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1月進路未定の大学四年生に突然現れた、大きな夢を与えてくれた人の話。

大学4年、1月。卒業まであと2か月。
進路は未定。
就職活動は行い、内定は何社か貰っていたが、親の納得を得られなかったり、やりたいことと違ったりですべて辞退していた。

4月からは、今アルバイトで続けていた子供ミュージカルの講師をこのまま続け、いずれは不登校の子たちのために演劇ワークショップを開いたり、いつか夢を叶えたい若者の為のスタジオを作れたらな、なんて漠然と考えていた。

そんな、中途半端にぼやぼやと毎日過ごしていた私に、
突然、嵐のような…いや、虹が掛かる瞬間のような出来事が起きた。

7月に就活をやめ、半年。
そんな私の元に、ある日一本の留守電が入る。
知らない電話番号だったため、少し怯えながら、
スマホを耳に当て、音声を再生した。

ご年配の男性の声だった。
沢山咳込みながら、私に会いたいとその音声は伝えていた。
名前が咳のせいではっきりと聞こえず、いたずらかと思いながら、
何度か再生した。

そして何度めかで、やっとわかった。留守電の主。
とても驚いた。
主は、私が昨年の3月に新卒採用で履歴書を送り、それから音沙汰の無かった子供劇団の主宰であった。
その子供劇団は、私が現在、子供ミュージカルを教えるきっかけとなった劇団であった。

高校生の時に同級生がその子供劇団に所属しており、発表会を見に行かせてもらった。
重たく芯のあるストーリーに、やりたいことをのびのびと披露し、ステージ上で輝く子供たち。そして何より、お芝居も歌もとてもうまく、クオリティが高かった。

私はその発表会が忘れられなく、その後出演していた同級生に他の発表会のDVDを借りたり、劇団のYouTubeで動画を何度も再生した。
大学生になり、アルバイトで弟子入りしようかとも考えたが、経歴もないに等しい平凡学生の募集なんぞあたりまえだが行っておらず、入ることを諦めていた。
就活生になり、やはり就職するなら教育系、子供に関わる仕事、あわよくば舞台に関わる仕事がいい。そんな基準で選んでいた私は、「そうだ、あの子供劇団があった」と思い出し、ホームページを確認したところ、正社員募集を行っていたため、履歴書を書き、事務所に郵送した。

半年も音沙汰がなく、とっくにあきらめていたのに、こんなことがあるなんて。私は占いや神様や妖精などを信じる、心は永遠ピュアっ子女児だったため、すぐさまそれを運命だと感じた。

直ぐに折り返しの電話をかけ、面接の日程を組んでもらった。

それまでに私は、その劇団のYouTubeを再度見直し、代表の書籍を読み、
インタビュー記事や動画などを何度も拝見し、その日に備えた。

今まで蹴った内定や、第一志望の会社に最終面接で落とされてしまったこと、今働いている子供ミュージカル劇団の正社員雇用が不採用だったのも、全部このためだったんだと思った。

とにかく、運命だと思った。

面接当日は、雨の日だった。
とても寒い日の平日夜、新宿のおしゃれなホテルのロビーに集合だった。
雨の日で電車は遅延、案の定道に迷い、その上知らない人に声はかけられるし、寒いし。ぎりぎりで無事到着し、電話で咳込んでいた代表と、副代表の方にお会いした。

喫茶店に入り、面接は始まった。
まず何を頼むかでさえ私は緊張した。
メニューを見た私はまず、「値段が可愛くない」と焦り、
そして、カフェインが体に合わないため、「飲めるものがない」と焦った。
その結果、オレンジジュースという心だけでなく味覚までぴゅあ女児な飲み物を頼んでしまった。

その後、2時間ほど面接を行った。
今何をしてるのか、なぜこの劇団を知っているのか、どんな人になりたいのか、どんなことに興味があり、どんなことをやってみたいのか。

私はとにかく、自分の思っていることを、緊張しながらも、たどたどしく伝えた。
本当にたどたどしく。
本当に。
私は二年も子供に芝居を教えてるのに、何年も演劇をやってきているのに、何本も本を書いて来ているのに、誰とでもお話しすることが大好きなのに…
私は致命的に、伝えることが苦手なのだ。
だから私がどれだけあなた様の劇団が好きで、
今日この日を運命だと感じてここにいるかとか、
今日までに仕入れた沢山の知識や思ったことが、何も言えなかった。
沢山準備したのに、言えなかった。

