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短編小説:絶対S装置(後編)

ショートショートタイトル:絶対S装置(後編)

前編は、こちら

「やりましたね。調査官!!裁判所への苦情は確かに減りました」
「うむ、全くだ。いやはや、裁判所は国民から好かれることが大事なのだ。以前と同じように好かれるようになって何よりだ」
「しかし、ワクチンに代表される裁判は、これで良かったのでしょうか?国や製薬会社は、ワクチンを国民に広めることを、裁判に負けることを恐れてストップしました。これでは、ワクチンで防げるはずの病気によって、結果的により多くの人が死ぬことになってしまいます。これで良いのでしょうか?」
「うむ、心配するな。かつて、J国という国では、とある癌を誘発するウイルスのワクチン接種を取りやめたんだ。それで、大勢の若い人間が癌で死ぬことになったが、J国は、それでも一部の人が副作用で苦しむ可能性があることを重視し、ワクチン接種を広めなかったんだ。先進国の中でJ国だけが行った独自判断だったそうだ。しかも、本当に副作用があったのかはかなり曖昧な状況だったらしい。副作用を恐れて、数万人の若い人間の命を犠牲にする。他国先例がある以上、そういう判断もありえるんじゃないか?がはは」
「はい、仰る通りです。ところでD調査官、提案があります」
「なんだね?」
「実は、国会から、この絶対S装置を使わせてくれないかという打診がきております。いかがいたしましょうか?」
「ふむ。装置が空いている時間に使わせてあげれば良かろう。裁判所が閉廷となる、休暇期間に使ってもらってはいかがだろうか?総理大臣もお喜びになるに違いない」


 こうして、絶対S装置は、秘密裏に国会議事堂に運ばれ、1週間の試験運用が始まった。
 総理の担当秘書官Hは、さっそく、総理大臣に対して説明を開始した。


「総理、これが噂の装置です。必要なデータさえ入力すれば、絶対に正しい結果が算出されるそうです」
「ほう。現在、我が国では、格差が広がり、経済が停滞し、高齢化社会問題がどんどん深刻化しておる」
「まさに、仰る通りです」
「この装置を用いて、正しい意思決定ができれば、我が国の再興が望めるというわけだな」
「まさに、仰る通りです」


 運用開始初期の頃は、極めて良好な運用結果が得られた。例えば、古くなった道路や公共施設の改修・舗装の方法論であったり、その費用の公平な割当負担であったり。さらには、地球温暖化の影響なのか、台風や地震による被害が頻発していたN国にとって、どの地域が危険でどのタイミングで避難をすればよいか、正確な分類と計画を立てることに成功してくれており、国民の命を守る上で重要な分析結果を示してくれた。


 しかし、運用開始3日目のことだった。


「大変です、大変です、総理」
「むむ、どうしたんだね、秘書のH君」
「この分析結果を見てください」
「ほう、我が国の高齢化社会解決の分析を絶対S装置に任せた件だね。それがどうかしたのかね」
「はい。高齢化社会問題解決のため、医療費のある程度の削減、高齢者への補助金額をある程度の減額、若者への給付型奨学金の拡充、さらには、国の競争力を上げるために大学への研究資金の増加、などなど、そういった政策が出てきました」
「ふむ、素晴らしい政策たちではないか。早速、実行してくれたまえ」
「はい、一方で、この政策たちを実行しようとしますと、我々を支持してくださっていた比較的高齢の有権者様たちに不利益な結果となってしまいます」
「ほう。それが、何か困ったことになるのかね?改革とは、若者が暴力的に老人を殺すことだ。仕方ないのではないかね?」
「はい、仰る通りだと思います。しかし、我々の支持層である有権者の反発が強すぎるため、我々は辞任する必要があります」
「ななな、なんと。それは困る。いくら我が国を良くするためと言っても、我々の首を絞めることになってしまっては大変だ」
「はい。私も妻と子供を食べさせていかなければならない立場であるので。大変に困ります」
「ふむ。そうであれば、絶対S装置に、我々自身や我々の政権のデータも読み込ませてはいかがだろうか?我々政権が倒れてしまっては、そもそも政策の実行ができない。実行できない政策など、絵に書いた餅だ」
「いいアイディアです。さっそくやってみましょう」


 秘書官Hは、絶対S装置に、総理大臣およびその政権の情報を入力し、再度分析をかけた。解析結果が出てくるまで、わずか数分だった。


「やりました、やりました」
「どうしたんだね、H君」
「絶対S装置が素晴らしい結果を出してくれました」
「ほう、どんな結果かね?」
「政権を長期運営し、長期的展望に立って問題を解決するために、高齢化社会問題においては、特に政策を実施せず、現状維持が望ましいとのことです」
「おお、そうかそうか。やはりそうだな。より良い結果を出すためには、幅広い人の意見を取り入れる必要があるからな。これこそ、最良の手段といえよう」
「まさにまさに、仰る通りです」
「この絶対S装置は、本当に素晴らしい」
「まさにまさに、仰る通りです」
「そうだ、この装置を、経営に苦しむ企業に貸し出してあげてはどうだろうか?きっと最善のビジネスプランを考え出し、最高の製品を作ってくれるに違いない」
「まさにまさに、仰る通りです」


