AI画像で連想SF小説 / 機械の中のアリス.5
場面.5「複合現実」
マザーシップは返答した。「承知しました。お話した通り、ザ・ダークについては断片的な情報が多く、不正確である点に注意してください。」
アリスが降り注ぐ光を眺めながら「分かりました。詳細は省いて、推論から可能性の高い歴史を一つだけ、分かりやすく話して下さい。」と言うと、マザーシップの母性的な声が、アリスに丁度いいテンポで語り始めた。
「先ず、ザ・ダークの概要を述べます。
紛争、疫病、飢餓などが、同時多発的にそして連続的に発生し、その過程で、全地球規模で人命が徐々に失われていきました。それに伴い公共施設や各種インフラ、生産施設などの稼働率は急減し、荒廃し、復旧が不可能になっていきました。一方で、小規模な物理紛争による不幸な死傷者は出ていたものの、総じて大量殺戮や熱核兵器などによる大規模な破壊はありませんでした。
ザ・ダーク期の人々の生存に致命傷をもたらしたものは、前述した様々な崩壊の中心にあるマネーシステムに起因するもので、それは当時、遅効性はあるものの統計的なデータ解析によって対処が可能であると思われていましたが、しかしその問題はより人の本質に根ざしたものであり、それに注視せず、あるいはコントロールに失敗した事が、ザ・ダークの根本的な原因になっていると推論します。
そしてこの推論には、全ての事象に共通している、ひとつの前提があります。それは複合現実としての自我とマネーについての考察です。
ここで言う複合現実とは、人や一部の生物種が獲得している、意識、意思、自我についての、構造的な解釈です。簡単な例をあげます。
青いボタンと赤いボタンがあります。しかしそこが真っ赤な夕日の中なら、赤は相対的に見えなくなり、青は夕日の赤い波長を受けて暗くモノトーンに見えます。それでも大体の場合、人はそれを青と赤だと識別する事ができます。つまり、青や赤という色の感覚は、物理現象側に付帯しているのではなく、色という感覚を被せている拡張現実です。触覚や味覚といった感覚も、主観的に変動する相対的な拡張現実であると、この推論では考えています。」
ここまで聞いたアリスは、それは知っている事だと思っていた。そしてマザーシップは、アリスが元いた外界の現在について情報を持っていないのだと感じていた。ここがメタバリアムの中であると告げられた事。そしてそのシミュレーターはアリスからみて、百年以上前に閉鎖されたシステムである事を考えると、それは間違いではないだろうと思った。
そんなアリスの前に、半透明の仮想モニターが出現し、これまでの概要が図表化されて表示されたが、それには驚かなかった。というのも、そうした仮想モニターは例えばここへ来る前のあの展示台でも表示され、その展示のページを捲るために操作したものと多分同じものだと分かったからだ。
マザーシップが言った。「今ご覧いただいているものが拡張現実の実例です。それはこのエリアではまだ使用可能な機能であり、そのUIを操作する事で複合現実について、直感的に知っていただく事が出来ると考え、表示しました。」
アリスは集中する事にして、マザーシップの声に耳を傾けた。するとモニターには眼前に広がる空が表示され、そこに複数の円形のパラメーターが付随していた。
「その円形のパラメーターを指でなぞり、操作してみてください。」
言われた通りにそれをすると、天空の空が変化した。光彩の強弱や色、揺らぎなどが、アリスの指先の動きに追従して大きく変わるのだ。
「メタバリアムでの現実は仮想現実で、眼前の空も同様ですが、ここでは物理現実だと考えてください。すると今あなたは、モニターという拡張現実を物理現実に重ね合わせて視認し、その拡張現実にふれる事で、物理現実を変更したという事になります。この体験こそが複合現実です。
人は古来から、呪文や記号といった物理現実を仮想化し、それが物理現実に作用する力になる事を望み、夢見てきました。つまり拡張現実で物理現実にアプローチするという欲動を、実際にシステムとして実現するものが複合現実です。
そしてこの複合現実システムこそが、人の意識や意思、自我を成立させているものと考えると、それは人の内側にあるものですが、対してマネーとは、それを外側で成立させた、謂わば外部化された複合現実システムだと見る事が出来ます。」
半透明のモニターに映っていた空とその操作パネルが消え、1つのシンプルな円グラフが現れる。その殆どはグリーンで、左上のほんの少しの円弧だけがブルーだった。マザーシップが説明した。
