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【前編】東京チェンソーズと桜美林大が、檜原村で木のおもちゃづくりに挑戦する理由

東京都檜原村と、同村を拠点に活動する林業会社・東京チェンソーズ、そして桜美林大学芸術文化学群ビジュアル・アーツ専修の林ゼミが連携し、木を素材にしたおもちゃを開発する「子どもの好木心『発見・発掘』プロジェクト」。全14回・半年間の授業のなかで、檜原村の山林を舞台にしたフィールドワークや、幼稚園・保育園でのニーズ調査などのプロセスを経て、木のおもちゃを開発していきます。

当記事では、東京チェンソーズで同プロジェクトを担当する高橋和馬さんと、桜美林大学でプロダクトデザインゼミを主宰する林秀紀准教授にお話を伺い、プロジェクトが立ち上がった経緯や、込められた思いを紐解きます。

高橋 和馬(たかはし かずま)さん
株式会社東京チェンソーズ 販売事業部

新潟県越後湯沢町出身。北海道大学生命科学院卒。大手食品メーカーで11年勤務した後、持続可能な世界の実現、環境問題への取り組みがしたいという想いから2021年に東京都檜原村の林業会社・東京チェンソーズに転職。現在は森の素材を使った自社商品開発、森と街をつなぐ「森デリバリー事業」に携わる。焚き火と、森の中でハンモックに揺られることがとにかく好き。

林 秀紀(はやし ひでき)さん
桜美林大学芸術文化学群 准教授

東京造形大学造形学部卒業後、三菱電機デザイン研究所、サムスン電子にて家電製品やスマートフォンのデザインを行う。岡山県立大学デザイン学部デザイン工学科助教授を経て、2020年より桜美林大学芸術文化学群准教授に就任。「子どものためのデザイン」や「サステナブルデザイン」を主に研究し、おもちゃコンサルタントとしても活動。キッズデザイン賞、グッドデザイン賞など受賞も多数。

村の活性化と林業の収益化の鍵となる、木のおもちゃ産業

━━まずは檜原村・東京チェンソーズ・桜美林大学が連携して木のおもちゃを開発することになった経緯を伺います。檜原村にはもともと、どのような課題感があったのでしょうか?

高橋:檜原村では2014年から、木のおもちゃの制作と、「檜原 森のおもちゃ美術館」を中心とした木育の推進で村を活性化する「トイビレッジ構想」が掲げられています。

「檜原 森のおもちゃ美術館」は、日本の木のおもちゃ、海外のデザイン性の高いおもちゃなどで遊べる体験型ミュージアム

全面積の約93%を山林が占める檜原村では、古くから炭焼きと林業が基幹産業でした。しかし、燃料としての炭の需要が激減したことや、安い外国材が輸入されるようになって木材価格が暴落したことから、炭焼きと林業を産業として成り立たせるのは難しくなってしまいました。特に檜原村の山は急峻で、大型機械で効率的に木材を切り出し、建築用材を大量に作って売る、ということができない環境なので尚更です。

━━そこで村の森林資源を活かす新産業として期待されているのが、木のおもちゃ産業なんですね。

高橋:ドイツには、木のおもちゃづくりが産業として成り立ち、村民の約半数が木のおもちゃに関わる仕事をしているザイフェン村という山村があります。いわば「日本のザイフェン」を目指し、木のおもちゃ産業を盛り上げることで村を活性化しようというのが、トイビレッジ構想なんです。

今回のプロジェクトも、そうしたトイビレッジ構想の推進に役立つものだということで、村も含めた三者協定を結ぶ運びとなりました。

━━林業会社がおもちゃの開発・販売を行う事例は珍しいと思いますが、東京チェンソーズが今回のプロジェクトに関わっているのはどうしてなんでしょう?

