菅家文草(菅原道真) 「躬桑を賦することを得たり」 舉手頻鳴珮 低頭更滿筐 和風桃李質 暖氣綺羅粧 願助飢蠶養 成功供廟堂 「后妃の手があがると、しきりに珮(おびたま)が鳴る。頭を垂れて箱を桑で満たす」(1-2) 「おだやかな風が吹き、后妃は桃李の花のように見える。あたたかな気候のもと、美しい装いである」(3-4) 「願わくば飢えた蚕にたくさん桑を食べさせて、できたまゆを廟堂に供えたいものだ」(5-6) 筐:竹で編んだかご 綺羅:綾衣(あやぎぬ)と薄衣(うすぎぬ)
菅家文草(菅原道真) 「躬桑(きゅうそう)を賦することを得たり」 宮闈修內禮 春事記躬桑 候節時无誤 齋心採不遑 鉤留枝掛月 粉落葉凝霜 宮闈(きゆうゐ) 內禮(だいれい)を修む 春事(しゆんじ)躬桑(きゆうさう)を記(しる)す 節(せつ)を候(ま)ちて 時(とき)誤(あやま)つことなし 心を齋(つつし)みて 採(つ)むこと遑(いとま)あらず 鉤(すみかぎ)留(とど)まりて 枝 月を掛(か)く 粉(しろきもの)落ちて 葉 霜を凝(こら)す 「后妃は宮廷で礼を
菅家文草(菅原道真) 「青を詠ずということを賦し得たり」 水衣苔自織 天鑑霧无迷 髣髴佳人家 潺湲道士溪 鋪蒲今未奏 紋竹古應稽 故意霞猶聳 新名石欲題 明經如拾芥 迴眼好提撕 水衣(すいい) 苔 自(おのづか)らに織る 天鑑(てんかむ) 霧 迷(まど)ふことなし 髣髴(はうふつ)たり 佳人(かじん)の家 潺湲(せんくわん)たり 道士の溪(たに) 蒲(がま)を鋪(し)けども 今(いま)奏(そう)せず 竹を紋(あや)にすること 古(いにしへ) 稽(かむが)ふべし
菅家文草(菅原道真) 「青を詠ずということを賦し得たり」 正色重冥定 生民万里睇 寄書仙鳥止 干呂瑞雲低 馬倦經丘岳 車疲過坂泥 雨晴山頂遠 春暮草頭齊 井記鳧張翅 田看鶴作蹊 正色(せいしよく) 重冥(ちようめい) 定まる 生民(せいみん) 万里(ばんり) 睇(み)る 書を寄せむとして 仙鳥(せんてう) 止(とどま)る 呂(りょ)に干(ふ)れむとして 瑞雲(ずいうん) 低(た)れり 馬倦(う)みて 丘岳(きゆうがく)を 經(ふ) 車疲れて 坂の泥(こひぢ)を
菅家文草(菅原道真) 「赤虹の篇を賦し得たり」 千丈綵幢穿水底 一條朱旆掛空中 初疑碧落留飛電 漸談炎洲颺暴風 遠影嬋娟猶火劍 輕形曲橈便彤弓 如今尚是樞星散 宿昔何令貫日怱 問著先爲黃玉寶 刻文當使孔丘通 千丈(せんじやう)の綵幢(さいたう) 水底(すいてい)を穿(うが)ち 一條(いつでう)の朱旆(しゆはい) 空中(くうちう)に掛(かか)る 初めは疑ふ 碧落(へきらく)に飛電(ひでん)を留むるかと 漸(やうや)くに談(かた)らふ 炎洲(えむしう)に暴風を颺(あ)
菅家文草(菅原道真) 「赤虹の篇を賦し得たり」 陰陽燮理自多功 氣象裁成望赤虹 擧眼悠悠宜雨後 迴頭眇眇在天東 炎凉有序知盈縮 表裏無私弁始終 十月取時仙雪絳 三春見處夭桃紅 雪衢暴錦星辰織 鳥路成橋造化工 陰陽 燮(やはら)ぎ理(をさま)りて 自らに功多し 氣象(きしやう) 裁(つく)り成して 赤虹(せきこう)を望む 眼(まなこ)を擧(あ)ぐれば 悠悠(いういう)として雨の後(のち)に宜(よろ)し 頭(かむべ)を迴(めぐら)せば 眇眇(べうべう)として 天(てん
菅家文草(菅原道真) 「殘菊の詩」 低迷馮砌脚 倒亞映欄頭 霧掩紗燈點 風披匣麝浮 蝶栖猶得夜 蜂採不知秋 已謝陶家酒 將隨酈水流 愛看寒晷急 秉燭豈春遊 低(た)れ迷(まど)ひては 砌(みぎり)の脚に馮(よ)る 倒れ亞(た)れては 欄(おばしま)の頭(ほとり)に映る 霧(きり)掩(おほ)いて 紗燈(さとう)點(てむ)ず 風(かぜ)披(ひら)きて 匣麝(かふじや)浮(うか)ぶ 蝶(てふ)は栖(す)みて なほし夜を得たり 蜂は採(と)りて 秋を知らず 已(すで
菅家文草(菅原道真) 「殘菊の詩」 十月玄英至 三分歲候休 暮陰芳草歇 殘色菊花周 爲是開時晚 當因發處稠 染紅衰葉病 辭紫老莖惆 露洗香難盡 霜濃艶尚幽 十月(しふぐゑつ) 玄英(ぐゑんえい) 至る 三分(さむぶん) 歲候(せいこう) 休(きう)す 暮陰(ぼいむ) 芳草(はうさう) 歇(つ)く 殘色(ざんしよく) 菊花(きくか) 周(あまね)し これ開(さ)く時の晚(おそ)きがためになり 當(まさ)に發(ひら)く處(ところ)の稠(きび)き
菅家文草(菅原道真) 「臘月にひとり興ず」 玄冬律迫正堪嗟 還喜向春不敢賒 欲盡寒光休幾處 將來暖氣宿誰家 氷封水面聞無浪 雪點林頭見有花 可恨未知勤學業 書齋窓下過年華 玄冬(ぐゑんとう)律(りつ)迫(せ)めて 正(まさ)に嗟(なげ)くに堪へたり 還りては喜ぶ 春に向(なん)なむとして 敢(あ)へて賒(はるか)ならざることを 盡(つ)きなむとする寒光(かんくわう) 幾ばくの處にか休(いこ)はむ 來(きた)りなむとする暖氣(だんき) 誰(た)が家にか宿
菅家文草(菅原道真) 「月夜に梅花を見る」 月耀如晴雪 梅花似照星 可憐金鏡轉 庭上玉房馨 月の耀(かがや)くは晴れたる雪の如し 梅花は照れる星に似たり 憐(あはれ)ぶべし金鏡(きむきやう)の轉(かひろ)きて 庭上(ていしやう)に玉房(ぎよくばう)の馨(かを)れることを 「月の輝きは晴れた日の雪のようだ。梅の花は光る星に似ている」(1-2) 「すばらしいことだ、月は揺れてきらめき、庭には美しい花がよい香りを漂わせている」(3-4) 斉衡二年(855)