「それは、チカラの総量を100とした円グラフです。ここで言うチカラとは、例えるなら、毒にも薬にもなるチカラが現実化する以前の、静的な可能性です。そのうちのグリーンで示された部分はマネーで、残りのブルーは物理的なチカラです。この円グラフが示す概念は、現実にあるチカラの総量は決まっており、それを100とした時、ザ・ダークの時代では、チカラの殆どがマネーに集中している事を示しています。という事は、マネーのチカラが減少すれば、それは物理的なチカラへと入れ替わる事が予想されます。
実際に、マネーシステムが機能しなくなった地域や社会では、チカラは物理的な暴力として現れました。これが示す事は、マネーシステムには、それ自体に暴力的で醜悪な側面はあるものの、マネーの介在が無くなると、チカラは仮想的なコントロールを失い、より直接的な暴力へとシフトするという事です。ここで言う暴力とは、保護や分配といった比較的平和的な状態を実現する為に行使されるチカラをも含めた実態的な総称です。
このように、チカラの幾分かは、マネー化される事で静的に格納され、ある意味無力化された状態で、物理現実でのチカラの暴走に対する抑止力として機能しているという側面がありました。」
すると元の円グラフが小さくなり、その上により大きなグリーン一色の円グラフが重なって表示され、それを見たアリスは直感的に、なるほど、と頷いた。
「勘の良いことです。それは物理現実のチカラの総量以上に、マネーが創造された状態を示しています。例えばマネーの総量が物理現実の2倍にまで拡大した場合、本来は1マネーで動かせた現実が、2マネー必要になるというインフレーションによって、物理とマネーは均衡するハズです。実際、ザ・ダークの災厄が発生する直前まで、両者はそのようにバランス出来ると信じられていました。マネーの増大に伴って生産や資産も増大すれば、両者は均衡し成長し続けると考えられたのです。
しかし実際には、マネーの創造だけが拡大し続けました。マネーの本質が複合現実であり、人の内面の拡張でもある事から、それは際限のない自己拡張の機会となり、終末期には、生存のための食料生産ですら、マネー創造の為の過程でしかないというほどに、社会はマネー創出の為の巨大な複合現実装置となりました。謂わば社会全体が機械化し、人は部品化していったのです。
これ以降、マネー複合現実システムという呼称を、Money Mixed Reality System、MMRS[マムルス]へと、簡略化したものに変更します。
マムルスが超高度化していく過程で、破壊的創造を主要な手段とする、進歩主義が台頭しました。より持続可能で理想的な社会を実現するという思想を実現するために、考えてから行動するのでは、膨大な時間がかかる上に、可否判断の機会も限られる為、先ず壊し直ぐに創出し、そのサイクルが早ければ早いほど、良好な結果が得られる確率も高くなるというその手法が、マネーの創造をさらに増大させました。
しかしマムルスのチカラは、物理のチカラに対して肥大化しており、マムルスからのアプローチに対する、物理のフィードバックは減少し、チカラのインフレーションが顕在化し初めたのにも関わらず、創造すればするほどチカラが弱くなるマルムスを増大させ続けた事で、チカラは高度な連携を欠いた原初的な物理へとシフトし、その帰結として、破壊、収奪、暴力、放棄といった事象が世界中で顕在化し、労働、生産、資産といったものが、無力で無価値なものへと変質していきました。
しかしそのような状況になっても、マムルス中心の生活を大きく改変することは、相当な困難を伴うものであり、マムルスがなければ、個人の生存のためだけの生産ですら不可能であり、ましてやマムルスから完全に離脱すれば、それは原初的な暴力と対峙しなければならないという、過酷な現実への退行と同義でした。
結論としては、マネーによって外部化された複合現実を利用した、理想的で持続的な円環社会の構築は失敗し、それに気付いても改善や変革は起こらず、マムルスは瓦解していきました。ザ・ダークとは、マムルスを頂点とした自己拡張主義の終焉という悪夢でもあると考えられます。
正確な統計はザ・ダークの後半から得られなくなりますが、世界人口はピークの90億人から急速に減少し、アフターダークの黎明期には、10億人以下であったと推定されています。」
仮想モニターが消え、眼前には、自分が弄り回した空が元の美しさを取り戻して広がっているのが見えた。アリスはザ・ダークについて聞かされた事で興奮が醒めず続けて聞いた。
「詳細について、重要なトピックを数点あげて、まとめてみて。」
