【短編小説】ビリーの彼女
(本文2000文字)
「重いわね」と胸の大きな女が言った。
「こいつ、ガタイだけはいいんだよ」と尻の大きな女が答える。
放棄された神社の母屋の下。二人は、そこを「安置所」と呼ぶようになっていた。風通しがいい。人目にもつかない。
母屋の下にはミイラが何体もあった。この辺りで殺られた人たちだろう。腐りもせずに乾いていくだけなので、死体を放置するにはうってつけだ。二人の女は姿勢を低くして死体をロープで引っ張り入れた。
「あー、重い」
「この辺で良くない?」
「そうだね。ありがと」
足元に、もう一つ死体がある。
「ビリーね。最悪の野郎だわ」とデカ尻が言った。
「本当は何者だったの?」
「どっちが?」
「どっちも」とオッパイはうんざりして答えた。
数週間前の朝。デカい尻の女が目覚めたら隣に男が寝ていた。こういうことは良く起こる。夜のノリで家に連れ込んで楽しんでしまい、そのまま眠ってしまう。
「悪い。名前何だっけ」
「ビリー」
「芸名?」
「そんな感じ」
ビリーは何日もデカ尻の家に居座った。一見普通の若者だが、ときどき様子がおかしい。そのうち、カネを盗むようになった。財布から、そして通帳から。麻薬常習者だったのだ。
「殺っちゃおう」とオッパイが提案した。
ビリーには身分証がなかった。本人名義のものは理容室の会員カードくらいで、免許証も保険証も所持していなかった。
「どこの誰とも分からないヤツだ。行方不明になっても、気にする人間はいない」とデカ尻も思った。
ビリーを始末して死体を遺棄して数日後、大柄の男がデカ尻の前に現れた。ビリーの本名が記載されている免許証や保険証を持っていた。
「俺はこいつの戸籍を買ったんだよ。お前の秘密も知ってるぞ」と男は言っていた。
「そもそも戸籍って売ったり買ったりできんの?ギネスビールください」
「さぁ?コーラのウイスキー割り」
二人は神社の近くにあるバーに立ち寄っていた。
「ウイスキーのコーラ割り?」とマスターが尋ねる。
「その逆」
戸籍を売るというより、ビリーが自分の本名で作った免許証や保険証などの身分証明書を売ったのだろう。それを買った男が、デカい尻の女のことを知って脅しに来た。免許証の顔写真は細工して付け替えたのだ。
「最悪」
「何がしたかったんだろうねぇ」とオッパイの大きな女が言った。
「さっぱり分からん。もう殺しちゃったし」とデカ尻は答えた。
「身分証明書どうする?」
「それも分からん」
帰ろうとした二人をマスターが呼び止めた。
マスターに教わった「戸籍屋」は、繁華街の奥まったところにあった。窓口にビリーの免許証と保険証を差し出す。
「持ち主は存命?死亡?」と訊かれる。
「死亡」とデカ尻は答えた。
二人の半年分の給料が手元に残った。
思わぬ大金が手に入った。デカイ尻の女は新築のマンションに引っ越し、家具も食器も新調し、さらに夜の街で豪遊した。胸の大きな女はどうしているだろうと思った。
「あいつ殺して戸籍屋に売ったらカネになんのかな」
思わぬ大金が手に入った。胸の大きな女は新築のマンションに引っ越し、家具も食器も新調し、さらに夜の街で豪遊した。尻の大きな女はどうしているだろうと思った。
「あいつ殺して戸籍屋に売ったらカネになんのかな」
二人の女はビリーの身分証を売ってしばらく経ってから連絡を取り合った。
「一緒に遊ばない?まだカネ残ってるでしょ?」
VIPルームを貸し切り。お互いの友人も呼んで騒ぐことにした。
「今夜は飲むぞ!」
「おー!」
尻のデカい女が目覚めたとき、知らない男が脇で寝ていた。昨夜は大いに飲んで騒いで踊って。どの時点か分からないが、記憶を失っていた。
「あー、やっちゃったよ」
悪い癖だ。とりあえず連絡しておこうと女は思った。
胸の大きな女が目覚めたとき、知らない男が脇で寝ていた。昨夜は大いに飲んで騒いで踊って。どの時点か分からないが、記憶を失っていた。
「あー、やっちゃったよ」
悪い癖だ。とりあえず連絡しておこうと女は思った。
二人は男たちの死体を神社に遺棄して、戸籍屋にまた行った。
「二人とも死亡」と言って身分証を渡す。
窓口の男性がカネと一緒に履歴書のようなものを見せてきた。
「今度はこんな感じの男をお願いできるかな」
「は?」
「だって二人、ハンター業やるんだろ?」
「ハンター?」
「君たちだろ、ガッツのある女の子二人組って」
「え?」
「こっちから依頼してもいいかなって言ってんのさ。嫌ならいいけどね。やれるなら報酬弾むよ」
「ほー」
「二人で殺ってきてくれよ。身分証剥いでくるのを忘れずにな。大丈夫。マスターから話は聞いてるから。君たちをハンターで登録したいんだけど、コンビの名前は?何でもいい。ビリーズガール?オッケー、分かったよ」
「何がビリーズガールだよ」
「とっさにそれっきゃ思いつかなかったんだって」
「ふざけんなよ」
「儲かるんだからいいじゃん」
「いつか殺す」
「その前に私が殺す」
「マスターにお礼言っとく?」
「三人で乾杯しようぜ」