 絶対S装置は、こうして、国際競争力強化に悩むT社まで送られた。


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 国会から装置を運んできたT社の秘書Lとともに、社長は緊張した面持ちだった。それこそ、戦地に赴く前の軍曹のように。悲壮な決意がその表情に、一本一本の皺(しわ)として深く表出されていた。


「社長、これが噂の絶対S装置です」
「うむ、国際競争力を失いつつあるわが社が復活するためには、この装置が必要だ」
「まさに、仰る通りです」
「世界で勝っていくために必要なことは、世界のベストプラクティス、つまりは結果を得る上で、最も効率の良い方法を実践することだ。違うかね?」
「まさに、仰る通りです」
「世界で成功しているビジネスのいいとこ取りができれば、間違いなく勝てる。プロ野球で各球団の4番バッターを集めれば必ず優勝できるように。違うかね?」
「まさに、仰る通りです」
「よし、さっそく世界中の優良企業の製品情報を装置に分析させてくれ」
 L氏は、世界中のありとあらゆる優良製品カタログ情報を読み込ませた。その上で、今後発売すべき製品提案をさせた。
「やりました、やりました」
「どうしたんだね、L君」
「絶対S装置が素晴らしい結果を出してくれました」
「ほう、どんな結果かね?」
「はい、世界中で売られている製品のいいとこどりをした、スーパーガジェットを発明してくれました」
「なるほど、具体的にはどんなものなのだね?」
「はい、まず、このガジェットは機能が複数あります。映像も見れますし電話もできます。容量は莫大で、どんな音楽や映像も持ち運びすることができます。ついでに100か国語以上の電子辞書情報が入っておりますし、メモ機能も充実しております。超高品質な音で音楽も再生できますし、さらには洗練されたデザイン性も有しており、既存の競合品に比べて圧倒的な機能性とデザイン性を有しております。かつて、アメリカかどこかの国で開発されたというXテレコムの機能を、何百倍にも発展させた進化ガジェットとなります」
「それは素晴らしい。早速この製品の量産に入ってくれたまえ」
「はい、承知いたしました」
「これで、間違いなくT社はV字復活間違いなしですね」
「うむ。これで我々は世界でもう一度輝けるに違いない」

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 数年後、企業Tは、新製品の販売が振るわずに、倒産した。その敗因は、ガジェットブームが終わり、センサー技術を活用した製品が世界を席巻したからだった。新しいセンサー製品の研究開発に乗り遅れたT社は、世界市場で勝ち残ることはできなかった。


 総理大臣は、この事態を重く受け止め、絶対S装置に何か不具合があったのではないかと、関係者に対して調査を命じた。一定の成果を出し続けていた絶対S装置に、何か不具合があったのではないか、さらには修理の必要があれば修理する方法がないか、総理の強い要望があった。


 入念な調査の結果、S氏の研究室の隠し金庫の中に、使用注意事項集が、発見された。


 早速、倒産し、会社更生のタスクフォース傘下にあったT社関係者にこの資料一式が届けられた。


「やりましたね、社長。いや、元社長!!」
「全く秘書のL君、君は失礼なやつだ。しかし、まあいいだろう。絶対S装置のメカニズム、さらには、修理方法が分かれば、わが社はまた復活し、私は、また社長に戻れるというわけだ。絶対S装置の分析は、絶対だ。今回は、不具合があっただけに違いないからな。ふふふ」
「やりましたね、社長。いや、未来の社長!!」


 さっそく、2人は、届いたばかりの資料に目を通し始めた。最初に、S氏が残したとされている使用注意事項集の冒頭から読むことにした。

本装置の特許明細は、銀行の隠し金庫の中に保管してある。当該銀行は、私の個人情報を全て絶対S装置に読み込ませれば、大まかには特定できることだろう。宝探しのように楽しんでいただければ幸いだ。
 ところで、絶対S装置のSとは、私の名前に倣ってつけられた名前ではない。忖度(そんたく)の頭文字から取った。すなわち、使用者にどこまでも忖度(そんたく)してくれる装置であり、使用者にとって正しい答えを出してくれる。そのことを強調したくてつけた名前である。
 出したい結果のために、恣意的にデータの質と量を調整すれば、自ずと好ましい分析結果が得られることだろう。娯楽には役に立つが、センシティブな意思決定やイノベーションを促進する上では、恐らく役に立たないことを保証する。
 なお、このシステムを作成する上で参考にしたものは、20世紀から21世紀頃に流行したと言われる、多数決を重視した民主主義のシステムである



<了>


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