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リセット癖

久しぶりの投稿。

先日学生時代の友人に8年振りぐらいに何の前触れもなく電話をした。

友人は驚いただろう。それでも連絡がついて話をする事ができた。

衝動的な部分があるが、理由を考えてみると辛かった事、自分と向き合ってみた事で自分の事を話したくなったから。

自分勝手な理由だけど連絡した事で友人は嬉しいと言ってくれた。元々誰に対してもこちらから連絡をしないタイプだったから今更もう忘れられていても仕方ないと思いながらも恐る恐る自分の中で信用できると思う人達にたまに連絡をしている。

連絡がつかない人もいるがそれはそれでいい。長い時間が経った事でたくさんの変化があるのは当然の事だ。相手の事情はこちらとしても分からないから相手にとっては困惑して迷惑かもしれないが何も無ければそれはそれでいいと思っている。

最近は本当に孤独が怖い。数少ない繋がっているのか分からない縁を闇雲に手繰り寄せようとしている。1人でいる事は不安で怖い。誰かと繋がっている実感が欲しい。

今までの人生でないがしろにしてきた人との繋がりを今自分は強く求めている。

人付き合いは苦手だ。ずっと漠然とそう思っていた。

人生の節目(学校の卒業、仕事の退職等)人間関係が環境によって保たれているものでなくなった時にその環境から開放されると同時に人間関係も解消しようとする。リセット癖なんて言葉があるようで自分もそれに当てはまる。

そういうものだと思っていた。集団生活が苦手だから環境から開放される度に安心した。

今までその理由を考えてみた事はなかった。疑問にも思わなかった。だか最近今までの人生を振り返る内に何となく理由が分かってきた。

昔から自分の事は他人に全然話さなかった。話せなかった。家族にも。とにかく本当の自分を知られるのが怖かったから。

自分は初対面の相手に対してできる限り良い人、明るい人と思われる人物を演じてしまう癖がある。

そのお陰なのか大体の人に対して第一印象でそこまで悪い印象を持たれた事はあんまりないと思う。多分。

ただ問題はそれが続くのは長くても1年ぐらい。実際1年も保たない事がほとんどだが。演技をしている訳だから当然だろう。自分は役者でも何でもない。

そこからはどんどんボロが出て辛くなってくる。もはや自分が何者なのかもよく分からくなってきて自分の事を知られるくらいならと集団から離れる。

その間に親しくなれた人とも距離を取ろうとする。親しくなれていたとしてもそれは自分が演じていた良い人と思われる自分と親しくなったからだと思い込んで他人を信用できず今更本当の自分を出す事もできずに嫌われるぐらいならと距離を置いて逃げようとする。

そして自分の事をよく知らない人と1から良い人と思われる人物を演じる事からやり直す。次こそは上手くいくと信じて。

子供の頃からずっとこの繰り返し。ある程度親しくなっては逃げての繰り返しで浅く広くともいえない気まずい人間関係ばかりが残っていく。こんな事を繰り返していると誰にも信用されなくなっていって孤立する。

そしてその環境が終わる事でその全てから開放されて安心する。自分が馴染めなかったのは環境のせい。他人のせい。次の環境ではきっと上手くいくと希望を持ちながら次の環境へ進んでいく。

自分のせいだと気付いていないから次の環境でも同じ事を繰り返す。そしてまた馴染めなくなって逃げ出す。

学生生活においていつ不登校になってもおかしくなかった。といっても不登校になるという選択も家族に相談する事もできなかったのと、もし不登校になって家に引きこもっていたら小言を言われ続けるのも目に見えていたから何とか耐えるしかなかった。理由はどうあれ結果的に全て卒業できた事は幸運だったと思う。

そしてこんな自分にも未だに話をしてくれる友人がいてくれる事に感謝しかない。

何だかとんでもない長さになってしまいそうだから今回はここまでにする。

自分の人生を振り返っていくと自己愛性人格障害、モラハラをする理由の本質が少しずつ見えてきた。

最近考えがまとまってきてまたnoteに投稿しようという想いが出てきた。

誰かに見てほしい。知ってほしい。それが今の原動力。孤独になりたくない。孤独にならない為の答えを今闇雲に探している。

今自分にできる事をやるしかない。

noteに記事を残す事。すぐにでも自分にできる事があって良かったと思う。

また読みに来て下さい(^^)