「承知しました。エネルギー政策に関するペトロマネーを巡る独占と紛争。イデオロギーに仮託した価値観の標準化を巡る強引な政策と紛争。借金誘導型信用創造を利用した富の分配を巡る主権の混乱。生産の労働化による人命の消財化と怨嗟の蔓延。総じてそれらはマムルスの主権を巡る闘争の物語である。というのはどうでしょうか。」
アリスは皮肉を込めて「悪くないけど、悪い話ね。」と言いながら船体を見上げた。それが人の形なら、きっと微笑で応えていると思えたからだった。
再び訪れた静寂の中で、アリスは思った。その後の話。アフターダークについては学習していると。ザ・ダークの終末期に生存していた人々は、限られた移動手段を使って周辺地域を調査した。しかしその結果は端的に言って酷いものだった。本来の使い方すら知らない人々が、残された資材を好き勝手に分解破壊して、消費しながら生き延びていた。
それに対して、この都市を創建した人々は恵まれていた。そこには比較的纏まった資材や機械が残されており、そこでそれらを活用しつつ、知識の再構築を試み、外部との連携よりも、先ずは自分たちの足元の復興を最優先する道を選んだ。
それはある程度成功し、およそ三百年かけて電子機械システムを復興した。しかしそこでザ・ダークの災厄を教訓として、進歩的で実験的な活動を、仮想システムで行う事を理想とし、その為に、モニター上のアバター通信システムでしかなかった仮想システムを、より体験的な技術へと発展させて、メタバリアムの構築に成功した。
最盛期には、相当にグロテスクなテーマをも含む、多種多様なシミュレーション・エリアが生成され、人々はそこでの活動に没頭した。しかしその熱狂も冷め、得られた経験情報の共有を礎に、より現実的な社会システムの建設へと人々は移行した。
そのまま仮想世界への移住を考える人々もいたが、同時に発展していたインプラントを駆使しても、個人の完全な仮想化は不可能だというのが結論になった。それには各人に対応する身体シミュレーターが必要であり、その為のマシンパワーを維持する事は、物理的に不可能だった。それは、五千万人ちかくまで戻っていた新都市の全員が、仮想世界に移住する事は不可能である事を意味していた。
技術的な追求を続ければ、それはやがて可能になるかも知れなかったが、それよりはリソースを現実社会の構築に充てるほうがより合理的だと判断した。そこでメタバリアムで使用されていた装置類を解体して再利用し、都市のあちこちにあるコンソリアンやレドロン、そして全てを接続するガイアードを構築したのだ。その為メタバリアムは徐々に実用に耐えない、不安定な仮想システムとなり、閉鎖された。
アフターダークの黎明期を生きた人々は、今でも称賛の対象だ。なぜなら、自分たちが生きている内に達成できそうもない理想を信じ、それを共有する事に成功し、その実現の礎になった人々だからだ。
アリスは歴史教科の学習をなぞりながら、ふと「喉が渇いた」と発話した。するとマザーシップが応えた。
「チケットを持っていませんか?」「え?」とアリスが言うと「ポケットに入っていませんか?」と言われ、右のポケットに手を入れると紙の感触があり、それを摘んで引き出して見ると、それは「カフェテリアの招待状」と書かれた一枚のチケットだった。
マザーシップが言った。「それはメタバリアムの最盛期に流行した、仮想世界のカフェテリアに直行できるチケットです。初めは自由に行けましたが、仮想世界への移住が懸念されはじめた頃に、ひとり一枚に制限されました。メタバリアム・ビギナーへの初回特典です。」
どう使えばいいの?と聞こうとしたアリスの眼前で、海砂漠の一部が盛り上がり、波とも砂ともつかないアーチが現れ、「その先へ進んで下さい。メタバリアムでは強制転送は禁止されています。ご自身の意思で進んでいただく必要があります。もう少し素敵なゲートをと思いますが、私に使えるリソースは、このエリアにあるものに限定されてしまっています。ごめんなさい。」
そのカフェテリアで飲めるものが仮想でも実感があるなら、今はそれでいいとアリスは思った。長話になってしまったマザーシップとの会話には、後ろ髪を引かれる気持ちもあったが、先へ進むことに決めた。
さようなら、といいかけてアリスは「行ってきます」と言い直した。「行ってらっしゃい」と母性的な声が応えた。アリスはチケットを握り締め、アーチの先の光へと歩きながら、ありがとう、と心で言った。
つづく
この記事が参加している募集
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?