表現することの最初の引き金になったのだと思う。

それだけでは無い、彼は僕を遠くまで連れ出した。
人は何処へだって行ける、だけど精神の寄り道になれば、ひとりではせいぜい国道沿いの繁華街くらいまで、常套句を並べたってニューヨークくらいまでが限界だ。

バーカウンターで膨らむ空想のお話、僕の想像力はウィットに富んでいる、テリーギリアムにだって勝る、だけどそれを実現させる人間力がない、自分の中だけで燻っていても遠くへは行けないのだ。
それはそれで良かった、このまま一生自分の頭の中だけで生きて、誰にも理解されず自己が潰れてしまうのもありだろう。
ひとりで出来ることなら全部、ひとりで行ける所なら全部、思いついた時、思いつくままに、誰に相談もせず、誰に頼みもせず、気楽でいいなと思っていた。

それを彼は拾い上げた、僕のユーモアを窓の外に連れ出した。
自分が好きなことや面白いと思うことは、例えどんな環境でも左右されないということ、それが教室という小さな社会の中で、誰かに笑われたって、決して手放してはいけないということを教えてくれた。

彼は正しさは知らないが、楽しさを知っている、人生がいつだって万事順調だということを知っている。
やっぱり、ディーンモリアーティのように、誰もが深刻な雰囲気になったって万事順調、次の街へ車を走らせる、生きることが好きな奴なんだ。

きっと彼は狂っているのだ。
彼といるとろくな事がない。
おかげでダメになった物も沢山ある、お気に入りのTシャツは泥まみれになって、次の日には後悔したし、目覚めれば僕のブーツの中にビールが並々入れられていたり、またある時は朝日が射し込む雑居ビルのバーの入口の前でふたりして上半身裸の怪我だらけで目覚めた日もあった。
だけど、それでダメになったものなんて本当はどうでも良くて、彼と過ごす破滅的な時間が大好きなのだ。
僕が彼と破滅的な時間を過ごして失うのは、空っぽな見栄や意地だけで、本当は僕の知らない新しい想像力や喜びを沢山与えられている。

そうなふうに救いようのないひと晩を繰り返すうちに、僕までも救いようのない狂った人間になってしまった。
だけど彼と出会わなければきっと、誰にも知られず静かに狂い、こと切れていただろう。

彼と飲む酒が世界で1番美味いということを知り、彼と犯した破滅的な後悔が後引く美味さへと変わることを知った。

きっと今も、教室でブルーハーツをふたりで歌っていた昂りの延長にいるし、自転車で校区外へ飛び出した向こう見ずな未来の続きであり、大阪港の船着き場の先端で背伸びしたスリルの連続にいる。

彼は僕を暗い部屋から連れ出した、人生がいかに美しいかということを教えてくれた、感謝してもしきれない恩人なのだ。

過去に付き合っていた人に言われた言葉があまりにも残酷すぎて、酷く落ち込んだことがあった。

僕は今もずっと、こんなふうに文章を書いたり、美しい言葉に触れたり、何か最終的なものを限りなく身近にする言葉を探すことが大好きだ、それこそが僕を僕たらしめる表現の方法だ。
昔から好きなアーティストの楽曲の歌詞をノートにしたためたり、感動した小説の一説や映画の台詞をメモしたり、それもきっと授業中に詩を書いて彼と見せあったあの当時の気持ちよさの延長なのだ。

そんな話を何気なく当時付き合っていた人に話したことがある。
確か、昼過ぎの柔らかい光が、壁一面ガラス張りの窓から射し込むテーブル席で抹茶ティラミスを食べていた。
学生時代から作文とかを直ぐに書ける人と書けない人がいるよね、というたわいのない会話の流れでそんな自分の話を口にした。
するとその人は、昔からそんなふうに文章を書いてるなんて暇なんだね、と言った。
それがもし強い意志を持った言葉であったなら幾分かは救われたかもしれないが、まるで無神経で空っぽなニュアンスだったので僕は酷く傷ついた。
愛想笑いをしながら、そうかもしれないと言って、その後はどんな会話をしたか一切覚えていない。

まるで片隅の暮らしを選んで、自分の全てに恥を感じていた教室の中に引き戻されるような感覚だった。
誰かの視線や言葉だけが自分の行動を決定する息苦しい環境、結局僕はどれだけ狂ったって、こんなふうに元の自分に引き戻されてしまうんだ。

途方に暮れた僕は彼と会った。
僕はきっと精神的に限界だったのだろう、散々酒を飲んで話を聞いてもらった挙句、ウィスキーのボトルを2本もおろして、泥酔して気を失い、彼に迷惑をかけた。
みすぼらしい僕を担いで連れて帰ろうとする彼に対して、泣きながら手を振り払おうとして必死に抵抗したりもした。
それでも彼は見捨てずに最後まで僕の面倒を見てくれたのだ。

またもや彼に救われた。
あの日彼に会わなければ、きっと元の暗い部屋に閉じこもった片隅の人間に逆戻りしていただろう。
結局次の日には顔に大きな傷が出来ていて、どこかで財布を失くしていたが、そんなことはどうでもいいのだ。
彼と過ごした時間に失ったものなどそれほど重要では無いとさっきも言った通りだ。
それどころか、引き戻されていく僕の手を離さず、卑屈な僕はそれを振り払おうとしたが、最後まで離さず、今に繋ぎ止めてくれた。

どうかいつまでも幸せでいてくれ。
そうしてたまには肩を並べて飲もう。
まだまだ僕を遠くへ連れ出して欲しい。

君と過ごす破滅的な時間が僕は大好きなんだ。

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