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【随筆・随想】情けない日本人の情けない言葉その2「上京」出るか、残るか、それが問題だ

私は東京が嫌いである。
いや、少し違う。
東京が地方の出身者で構成されていることを考えると、東京に媚びを売る地方民、東京に出て地方を見下す元地方民が嫌だ、という方が正しいだろう。単純に東京生まれ、東京育ちでそこに住んでいる人は「江戸っ子」であり、別に嫌悪感はない。東京かぶれが目障り、というだけのことだ。
さて今回は、そんな東京に媚びを売りまくる日本人がよく使う言葉「上京」について考えてみたいと思う。

まず鼻につくのは、露骨な上下関係の示唆である。東京に「上がる」、つまり地方は下、というわけだ。地方に「飛ばされる」「左遷される」、という言葉はあっても、東京に「飛ばされる」「左遷される」とは言わない。東京の方が格上、と言いたげである。
私からすれば、普通に東京に「行く」と言えばいいと思うのだが、権威に媚びへつらうのが大好きな日本人は「上京」という表現を使い、なぜか卑屈な態度を取りたがる。全く解せない話だ。
これは明治以降、東京に一極集中させてきた結果であろう。江戸時代までは各藩がある程度独立し、権限を持っていたが、東京に権力が集中した結果、名目的にも実質的にも東京が「格上」となってしまい、地方はその下部組織に甘んじることになった。そしてその構図が現在でも続いているわけである。
普通なら、「もっと地方分権を!」と叫ぶところだが、情けないこの国は中央に忖度することばかり考える。企業も、いちいち陳情に行くのが面倒だからと本社を東京に移転する。短期的にはその方が効率的だろうが、長期的には地方を衰退させるだろう。だが、目先の金に目が眩み、そうした近視眼的手法しか取れないのだ。これでは地方が衰退するのは当たり前である。

「上京」した人たちが地元訛りを恥ずかしがる、というのも全く意味がわからない。堂々としていればいいのに、「東京語が標準語」というメディアのプロパガンダに毒され、地元のアイデンティティを躊躇なく捨て去る。その方がよほど恥ずかしいだろう、と反画一主義者の私などは思うのだが、田舎者感を脱け出したいのか、やたら訛りを隠したがるらしい。全くもって情けない話だ。
この点、大阪人には好感が持てる。彼らは東京に住んでも訛りを隠さないし、大阪に来た人たちの訛りをバカにすることもない、らしい(『大阪学』によれば)。権威主義が嫌いな大阪人ならではといえる。地方民はもっと大阪人のこうした、毅然的振る舞いを見習うべきではないだろうか。

さて、これまで「上京」について見てきたが、当然その逆もあるわけで、まあ「下京」という言葉はないにせよ、東京を離れる、という意味の言葉というか行動がある。
そう、「帰省」である(もっとも、これは東京に限った言葉ではないけれど)。
GW、夏休み、シルバーウィーク、年末年始には毎年のように、テレビで東海道新幹線や羽田空港の混雑ぶりが報道される。
私は全く蚊帳の外なわけだが、北海道のテレビ番組でなぜそんな首都圏のニュースをやるのか、これまで疑問でしかなかった。
まあ、東海道新幹線や羽田空港は純粋な東京の人(江戸っ子)だけが使うのではなく、地元に帰る人(東京人)も使うわけで、それは全国にいるのだから、全国ニュースになるのもわかるっちゃわかる。利害関係人が多いわけだし。
わかるっちゃいるけれども、毎年毎年バカの一つ覚えみたいに同じニュースを繰り返されるとうんざりする、というのもまた率直な感想である。

