2022年6月の記事一覧
#140字小説『幸福な世界に咲いた花』
俺は女なんて知らない。
まぶたの裏のイメージだけで事を済ませる。
その相手に性別はない。
そこにあるのは真の平和だ。
営みへの煩わしさもなければ傷つく相手もいない。
そうやって40年が過ぎ去ろうとする頃には俺の心にひとつの花が咲いた。
明るくて優しい柔和な花が。
#140字小説『暑い、、現場からは以上です!』
Hey!先生!ケツを出しな!
…まあお下品ね!はしたないこと言って!
…だからエアコンで風邪を引いたアンタのケツに解熱剤の座薬を入れてあげてるんだよ!
親切心だって!
…もう!それを早く言ってよ!
暑いからって肌着も露わになった巷では性犯罪が横行してるのよ!
…戸締まりは厳重にね!
#140字小説『乾いた情熱』
貧しい少年には画家にいつか描いて欲しい絵があった。
大人になった彼はお金を貯めて自分が夢想する大地と空や憧れの人物を描いてもらう。
しかし熱はいつか冷めてしまい大金を出してしまった罪悪感が心を蝕んだ。
夢を叶えた瞬間に彼の心からは憧れが消え去っていたのだ。
#140字小説『慈雨』
…アンタに俺の苦しみは分からねーよ。
対岸の山を見つめながら青年は一人ごちた。
と同時に苦しみにアイデンティティを見出す滑稽さに自嘲してしまう。
うち寄せる波の数ほどの人生が繰り返され命が消えては育まれていく。
孤独と愚かさは尽きなかったがふいに降り出した雨が自分の代わりに泣いてくれた。
#140字小説『モラトリアム・ライフ』
わいの人生は一生モラトリアム。
花吹く春にはたそがれあう恋人たちを横目に海へ駆り出す。
地平線に燃え尽きる夕陽がまぶしく切ない。
まるでわいの人生そのものを讃えているようや。
そして夜には別の顔が。
猫に優しい自然派の新聞配達員。
今日も仕事までの時間を海と語り合いながら創作に打ち込むんや。
#140字小説『闇堕ち、オタク堕ち』
いもしない架空の登場人物に感情移入することの気持ち悪さ。
怖い!まるでこの身を蝕むかのようにオタク化が進行していくようだ。
…それもいつしか快感に変わっていった。
気づいたんだよ。
そんな腐ったオタクの面も俺の大切な一部だと。
#140字小説『夢の墓場』
歳をとった男は少年のような目をして語る。
…俺にとって人生は戦いなんでね。
描くなら大作を残したいんですよ。
クリムトやルノワールのような。
昼寝から起きたとき男はアトリエでなくいつもの小さくて暗い部屋の中にいた。
現実には病気で休みがちな男は絵描きにも相手にされず社会に居場所がなかった。
#140文字小説『美の責任』
美しい物を持つという事には責任が伴う。
常に心を気高く保っていなければならない。
鍛冶屋の親方はそうつぶやくと真新しい鉄にハンマーで息吹を吹き込んだ。
俺もいつかなってやる。
この世でたった一つの美を打ち出すまでは。
#140字小説『哲学するイエス』
価値を求める事。
それが全ての差別と孤立と…悲しみの始まりだった。
野のたんぽぽは今日もそよ風に吹かれて分け隔てぬ土地に種を芽吹かせる。
それが叶わぬ万物の霊長はただひたすらに目の前の孤独を背負い込まねばならなかった。
それが生きるということ…我々に課せられた罪である。…と男は夢想した。
#140字小説『神もまたひとり』
あるとき私はライオンになっていた。
サバンナを駆け巡り群れから離れたオカピを狩る。
あるとき私は荒ぶる神になっていた。
堕落した人類を滅ぼすために大波を地表にあふれさせた。
そして私はその波に溺れる人間の一人だった。
水面に浮かぶ丸板を恋人に譲って、次は何になろう?
せめて誰かと一緒がいい。
#140字小説『光の乞食』
光り輝くものには手も触れられない。
いつもショーウィンドウを隔てたように勝者の笑顔を眩しく眺めていた。
やっと自分の番だ。
ようやく手に入れたチャンスを掴んで都会へ出る若者。
そして誰一人友達も恋人もできず精神は病んでいく。
面会室で温かく迎える両親に想う。
自分はここでしか生きれなかったと。
#140字小説『SNS断食』
決めた!俺はSNSを断食する!
三日後…う〜ん。スマホが気になって仕方がない!
一週間後…あの子どうしてるかな。
一ヶ月後…たまに気になるけど作業が捗るぜ!
半年後…よしッ!これで無事に長編も完結だ!毎日更新がんばったぞ!
一年後…えッ!?やったー!狙っていた公募に通った!皆に報せなきゃ!
140字小説『モンスターパニック』
当たったぞ!
怪物の後頭部が削れるように吹き飛んだ。
だがまだ倒れない。
畜生!来るな!来るな!
ショットガンは弾切れ。
リロードは間に合わない。
軟体動物を思わせる口が大きく開く。
顎のない無数の歯に足が捕らえられた。
くそっ!…こんな!!
絶望の間際に出逢ったときの恋人の笑みが映る。
ああマリア。
#140字小説『ハーモニー』
このスフレは美味い。
教授は年甲斐もなく床に粉をこぼして菓子を齧っている。
僕は姿勢を正して訊いた。
それでその理論は証明されたのですか?
教授は紅茶をすすりながら優雅に答えた。
信仰と科学の融合かね?
それは例えるならこの菓子と紅茶のように調和したテイストなのだろう。
しかしそこに愛がなくば。