高橋:東京チェンソーズでは森林整備や伐採を行う林業事業のほか、伐採後の木材を加工し、雑貨などを製造する販売事業、整備後の森林空間を活用するサービス事業など、素材生産だけではなく、森林をトータルで活用する取り組みを行っています。木のおもちゃづくりにも、販売事業の一環として2017年から取り組んできました。

僕たちが大切にしているのは、「森の価値の最大化」です。今までは捨てられてしまっていた枝葉や根っこなどにも付加価値をつけて"木をまるごと1本使い切る"ことで、補助金に頼りきらずとも成り立つ林業を目指しているんです。

木の枝などを活用して作られたおもちゃ「アドベンチャートラック LOGGY(ロギー)」

高橋:チェンソーズがおもちゃに使用する素材の多くは、市場では流通しない素材です。規格化された木材を使うのではなく、木の個性豊かな形や表情をそのまま生かすことで、子どもたちに「木は生き物なんだ」と感じてもらえるようなおもちゃを届けたいと思っています。

また、木のおもちゃは子どもたちと森林の距離を近づける手段としても重要だと考えていて。

森林は、50年、100年という長い時間軸で守り育てていく必要があるものです。そのため、今の子どもたちの世代に森林の価値を伝えることがとても大切になります。特に木や森に触れることが少ない都会の子どもたちにとっては、木のおもちゃに触れることが、森林との距離を縮める貴重な機会になると思うんです。

━━そんな木のおもちゃづくりをさらに加速させるために、桜美林大学と協働しておもちゃの開発に取り組むことしたと。

高橋:そうですね。林先生の知見と学生のエネルギーをお借りしつつ、僕らからは皆さんに、木や森に関する学びを提供できればと考えています。

今回のプロジェクトでは、学生たちに東京チェンソーズの社有林に来てもらい、木の伐採や乾燥などの工程を実際に体験してもらいます。生きている木が木材になっていく過程を体験してもらうことで、おもちゃをデザインする学生たち自身にも、木が生き物であるという実感を持ってもらえたらと思いますね。

チェンソーズの社有林でのフィールドワークの様子

プロダクトデザイナーの発想を生かした、新たな視点でのおもちゃづくりを

━━林先生はもともと韓国の大手電子機器メーカー・サムスンで電化製品のプロダクトデザインをしていたんですよね。そこからなぜ、木のおもちゃのデザインに取り組むようになったんでしょうか?

林:私はサムスンを退職した後、縁あって岡山県立大学に教員として赴任しました。大学は山に囲まれた田園地帯にあり、静かでよかったのですが、本来私はIT系のデザインを専門としていたので、田舎暮らしの中で自分の得意とする分野の研究をするのは無理があると悟りました。そこで気持ちを切り替え、この地域でしかできないことは何かを考え続けた結果、豊富な森林資源を活かすデザインに辿り着いたんです。

森林とデザインについて調査を続けるなかで、木育と木育玩具の存在を知り、興味を持ちました。さらに理解を深めるために、四ツ谷にある東京おもちゃ美術館を訪問・調査し、様々なお話を伺ったり、館内を視察したりしたところ、国産の木のおもちゃは作家作品が多いという印象を持ったんです。

━━作家作品が多いとはつまり、デザイナーが作った作品が少ないということでしょうか。

林:そうですね。作家の方々とデザイナーの違いは、製品をユーザー中心で企画、デザイン、製造しているかどうかだと思います。作家の方々は主観的な発想を基に作品を作りますが、デザイナーはターゲットユーザーを満足させることが前提となり、目的をもった商品開発をします。そのため、ユーザーや市場環境などの事前リサーチが必須となっているんです。

もちろん作家作品にも素晴らしいものがたくさんありますが、私のデザイナーとしての知見と経験を活かすことで、木のおもちゃ市場をさらに発展させることができるのではないかと考えるようになりました。

━━デザイナー的な発想を生かした、新しい視点からのおもちゃづくりができるんじゃないかと。

林:デザインプロセスを体系化し、それをオープンにすれば、色々な人や企業が参入できるようになり、木のおもちゃの世界がより楽しくなるだろうとも思いましたね。

そこで、大学で学生に教えるためにも、ユーザーのニーズ調査や、試作品での検証をしっかりとした上で、木のおもちゃのデザインプロセスを体系化することにしました。なぜかこれまで誰も取り組んでいない分野だったので、自分がやる意味を感じられましたね。

後編へつづく

執筆・編集/高野優海(ライター・檜原村地域おこし協力隊)


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