「東京駅では、地元に帰省する人たちが行列を作っています。」
ニュースではこんな風に報道される。
私はこれを聞いて、
「正しい日本語を使いなさい」
と思うわけである。日本人は帰省などしていない。
どういうことか。
「帰省」という漢字をよく見てほしい。
「帰」り「省」みる、と書いて「帰省」と読む。確かに、「帰」ろうとしている人はいるだろう。だが、「省」みている人が果たしてどれだけいるだろうか?
忙しなく働き、忙しない乗り物に詰め込まれ、忙しなく出ていき、家でも落ち着かず、そしてまた忙しなく帰り、忙しない日常に戻る。一体これのどこに「省」みる時間があるというのだろうか?
移動手段が船か馬車くらいしかなかった時代、あるいはそれすらなかった時代は、流れゆく風景を眺めながら詩を作り、絵を描き、少しずつ近づく故郷に思いを馳せ、行き着く宿場で風雅なる精神を養う。こうした文字通りの「帰省」が行われていたはずだ。簡単に帰れるわけではないからこそ、故郷に着いたときの喜びもひとしおだっただろうし、その故郷を愛する気持ちもまた、強かったはずである。乗り物を使わない場合、自分の足で歩くわけだから、自然と考え事をして、自ら省みることも多かったと思われる。事実、筆者は最近歩いて帰宅することが増え、結果として自己や社会を省みる機会もまた増えている。
しかし、飛行機、新幹線、自動車を手にした日本人は、そうした精神を失ってしまった。忙しない乗り物の中でじっくり考え事などできるわけがない。皆さんも次帰省することがあれば、周りの人たちを観察してみてほしい。おそらく、そこにいるのは、スマホをいじっているか、くだらないおしゃべりをしているか、あるいは寝ているかのいずれかを選んでいる人ばかりだと思う。場合によっては、帰省の最中ですら仕事をしている人もいるのではないだろうか。いずれにせよ、自らと社会、国を省みる人など殆んどいないはずだ。せいぜい自分と家族、友人のことくらいしか考えていないだろう。それは彼らのマナーを見ればわかる。同席している「その他大勢」の人には目もくれないのだ。

交通網の過度な発達により、東京と地元は単なる点となり、一本の線で結ばれるだけになってしまった。かつては1日で移動することなどできはしなかったので、宿場が中継地点としての役割を果たし、そこでの未知の出会いが故郷と都市を点ではなく、面として繋ぎ合わせる役目を担った。知らない土地から来た人に出会い、知らない食べ物、風景、文化の話を聞く。それは旅の楽しみでもあり、また想像力を豊かにもしただろう。
現代はご立派なビジネスホテルが増えた。多少時間に余裕のある御仁の中には、速度を落とし、ビジネスホテルに泊まりながら移動する人がいるかもしれない。
だが、ビジネスホテルはあくまでホテルであって、宿場ではない。伝統的な意味での宿場には及ばず、単なる休憩地点でしかない。そこでは個人が無菌空間に詰め込まれるだけだ。

さて、「故郷」という言葉が出てきた。これも(私に言わせれば)間違った使われ方をしている。すなわち、

「連休最終日の羽田空港では、故郷へ帰る人たちで賑わっています」
という具合で報道され、使われるわけだが、彼らが帰る先は「本当に」故郷なのだろうか?
では、「故郷」という言葉の意味を調べてみよう。

故郷:
生まれ育った土地。ふるさと。郷里。

なるほど、生まれ育った地に帰るという意味では、先の文章は正しい。
だが、ふるさとの意味も調べてみよう。

ふるさと【古里・故里・故郷】
その人に、古くからゆかりの深い所。生まれ(育っ)た土地や以前に住み、またはなじんでいた場所。

よく読み直してほしい。古くからゆかりの「深い」所、とある。
では聞こう。
地方が不便だ嫌だと東京に出て、その都会的恩恵にどっぷり浸かりながら、盆や正月という1年のごくごくわずかな時間に、非人間的な速度を出す乗り物で帰ってきた場所、また、休みが終わればすぐに出ていく場所のことを、ふるさと、すなわち、ゆかりの深い所と呼べるのだろうか?
私は呼べないと思う。「どの口が言ってんねん」という話だ。
こう書くと、次のように反論する「方々」がいるだろう。

「昔そこで生まれ、育ったのは事実なのだから、私にとってはふるさとだ。あなたは里帰りをするなと言うのか」と。
なるほど、言わんとするところはわかる。
確かに、幼少期は時間の密度が濃い。その時期に過ごした場所であれば思い出も美しく保存され、体感的時間も長かったはずなので、充分ゆかりが深かった、と言えるだろう。
そう「深かった」。過去形である。今は違うだろう。東京に魂を売り渡して、深いゆかりなど微塵もないではないか。飛行機や新幹線でせかせかとやってきてすぐ帰るだけの一時的な関係しかなくなった土地。そんな土地と現在進行形で関係が深い、などと言えるのだろうか?白々しいことこの上ない。

