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Kort roman

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私のそばに常にある、短編小説
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友人

友人

「だからさ、私は周りの友達も巻き込みながら、一緒に頑張りたいんだよね」

 ボールペンで図を描きながらリオコはそう口にした。私はぽつんと両腕を膝の上に乗せたまま、氷が小さくなりつつあるアイスティーを見つめている。

「系列で言うと私の下に尚美が付くから、尚美が新しいメンバーさんを勧誘するのを私がフォローしていくって感じ。やり方とかは私もだし、他の系列のリーダーさんたちからも教えるから、みんなでサポ

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暖

 祖父の持っていた本を燃やして、僕たちは暖を取ることにした。別に室内を温めるには暖房をつければいいし、外で暖を取るなら焚き火やどんと焼きのように火を起こせれば良いのだけれど、祖父の遺した大量の本を手放すのにこれ以上のタイミングはなかったのでまとめて燃やすことにした。秋の終わりに祖父が亡くなったので、今年は久しぶりの喪中の正月だ。その前は祖母の亡くなった時だったけれど、それは僕がまだ保育園に通ってい

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時々は、眠れない夜に

時々は、眠れない夜に

 菅野がサインに首を振った。打席に立っている山田は静かに菅野を見つめている。眠れない夜は時々、テレビで野球を見たくなる。家の中はテレビの音が鳴っているほかにはしんと静まり返っていた。私はリビングのソファに座ってテレビを見ていて、背中側に扉を挟んで夏美の部屋があるけれど彼女の部屋も静かだった。時刻はもうすぐ2時になろうとしている。試合は1対0で巨人が勝っていて、もう少しで終わりそうだった。もう一度菅

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ぬきさしならぬ、銀座線

ぬきさしならぬ、銀座線

 平手を打った私の右手はじんわりと熱を持ち始める。興奮とも開放感とも言えないそれが、とても心地良かった。

 ざまあみろ。

 清々しく言い放ってやりたい気持ちを抑えて私は席を立ち上がると、目の前の男はみっともなく私に許しを請う。私と彼の痴話喧嘩にもならないような恋愛話の顛末は、惹きつけるように喫茶店にいる観客の視線を一気に集める。まるでドラマのヒロインにでもなったかのようだ。

「じゃあね」

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センペルビウム・ライラックタイム

センペルビウム・ライラックタイム

 パスケースを改札機に当てると、ぴっ、という音が鳴った。思わず私は左手をきゅっと握る。大丈夫。私は二つの重厚な機械の隙間を縫うように通り抜けていく。ホームへ向かうエスカレーターはどうしようもないほどゆっくりと上昇していくので、もはや私に逃げ場はなかった。ほんの短い間、目を閉じてみる。静かとは言えない駅の持つ独特な音の響きが、私の体の底まで揺らしているようだ。

 まもなく、一番線に、各駅停車、京王

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