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二神の結婚・聞く力?! 伊邪那岐伊邪那美⑥神様も失敗して成長した ことの葉綴り其の五六

聞く力

サボりくせのある私が、「ことの葉綴り。」に向かえている朝。
おはようございます。56回目になりました。
さまざまな“失敗”をされて成長されていく神さま。神話を読み返し、神代と今とを、自分で“往復”しながら、毎回発見があって……楽しみながら、少しずつ続けています。

伊邪那(いざな)岐(ぎ)・伊邪那(いざな)美(み)さま。
私の奉職する神社も、ご祭神が天照大御神さまと、この伊邪那(いざな)岐(ぎ)・伊邪那(いざな)美(み)さまです。
毎年四月は、春の祈年祭ですが、今年は遠距離移動や、宮司さん総代さん方も高齢の方も多いので、辞退しました。とても残念。
ご神事の時刻に、自宅で白装束に袴姿で祝詞を奏上しました。

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さて伊邪那(いざな)岐(ぎ)・伊邪那(いざな)美(み)さま。
前回は、天の浮橋から、天の沼矛で地上をぐるりとかき回し、その矛からしたたり落ちた海の潮(塩)が重なって誕生した淤能碁呂島(おのごろしま)。
その島に降り立たれ、真ん中に海中深くから、天にも届くような立派な天の御柱と広い宮殿を建てられた、というところまででした。

ここで、伊邪那岐命(いざなぎのみこと)さまは、伊邪那美命(いざなみのみこと)さまをご覧になって、こう質問されます。
「汝が身は如何にか成れる。」

「あなたの身体は、どうなっているの?」と、聞かれたワケです。男神から女神へのすごい質問ですよね。

きっと伊邪那美命も、驚かれたでしょうね。
なかなか、こんなこと、聞けないですよね(苦笑)

ええっとですね~と、きっと思案されたのではないでしょうか。

さて、伊邪那美命さまは、なんて答えたでしょうか?
あなたなら、どう答えますか?

「最近、お腹が出てきてて……ちょっと体重が増えて……」
私なら、ついこう言いそうです(苦笑)

女神の伊邪那美命さまは、こう答えられたのです。

「私の身体は、成りて成長しても、成りあわないところが一か所あります」

この“成りあわないところ”は、『日本書紀』では、「雌元之処」とあって、女性の陰部のことをいいます。

それを、こんな風に言えるなんて、女性の体の特徴をこんな風に言えるなんて、すごいな~って驚きます。

男神の伊邪那岐命さまは、「?? どういうこと?」と、思われたかもしれません。
けれど、すかさずこう返されたのです。

「私の身体には、成りて成長して、そして成りあまったところが一か所あるんです」

“成りあまる”って? はい。『日本書紀』には、「雄元之処」とあり、男性器のことを言っているのです。

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二神の結婚

さらに、男神の伊邪那岐命さまは、女神の伊邪那美命さまへとこう語られました。
「それでは、我が身の、成りあまれる処で、あなたの、その成り合わないという処を、さし塞ぎたい。そうすることで、私たちの子である国を産もうと思うのだけど、どうだろう?」

おおお~なんと、直球でしょうか。
二柱の神さまは、深い質問を投げかけ合い、互いにイメージを膨らませながら、会話のキャッチボールをされています。
本質への問いかけ、「聞く力」の凄さを
感じませんか?(笑)。

女神の伊邪那美命さまは、どうされるでしょう?

伊邪那美命さまは、まっすぐに向き合い、こう返答されました。
「然善けむ(しかよけむ)」

「ええ、いいと思います」


二神の結婚

伊邪那岐命さまも、その答えを聞いてうなずかれました。そして、
「では、私とあなたとで、この天の御柱を行き巡りて、そしてお逢いして、“みとのまぐはひ”をしましょう」

この“みと”とは、体を交わえる場所のこと。
まぐはひは、「目合ひ」から、交わりのこと。

天に向かう柱を廻り、そこで、顔と顔を合わせてから、
夫婦のまぐわいをしましょう。

この本質を突いた三つの質問とやりとりから、
伊邪那岐命と伊邪那美命さまは、ご夫婦神になられました。
この会話から、肉体のこと、男女の違いなど、お互いの違いが明らかになりました。

けれど、これはたんに身体的なことだけではなく、
森羅万象の二極にあるもののことを、現している気がします。

在ると無い
男と女
プラスとマイナス
陰と陽
聞く・答える
右と左(この後の物語で出てきます)


まぐわいとは、性交も意味しますが、
こうした両極にあるものが一つになったときに
産み出されていくものがある

それも伝えてくれています。

ちなみに神話を英語に訳したチェンバレンは、
「猥褻」だと感じて、この箇所はラテン語に訳したそうです。
キリスト教では、「性」に対しての蔑視があるようです。
ただ、この日本の神話だけではなく、ほかの世界の神話には、男女の関係や性が語られていることが多いそうです。

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“みとのまぐはひ”までの流れ

『古事記』から見てみると
地上に降り立った伊邪那岐・伊邪那美さまが、いきなり「まぐわい」の性の描写になったわけでもありません。

二柱の神さまへと至る神代七代にも、
生命の発展の流れとともに、
性へのつながり
が、ちゃんと見えるんです。

宇比地邇神(うひぢにのかみ)妹須比智邇神(いもすひぢにのかみ)。
泥や砂が混ざり合い混沌としていたことを現す神さま。
男性を意味するのが、キ、オ(ヲ)、ヂ(ジ)、ヒコ。
女性には、ミ、メ、べ、ヒメ、妹も

角杙神(つのぐひのかみ)と妹活杙神(いもいくぐひのかみ)。
つのぐひは、植物が、鹿の角のようにすくすくと伸びていくさまを現し、生命の発展を現しています。

意富斗能地神(おほとのぢのかみ)と、次に妹大斗乃辯神(いもおほとのべのかみ)。
この斗(と)は、戸、門、穴などの外界との出入り口のこと。
男女の生殖器の意味。
性の営みをして、次の世代へと種を残す
新しい命をつくりだすことを現す神さま。


於母陀流神(おもだるのかみ)妹阿夜訶志古泥神(いもあやかしこねのかみ)
於母(おも)は面(おも)、顔のこと。それが満ちて、
「美しいお顔ですね~」と、
求愛・プロポーズを意味
します。
対となる、阿夜(あや)は、あ~。
訶志古泥(かしこね)=畏(かしこ)から
「あ~おほめいただいて恐縮ですわ」
と、言葉による交流・コミュニケーションが在ることを現しています。

そして伊邪那岐・伊邪那美は、
いざなう。誘う(いざなう)
お互いに、誘いあい一つに交わる


と、まぁ準備、というか、
「まぐわい」への段階を踏んでいる
伏線があったのだな~と
私も発見しなおした朝でした。

いつも、最後まで読んでいただきありがとうございます。

佳い週末をお過ごしください。

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―次回へ



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