たとえどれだけ密度の濃い時間をその場所で過ごしたとしても、その後都会的快楽の虜になり、酒だ、金だ、下半身だとうつつを抜かしているうちに、あなた方の「ふるさと」はどんどん衰退し、産業も文化も廃れていった。その片棒を担いでおきながら、「故郷は安らぐ、懐かしい」などとよく言えたものよ、と怒りを通り越して呆れるばかりだ。
そんな連中に、「故郷」「ふるさと」など口にする資格はない。彼らはそこで生まれ育っただけ、つまり、そこから出てきただけ、単なる「出身者」にすぎない。
「故郷」や「ふるさと」という言葉を使うことが許されるのは、都会に出ても快楽に溺れることなく、故郷への思いを常に温め、ことあるごとに帰郷し、その度にその土地を愛することをやめなかった、高貴なる者だけである。

私の住む北海道・新千歳空港は、羽田空港への航空便が非常に多い。金さえ払えば、いつでも北海道から出ていくことができる。つまり、気に入らなければいつでも脱出できるのだ。大した覚悟などなくとも。向こうで上手くいかなくても、すぐ帰ってこれるからだ。まあ出ていくのは勝手だが、盆正月だけ申し訳程度に帰ってくるような軽薄な連中、東京は便利な都会で北海道は不便な田舎、仕事がない、娯楽がない、列車が少ない、住むところじゃない、などと好き放題宣う連中に、北海道を「故郷」「ふるさと」呼ばわりされるいわれはない。じゃあ帰ってくんな、という話だ。

自分語りになるが、私は北海道で生まれ、育ち、生きてきた。旅でどこかに行くことはあっても、住む場所は常に北海道であった。これは別に、私がこの土地を愛していたからそうなったのではない。辛い雪かきに耐えかねて、どこか別の場所に行きたいと思ったのも一度や二度ではない。
だが、私は北海道に残った。それはまず、他の土地に移住して生活する自信がなかった、という消極的理由が根本にあった。事実、大学も日本全国から選ぶのではなく、地元北海道から選んだ。
その結果、大都市・大企業に出て収入を上げる、という機会は損失したともいえる。「まずは一度地元を出るべき」と考える人にしてみれば、私など無能な田舎者にしか見えないだろう。視野が狭いせいで、機会を失ったわけだから。

だが、見方を変えれば、都会や大企業という巨大な歯車にはめ込まれずに済んだ、ということもできる。経済合理性やコスパの過剰な追求から距離を置き、そのおかげで自然や詩や芸術を愛する気持ちを失わずに済んだ、とも言えるのだ。
JR東海が自然を破壊してまで経済的利益を追求しているのを見れば、彼らがいかに金や承認欲求だけを求め、詩や芸術を解さないかがよくわかる。詩人や芸術家は、持続不可能で不可逆的な開発などしないからだ。
まあそれは置いておくにせよ、とにかく私が北海道に残ったことで、失わずに済んだものはたくさんありそうである。
まあこれは後付けだが、結果的には東京に行かなかったのは正解だと思われる。中学の修学旅行で初めて行ったときは、「ビルばかりで自然がなくて嫌だな」と思ったし、高校のときには、秋葉原かどこかで客引きに遭って嫌な思いをしたし、そして今回の上野駅での一件。行ったところで上手くいくとは到底思えない。あの「空気」が嫌なのだ。澱んでいる。
仮に上手くいったとしても、家には帰れなかっただろう。札幌ですら人が多くて嫌だと感じる私が、盆正月の帰宅ラッシュの人混みに耐えられるはずがないからだ。解決法は、盆正月が仕事で、それ以外の平日が休み、という組織に属することくらいだが、それだと選択肢が極端に狭まるから、東京に行く意味はなく、結局帰ってくることになったのではないだろうか。まあ完全に空想の領域だが。
そもそも、飛行機や新幹線という「非人間的」な速度を出す乗り物を使わないと帰ってこれない距離にいるなら、もはや故郷に帰りたいとは思わない。使うとしたら、その時はもう完全に故郷を捨てて、新天地一本で勝負する決意が固まったときであろう。

