ミックスジュース
僕はどこにでもいる、ちょっとひねくれた男子大学生だ。
僕がアルバイトをしている飲食店には1人だけ先輩がいた。
その先輩は、正に容姿端麗、品行方正と言った感じで、モデルのような出で立ちで会話も上手く、先輩のシフトが入っている日と居ない日とでは、売り上げが変わるほどだった。
ある日、その飲食店の社員、アルバイトを含めた全員で飲み会をする機会があった。それは、新しく入った後輩バイト君の歓迎会と称して開かれたものだった。
僕はこの時、初めて先輩や他のアルバイトの人ときちんと話した。というのも、この飲食店では社員1人にアルバイト1人という体制で店を回しているため、アルバイト同士のシフトが被ることがほとんどないからだ。
たまたま近い席に座っていた先輩は僕に話しかけてきた。
「君ってさ、大学でなんの勉強してるの?」
突然の声掛けにビックリした僕は、おどおどとしながら返事をする。
「ざ、材料について勉強してます。半導体とかセラミックスとか…」
先輩は僕の言葉に思ったよりも食いついてきた。
「セラミックスって、歯の詰物とかにも使われてるよね!私、歯科衛生士目指してるんだ。」
ほう、先輩は歯科衛生士になるために勉強していたのか。[○○を目指している。]とはっきり語れる先輩に若干の羨ましさを覚えていると、先輩は話を続ける。
「そういう工業系の学科ってやっぱり女子少ない?」
「男女比9:1ぐらいですね。大学の女子と話したことはほとんどないです。」
先輩は少し驚いたような表情を見せると、「それってつまらなくない?恋愛とかできないじゃん。」という。
「確かに、そういうことができる環境であるに越したことはないですね。僕は中3以来彼女なんていませんよ。高校も男子校でしたから。」
先輩は僕なんかのために話を続けてくれる。
「へえ、そうなんだ。私じゃ考えられないなあ。そうだ、インスタ交換しようよ。ラーメン好きでしょ?私もラーメン好きで美味しかったラーメン屋の投稿とかよくしてるからさ。」
「なんでラーメン好きって知ってるんです?」
「店長に聞いたからね。」
そんな会話をしながら、僕たちはインスタを交換した。
先輩のインスタは、なんというかキラキラしていた。ラーメン屋の投稿は確かにしているが、ディズニーの映えスポットだったり、スタバのなんとかフラペチーノみたいな画像がたくさん投稿されていた。女子のインスタってみんなこんな感じなのか?とか思ったりもしたが、幸せそうな先輩に若干嫉妬してしまう自分が居た。その後、席を移動したりして、色々な人との会話を楽しんだ。1番会話しやすかったのは先輩だった。
後日、大学でいつも通りつまらない、いつも通りの教授のいつも通りの講義を聴いていると、スマホに通知が届いた。先輩からのDMだった。どうやら、カフェのようなくつろいだ雰囲気でラーメンを食べられるお店を見つけたらしい。1人で行くのも勿体ないから、是非2人で週末に行かないかとのことだった。週末は丁度予定がなかったため、僕は快く快諾。先輩とサシで話すこととなった。
当日、約束を守るのが苦手な僕は、集合場所に3分遅れで到着。「すみません。遅れてしまって。」「別に3分ぐらい大丈夫だよ。行こっか。」寛容な心で許してくれる先輩に有り難さを感じていると、すぐにお目当てのラーメン屋に辿り着いた。
僕たちは席へと案内されると、透き通った色のお冷を出される。
「ご注文がお決まりになりましたらまたお呼びください。」
僕は何を食べるか決めていた。新しいラーメン屋に来た時は1番定番のメニューを食べると決めているからだ。
「僕は醤油ラーメンですかね。先輩はどうします?」
「私はあっさりしたのが好きだから塩ラーメンかな。」
「じゃあ店員さん呼びますか。」
すると、僕が呼ぶまでもなく、先輩が手を挙げて店員さんを呼ぶ。
「醤油ラーメンと塩ラーメンをお願いします。」先輩が言った。
すると店員さんが、「追加でミックスジュースは如何ですか?リラックスできると評判なんです。」と言う。
僕と先輩は一瞬目を見合わせると、先輩が、「じゃあそれも2つ。」と言った。
店員さんは、「かしこまりました。」と言って去っていった。
「僕、ミックスジュース飲みたいなんて言ってないんですけど。」というと、先輩は、「大丈夫。私が奢るからさ。」といった。奢ってくれるなら有難く飲むか。
しばらくすると、ラーメンとミックスジュースが同時に届いた。とても美味しそうだった。僕はミックスジュースを、ラーメンを食べたあとの口直しに飲もうと思っていたため口をつけていなかったが、先輩はラーメンを食べながらミックスジュースも飲んでいた。
