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葉田甲太です。自己紹介とnoteでの発信について

ご覧いただきありがとうございます。
葉田甲太(はだこおた)です。

これまで、国内外で医療を届ける活動を医師として行ってきました。
noteを通して、これまでの活動や出来事、今取り組んでいることについてお伝えできれば幸いです。

お時間がある時に、読んでもらえると嬉しいです。  



略歴

1984年5月28日生まれ。国境なき医師団に憧れ、日本医科大学医学部医学科に入学。学生時代にカンボジアと出会い、現地に小学校を建設。その経緯をつづった本「僕たちは世界を変えることができない。But, we wanna build a school in Cambodia.」を2008年に出版、2011年に向井理さん主演で映画化。僻地医療、離島医療から東京でのICUまで総合診療医として勤務し、2018年地域医療支援大賞を受賞。2017年7月に認定NPO法人あおぞらを設立、「全ての命が大切にされ、その人らしく生きることができる社会」を目指して、さまざまな国際協力支援活動に取り組む。2018年カンボジアでお母さん・赤ちゃんを助けるためのサンブール保健センター建設、2019年タンザニアで5万人の命を守るクウェディボマ公立保健センター建設。新型コロナウイルス蔓延を受け、カンボジアに手洗い場の設置など水衛生環境改善支援、パレスチナ難民に10万枚のマスク支援、世界各国でJICAなどと連携しながら遠隔新生児蘇生法教育などを実施。著書「僕たちは世界を変えることができない。But, we wanna build a school in Cambodia.」は台湾や韓国でも出版され累計10万部。2022年3月まで地域医療振興協会 真鶴町国⺠健康保険診療所 管理者兼診療所所長を務め、2023年10月エレコムヘルスケア株式会社 取締役社長に就任。


自己紹介

大阪府大阪狭山市出身。
好きな食べ物は、スイカ、チョコレート、貝。
好きなアーティストは、銀杏BOYZ・RADWIMPS・My Hair is Bad。
趣味は読書。たまに本を書くこと。
座右の銘。「やってから考える」


人生を変えた1冊、「僕たちは世界を変えることができない。」

2005年、大学在学中に、150万円でカンボジアに小学校を建てられることを知りました。

子どもたちが笑ってくれるかもしれないと、資金集めに奔走し、2006年、皆さまのおかげで、なんとかカンボジアに小学校を建てることができました。

そして、その経験をつづった本「僕たちは世界を変えることができない。But, we wanna build a school in Cambodia.」は、たくさんの方々のおかげで、2011年秋に向井理さん主演で映画化されました。

向井理さんたちにも会うことができ、テレビやラジオなどたくさんのメディアから取材を受けました。

今でもライブで泣いてしまうぐらいに大好きな銀杏BOYZの峯田和伸さんとも対談させて頂きました。

銀杏BOYZの峯田和伸さんとの対談
提供元:cinemacafe.net

本や映画をきっかけに「葉田さんに会いたいです」という連絡をもらい、全国各地で講演会もしました。

国境なき医師団に憧れて医師となりましたが、反面、映画化の後、

「自分は何をしたかったのだろう?」

恥ずかしながら、思い悩むようになりました。

当時、自分は29歳になり、非常にキャリアについて迷っている時期でした。

そんな中、2014年カンボジアに建設した小学校がある村を訪れた時、ある女性と出会いました。

その女性は、生後22日目の赤ちゃんを亡くしたことを話しながら、泣いていました。

赤ちゃんを思い出しながら、下を向いて、泣いてる女性の涙が、自分がなぜ医師になったかを思い出させてくれました。

収入や、キャリア、どの大学院に留学に行くか、そんな上辺のことばかりを考えるのではなく、まずは目の前で泣いてる人の涙をとめられるように、命を救えるように思いっきり、やってみようと、あの時決めることができました。


医師として目の前の人にできることを


カンボジアから帰国後、長崎大学大学院の熱帯医学講座で、どうすれば赤ちゃんを救えるかを学び、認定NPO法人あおぞらを立ち上げながら、臨床医として地域で働きました。

2018年、国際協力NGOワールド・ビジョン協力のもと、カンボジアにサンブール保健センターを開院しました。その記念事業として、助産師を対象に、赤ちゃんを救う技術支援、「新生児蘇生法講習」を行いました。