偉そうなことを言ってきたが、私にもまだ北海道を「故郷」「ふるさと」と呼べる資格はない。私は幼年期からテレビゲームが好きで、自然と触れあう時間も充分ではなかった。だからこそ、最近は帰り道の公園にある木や道端の草花と親しみ、失われた自然との一時を求めている。自然とのふれあいなくして、ゆかりが「深い」など、よもや口にはできまい。
また、昨今のデジタル社会、システム社会にもきちんと抵抗しなければ、「故郷・ふるさとを愛している」とは言えないだろう。
宅地開発や区画整理によって失われた原風景を大切にし、蘇らせること、ネットやその他の便利なものに耽溺し、身体感覚を失わないよう、気を付けることなど、人間的精神の回復を目指さなければ、結局は故郷を捨てた者と同じ穴の狢である。

そうだ。「故郷」「ふるさと」にはふたつの意味がある。ひとつは空間としての「ふるさと」であり、これは物理的距離が遠いほどそれを感じる。
そしてふたつめは、時の流れの中にある「ふるさと」であり、これは時代を経るごとにその姿が浮かび上がってくる。
「故郷」も「ふるさと」も、本当に大切にしたいのであれば、不断の努力によって保持しなければならないのだ。盆正月に帰ってくる程度では無視しているのと同じで、何の意味もない。
「ふるさと」は場所だけを指すのではなく、その場所に関わる思い出をも含む。もちろん、途中で通った街の風景もその中にある。
私が紀行文において途中下車をする理由はそこにある。あれは単なる思い出作りではなく、広義のふるさと、つまりゆかりのある場所を増やすために行っているのだ。
本州に旅行し、帰りに特急で北海道へ帰ってくる人は、札幌まで乗り通すだろう。その場合、出発地の函館と終点の札幌しか記憶に残らない。誠に貧しい話である。
しかし、私は違う。紀行・新潟編では桔梗、大中山、長万部、伊達紋別、北舟岡・・・というように細かく刻みながら帰ってきた。これらの場所を、広義のふるさとにするために。

だが、現代日本人は帰省先へ一直線に向かってしまう。東京から広島に帰るのに、わざわざ姫路で降りたりしないだろう。そのまま乗り通すはずだ。途中に寄り道しようなど、つゆほども考えない。だが、寄り道こそ宝の宝庫であり、そこには潤沢な風流がある。それを味わってこそ、真の「帰省」ではないだろうか。

前回の「彼氏・彼女」問題と合わせ、風流すら理解できなくなった日本人は、たとえ経済的繁栄を取り戻したとしても、精神的にはますます貧困化し、堕落していくことだろう。
私は風流を解さない、詩や芸術に対して見向きもしない、ただ己の快適性・利便性のためだけに新幹線や飛行機に乗る「方々」と、同じ空間を共有したくはない。まあ、だからそもそも乗る気はないわけだが。
私は生粋の庶民だが、「高貴なる庶民」だ。「ボロを着てても心は錦」の庶民でありたい。
だが、帰省ラッシュで飛行機や新幹線に群がる方々は、「錦を着てても心はボロボロ」であろう。風景を捨てた者の心に、風流は宿らないのだ。
だから私は、可能な限り、故郷(ホーム・グラウンド)に残り続けるだろう。日本人が大好きな「上京」もせずに一生を終えるだろう。それによって経済的繁栄の機会は失うが、精神的貧困の危機から逃れ、今日も自由豁達な精神を保ち、これからも詩や芸術や文化を愛して生きていくことだろう。

さあ、どうする日本人よ。
東京に出て刹那の札束を得るか?
故郷に残り、永遠の詩的感性を育むか?
好きなほうを選ぶがよい。
だが、どちらを選ぼうとこれだけは言っておく。
「愛すべき故郷を持て」
と。

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