「ラーメンとミックスジュースの相性ってどうなんですか。」と僕が聞くと、「意外と美味しいよ。食べてみなよ。」と先輩が言う。
ちょっと嫌だったので、それはお断りさせてもらった。
先輩が話しかけてくる。
「君ってさ、どんな人がタイプなの?」
「優しくて、ゲームとかそういう趣味を認めてくれる人がいいです。」
「本当にそれだけでいいの?」
「むしろ、それだけは譲れないですね。」
先輩は間髪入れずに話を続ける。
「私は、優しくてイケメンで夢を応援してくれる人がいいな。」
「先輩ならすぐ見つかるでしょ。」
「なんで?」
「先輩って見た目も愛想もいいじゃないですか。」
先輩は苦笑いすると続ける。「ありがとう。でも前の彼氏とは上手くいかなくて別れてるからね。付き合いを続けるのって結構大変だよ。」
「どっちが振ったんですか?」
「彼氏。バイトや授業で俺のために時間をつくってくれない!って言われて別れちゃった。」
僕はラーメンを食べ終えると、ミックスジュースにも手をつけ始める。それを一口飲んだ瞬間、心が和らぐ…というよりは解放されて、何でも言えるような気分になった。
僕は言う。
「先輩ってなんか人生楽しそうで良いですね。」
「そう?まーなんだかんだ理不尽なことはあるけど、結構楽しいね。学校の勉強は楽しいし、バイト先での人間関係もいいし。今君と話してるのも楽しいからね。」
僕は話を続けてしまう。
「先輩って、死にたいと思ったことあります?」
先輩のラーメンのスープを飲む手が一瞬止まったかと思うと、先輩は言う。
「君は死にたいと思ったことあるの?」
「僕は毎日死にたいです。」
「今、私と話していても死にたい?」
「今は、死にたいというよりは、正直、楽しそうな先輩をみて嫉妬してます。」
暫くした後、先輩が口を開く。
「君はさ、両親のことどう思ってる?」
「両親がセックスしたせいで僕がこんなに苦しい思いをしていると思うと、どうしてもやるせない気分になります。」
先輩は少し考え込むような素振りを見せると話した。
「でもさ、ヤッちゃったもんは仕方ないじゃん?その中で今をどう生きるかが、大事なんだと思うな。もちろん、絶対に親に感謝しろ〜なんて言わないけどさ。自分のやりたいことやっていけば、楽しくなると思う。」
「それは犯罪に関わることでもですか?」
「いや、犯罪に手を染めて逮捕なんてされちゃったら、やりたいことできなくなるでしょ?だからそれは違う。」
先輩は続ける。
「例えば、私の夢…やりたいことは、歯科衛生士になること、色々な人と接すること、あとは将来良い家庭を築くことなんだけど、どうかな?」
「そういう夢ってどうやって見つけるんですか?」
「夢は、見つけるというよりは生きがいに近いものだと思うんだ。生きてるから夢ができるんじゃなくて、夢があるから生きてる。そういう意味では、私も、夢に生かされている存在なのかもしれないね。」
「じゃあ、先輩も不幸なんですか?」
「不幸じゃないよ。生きる理由があるんだから幸せだ。」
なんというか、先輩と僕とでは根本的に考え方が違うのだと思った。先輩は僕と同じような境遇になったとしても、常にポジティブで自分の未来を見つめている。そう思うと、僕は僕自身がとっても惨めだった。
僕と先輩はラーメンとミックスジュースを食べ終え、お会計を済ませた。
先輩は、「私まだ時間あるけど、何処か寄っていきたいところある?」という。
「じゃあ洋服買うの付き合って欲しいです。持ってる服少ないし、先輩オシャレだし。」若干の嘘を交えながら言った。
先輩はとても良い服を選んでくれた。僕みたいな平々凡々な見た目でも、新宿を堂々と歩いてそうなぐらいにはオシャレになった。
「今日はありがとうございました。」時刻は夕方18時。丁度いい時間帯だった。
「いや、誘ったの私だし、こちらこそ付き合ってくれてありがとう。」と先輩は相変わらず優しい言葉をかけてくれる。
僕と先輩とでは帰りの電車の駅が違ったため、洋服屋の前で解散となった。
駅に着く。Suicaを使う。エスカレーターで登る。「4番線、列車が通過します。」のアナウンスが流れる。いよいよだ。「危ないですので、黄色い線の内側に〜」というアナウンスを無視し、僕は列車通過のタイミングで、黄色い線の外側へと身を投げた。
オシャレな服で、新しい知見を得た脳みそで、自分自身もっとも輝いている瞬間で、私は死ぬことができた。
生きるということは、疲れるということだ。
※この物語は統失の妄想です。
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