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引き裂かれた心と涙 垂仁天皇⑧神話は今も生きている ことの葉綴り。二八六

振り上げた短刀

こんにちわ。今日は仕事の間に「ことの葉綴り。」のひと時がもてました。

第十一代垂仁天皇(すいにんてんのう)が寵愛した
皇后の沙本毘賣命(さほびめのみこと)は、
兄の沙本毘古命(さほびめのみこと)から、
「私を愛しているなら、夫の垂仁天皇(すいにんてんのう)の命を奪い、そして天下を共に治めよう。この小刀で首をお刺しせよ」
と、鋭利な短刀を手渡されます。

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いつものように、夜、妻の沙本毘賣命(さほびめのみこと)に
膝枕をされながら、すやすやと寝息をたてはじめる天皇
自分の命が狙われていることも知らずに、疑うこともなく、無防備に安心して眠っています。

夜が更けて、闇が濃くなっていきます。

自分の膝で寝息を立てる夫の寝顔を見つめながら
沙本毘賣命(さほびめのみこと)は、
胸元に忍ばせた短刀に手をやります。

夫である天皇と私と、どちらを愛おしく思っている?

兄の言葉がよみがえります。

夫は私をとても大切にしてくれている。
けれど……私は兄上に惹かれている……。

兄からの告白に、隠してきた秘かな女の恋心に火がついてしまったのです。

沙本毘賣命(さほびめのみこと)は、
そう~っとそう~っと胸元から、短刀を引き出して、
鞘から刀を取り出していきました。

今か……今だ!!!!!

沙本毘賣命(さほびめのみこと)は、手にした短刀を振り上げました

そのときです。
垂仁天皇(すいにんてんのう)の寝息が耳に聞こえて、くつろいだ穏やかな表情を見せて体をわずかに動かしたのです。
沙本毘賣命(さほびめのみこと)は、ドキリとして、手を振り上げたまま動けませんでした。

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引き裂かれる心

この夫は、子供のころから、仲良く共に遊んでいた。
兄も、夫も、私をかわいがってくれた。
皇后になった今も、優しいあの子供の頃のまま……。

でも、兄上に私はずっとずっと思い焦がれていた。
秘めた思いが、もう溢れてとまらない。


やるのよ!!! 兄のために!!!

再び、沙本毘賣命(さほびめのみこと)は、短刀を振り上げます。

さあ、今、今!!!!

すぐ目の前にいる夫である天皇……。

仲の良い従姉妹から、皇后へと妻となり
共に過ごした日々が甦ります。
夫の笑顔が浮かびます。

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短刀の重みが腕をしびれさせてきました。

沙本毘賣命(さほびめのみこと)は、腕を静かにおろします。

夫は、まだ目を覚まさずに眠っています。

私にできるだろうか……。

兄、沙本毘古命(さほびこのみこと)の思いつめた顔が浮かびます。

我が愛する妹よ。
私とそなたの幸せのために、頼んだぞ……。

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溢れ出る大粒の涙

沙本毘賣命(さほびめのみこと)の心は、
愛する兄への恋慕
信頼する夫への慈しみとで、真っ二つに引き裂かれそうになっていました

気が付くと、沙本毘賣命(さほびめのみこと)もう一度、短刀を手にした腕を振り上げています。

そして、眼からは大粒の涙が溢れ出して止まらなくなっていました


兄上、兄上、愛しい兄上……

けれど……できない……できない……

私には……この優しい夫を、天皇に刀を向けることはできない……

兄上……ごめんなさい。

夫よ……ごめんなさい……。

沙本毘賣命(さほびめのみこと)は、嗚咽をこらえますが、溢れる涙をとめることができませんでした。


すると、その涙が、ポトリ、ポトリ、
膝枕で眠る垂仁天皇の頬へと落ちてしまった
のです。

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―次回へ

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