カンボジア・サンブール保健センター
記念事業として新生児蘇生法講習を実施
赤ちゃんを亡くして泣いていたお母さんも、新しい保健センターで無事に出産

ここでも泣いてる人がいましたが、笑顔になってくれるました。

皆さまのおかげで、認定NPO法人あおぞらの活動はカンボジアからタンザニア、ラオス、パレスチナへと広がっています。

さらに2019年11月にはタンザニアでクウェディボマボマ公立保健センターを建設することができました。

建設中のキリンディ県ムゲラ郡クウェディボマ公立保健センター

コロナ禍では、カンボジアのNGO Clear Cambodiaと協働し、保健センターを建設したサンブール地区の小学校での手洗い場建設に向けて、クラウドファンディングを実施しました。

2020年4月から2021年6月にかけて、サンブール地区にある7つの小学校のうち、手洗い場を必要としていた6校、すべての小学校に手洗い場を設置することができました。

小学校に設置された手洗い場

また、パレスチナ自治区ガザの難民キャンプにおける感染拡大と医療崩壊の深刻化に伴い、国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)のご協力のもと「パレスチナ難民とつながる10万枚のマスクプロジェクト」を実施し、ガザの難民キャンプにマスク10万枚寄贈しました。

難民キャンプに届けられたマスク

ラオスでは2019年から赤ちゃんを助けるための活動に取り組んでいます。
当時JICAの海外協力隊員(JOCV)として赴任していた助産師の大竹恵実(現あおぞらアドバイザリースタッフ)との出会いをきっかけに、JICAラオスの協力のもと2019年6月にパークグム郡病院にて新生児蘇生法講習を行いました。

ラオス・パークグム郡病院での新生児蘇生法講習



さらに世界に貢献するために

カンボジアで赤ちゃんを亡くしたお母さんと出会ってから9年、医師として、NPOとして、微力ながら自分なりに駆け抜けました。

2023年、世の中も変わりました。社会企業家と言われていたブームは、いつしかSDGsと企業・市民・政治・大学・公的機関・株主と社会全体で共創しながら、世の中を変えるモデルが登場しています。

そしてデジタル技術で社会が高速に変わっていく中で、取り残された人たちに対して、自分は何ができるだろうと考えるようになりました。

2020年、タンザニアのプロジェクトがひと段落した後、エレコムというIT関連機器メーカーが、自分たちが海外で取り組んできた赤ちゃんを救う技術支援のシュミレーターを開発していることを知りました。


今まで、ずっと医師として、NPOとしての形にこだわり、活動してきました。

たくさんの出会いがあり、いろいろな方が大切なことを教えてくれました。

これまで、皆さまのおかげで、目の前の人に何かをさせてもらう活動に取り組んでくることができました。

赤ちゃんがたくさん救われるなら、その方法は何でも良いんじゃないか。

自分のこだわりは、誰のためなんだろうか。

自分が企業に入って、責任をとり、結果を出して、いろいろな方の健康を守っていく。文字通り世界は少しずつ良くなっていくんじゃないか。

「僕たちは世界を変えることができない。」を出版した当時、僕たちは学生で、世の中を理解できておらず、力もなく、想いや勢いだけで動いていました。

到底世界なんて大きなものは、変えられる訳はなく、目の前の人にできることも、多くはありませんでした。

でも、今度は、医師として、NPOとして、会社として、大学や行政機関、たくさんの方と連携しながら、赤ちゃんを救う活動を、赤ちゃんを中心とした家族の健康を守る活動を行うことで、たくさんの命を救うことができるかもしれない。

世界なんて大きなものを、変えられなかったとしても、国内外で一人ひとりの赤ちゃん、一人ひとりの健康を守る活動を、たくさんの方の力を借りながら、また行っていければうれしいです。

カンボジア コンポンチュナム州病院での新生児蘇生訓練講習
ラオス 国立マホソット病院での新生児蘇生訓練講習
タンザニア クウェディボマ公立保健センターでの新生児蘇生訓練講習
モンゴル ウランバートル公立第三母性病院の新生児蘇生訓練講習会
コンゴ民主共和国 クワンゴ州ケンゲで開催したデモンストレーションセミナー
ネパール リクタマコシ市で開催したデモンストレーションセミナー
ネパール  カトマンズメディカルカレッジ内NICUにて①
ネパール  カトマンズメディカルカレッジ内NICUにて②

世界で起こっていることを知ってもらえるように


これまで、3冊の本を出版しました。

「僕たちは世界を変えることができない。」では大学在学中のカンボジアでの学校建設、「それでも運命にイエスという。」ではカンボジアのエイズ、「僕たちはヒーローになれなかった。」では1作目の映画化からNPOの設立とカンボジアでの保健センター開院までをつづっています。

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