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ショートショート 「かけなかった私」

私が初めて女性と外食をしたのは高校生の時のことでした。
学習塾の帰りに同じクラスの女生徒をステーキハウスに誘ったのです。
彼女は明朗活発スポーツ万能で学校の人気者でした。
そんな彼女がよく私のような日陰者の誘いに応じてくれたものだと、今でも不思議に思います。
まあ私も懸命でしたから、想いが伝わったのかも知れませんね。

約束を取り付けることに成功した私は、学習塾の講義が終わったあと、彼女と並んで自転車を押してステーキハウスに向かいました。
桜が咲いていました。
空は透き通るように青く、雲は限りなく白かった。
私はまるで青春映画の主人公にでもなったような気分でした。
洋品店のショーウィンドウに映るふたりの姿は、恋人どうしにしか見えませんでした。
道中何度も「これは夢なんじゃないのか?」という考えが浮かびました。
まるで現実味がなかったのです。
お金の心配をする必要はありませんでした。
私の財布には年末年始に郵便局でアルバイトをして得た給料がそのまま入っていたからです。

店に入ると、私たちは奥のテーブル席に案内されました。
私は彼女が座る際、椅子を引いて思いやりを示しました。
今となってはずいぶんキザなことをしたものだと思います。
でも彼女は素直に喜んでくれました。
私はほっとすると同時にますます彼女のことが好きになりました。
と、ここまでは万事順調だったのですが、このあと私はつまらない意地を張ってせっかくのデートを台無しにしてしまいます。

高校生の時分、私は自分のキャラクター作りに苦心していました。
身長が低く容姿も並で、かつ勉強もスポーツも決して得意ではなかったので、周囲に自分の存在を示すために個性を捏造する必要があったのです。
色々なタイプを試してみた挙句、私はユニークな人になることに決めました。
いつ何時もありきたりなことをしない個性的なやつでいることにしたのです。
ですからオーダーひとつするにしても、ロースステーキやヒレステーキのような一般的なメニューは避ける必要がありました。
私がそんなややこしいことを考えている間に、彼女はさっさと一般的なセットメニューを注文してしまいました。
店員さんは立ったまま私が注文するのを待っています。
私は焦ります。
焦るとますます決められなくなってしまいます。
とその時、あるメニューが私の目に留まりました。

(ん? ステーキ重...)

「ステーキ重」というのは要するにステーキ丼のことです。
しかし無知な私は、その字面からカットされたステーキがどかどかと重なっている様子を想像してしまいました。
荒くれ者のカウボーイたちがテキサスの砂漠地帯にぽつんと建ったダイナーで口の周りを肉汁でベトベトにしながらがっついていそうな野性味溢れるメニューだと思ったのです。

(自分のユニークさをアピールするのにもって来いじゃないか…)

私は「ステーキ重」を注文することにしました。

「すみません、ボクはステーキ…かさ? …あ、じゅう? はい。これと、ライス」

店員さんは心の中で、こうツッコんだかも知れません。

(お前、どんだけ白めし好っきゃね〜ん)

カレーライスとライスを注文するようなものですからね。
そんな注文をするやつはただの変人であって、決してユニークな人なんかじゃありません。
彼女は聡明で心優しい人でした。
店員さんの前で私の間違いを指摘したりはせず、彼が行ってしまってから小さな声で私にこう教えてくれたのです。

「君塚くん...。ステーキ重ってステーキどんぶりのことなんじゃないの?」

さあ、頭を掻け、私!
彼女が出してくれた助け舟に乗っかって、気まずそうな顔をして笑うんだよ!!
…しかし未熟な私は彼女の好意を無にしてしまいます。
こともあろうか咄嗟に嘘をついてしまったのです。

「うん、知ってる」

ああ…。
こんな時には三枚目になるしかないのです。
しかし若い私にはそんな芸当は出来ませんでした。
間違いを認めることが恥ずかしかったのです。
私は目の前にどんぶりものとごはんが並ぶ様を想像し、暗澹たる気持ちになりました。
どう考えてもステーキとごはんの量のバランスが悪過ぎます。
彼女は気を遣っていろいろと世間話をしてくれましたが、私は「うん、うん…」と生返事を返すことしか出来ませんでした。
私はほんもののアホでした。
自分のことしか考えていなかったのです。
そうこうするうちに店員さんがメニューを運んで来ました。

(デートオワタ\(^o^)/)

しかし運ばれて来た料理のなかからライスは省かれていました。
きっとお店の方が気を利かせてくれたのでしょう。
お店の方、その節はお気遣いありがとうございました。
でも、もうダメでした。
そこそこ調子の良かったトークはすっかり鳴りを潜め、私は寡黙な人になってしまいました。
喋らないものですから間が持ちません。
私はあっという間にステーキ重を平らげてしまいます。
そのせいで彼女は気まずい沈黙の中で食事をしなければならなくなったのです。
一言も口をきこうとしない陰気な野郎を前にして…。
地獄ですね。
本当に可哀想なことをしました。
まだ春先だというのに、私は背中にびっしょり汗をかきました。

その後、人生経験を経て、いつからか私も頭を掻ける人間になりました。
今ではことあるごとに掻いております。
ものを無くしては掻き、書類の不備を指摘されては掻き、掻いて掻いて掻きまくっております。
少しは高校生の頃の自分を見習って、見栄を張る根性を思い出したほうがいいのかも知れませんね。
生え際も後退して来たことですし...。
最後に駄句を披露してこの独白を終わりにしたいと思います。

恥をかき 頭掻けずに 汗をかく

ご清覧、ありがとうございました。

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