だって本当に、運命だと感じたから。
第一志望で送った履歴書が、半年たって、「あなたに会いたい」とお返事が来るなんて、誰も思うはずないじゃん。

なのに、全然伝えられない。

そして、言われてしまった。
「君は、じゃあ、この劇団入る未来はないのかな。」
言葉はあいまいだけど、表情は覚えてる。
こんなことを言いながら、苦笑いして二人、顔を見合わせていた。

…なぜ伝わらないんだろう。
その瞬間、私の何かの糸が切れた。
このままだと、一生後悔する。
私は相変わらずたどたどしい言葉で、薄っぺらい簡単な言葉で、
けどもう回りくどい説明なんてしないで、思いの丈を全て吐き出した。

この劇団が大好きだった。ずっと憧れだった。
この劇団のおかげで表現教育に興味を持った。
今日この日を運命だと感じた。
お会いできて、嬉しいのに、何も伝えられない。
大好きなのに。
言葉が薄くてすみません。

「僕は女性の涙に弱いんだ」
私を受け入れてくれたあと、代表はこう言った。
さっきまでと表情が明らかに違う。
それは、私の気持ちが伝わったからだった。
その後私は、一口も飲んでいなかったオレンジジュースを口に含んだ。
「やっとマスクを取った姿を見れた」
と言ってくれた。

その後、劇団の稽古見学に行き、正式に内定をいただいた。
「苦労も多いけど、本当にやりがいのある仕事だよ」
と、副代表の方が優しく私に教えてくれた。

夢のようだった。夢を見ているようだった。
憧れだった劇団で、私は学ぶことが出来る。
表現教育を学ぶことが出来る。
稽古場見学に行き、実際に現場にも入り始めた。
…けれど私は、段々もやもやが生まれ始めた。

私はこの劇団で、学びたかった。

面接の時に、私はこう言った。

「私は、ちゃんとした大人になるのが目標です。
それは、学生時代に若者の夢を利用する大人に出会い、私はこのような人になりたくない、わたしは正しいこと間違っていることをちゃんと言える大人になりたいと思っています。
そして、夢を持つ子供たちにも、そんな夢を食う大人に自分の身をゆだねない、芯のある人間になってほしいと思い、教育の分野に興味を持ちました。
いつか、そんな子供たちのための、まっすぐ夢を追いかけられるスタジオを作るのが私の目標です。」

そのために、沢山の場所で、学ぶ必要があった。
子供劇団が、どのような教育を行い、どのような指導をしているのか。
そのために私は、この劇団に入って、学びたかった。

「そのスタジオを作りたいというのは、君の大きな夢だね」

私の言葉を聞いて、代表はこう返した。
大きな夢、という言葉は、それまでの話の内容に出てきていた言葉だった。
「アナウンサーになりたい」「女優になりたい」「お嫁さんになりたい」という、”夢”ではなく、本当に叶えたいと心から思っている、成就させるためには沢山の努力が必要で、とても大きな、夢のある話、それが、大きな夢。
代表は、私の目標を、大きな夢と言ってくれた。

私は、”夢”という言葉があまり好きではなかった。
夢って、ただ言葉にしているだけで、叶えようとしている感じの無い、
ふわっとしているイメージしかなかった。
私はそんな、夢なんて生半可な物じゃない。
スタジオを作りたいというのは、夢では終わらせたくない目標何だと、自分に言い聞かせるためにも、夢という言葉はあまり使わないようにしていた。

けれど、”大きな夢”という言葉は違った。
その言葉、単語には、本当に夢があった。
ふわっとしていない、いや、ある意味フワッとしているのかもしれない。
その単語は、私をワクワクさせた。
達成させるために険しい顔をするのではなく、ニコニコで明後日の方向を見て、「実現させたいな」と思わせてくれるような、晴れやかな単語だった。
わたしは、代表のその言葉が、忘れられなかった。
けれど代表はその後、私のその大きな夢を知ったから、「ここの劇団に入る未来はないのかな」と伝えたのだ。
だけど私は、だからこそ入って学びたいんだと、熱弁してしまった。

私はこの劇団で、学びたかったのだ。

けれど、この劇団の皆さんは、違った。
この劇団で、自分自身の大きな夢をかなえようと励んでいた。

私はここでは、自分の大きな夢をかなえることはできない。
劇団の皆さんと関わり、どんどんどんどんそれに気づいていってしまった。

やっと代表の言った言葉の意味が分かった。
私は、この劇団にいる未来はないんだ。

本当に迷った。本当に苦しかった。
とても悩んだ1週間弱
私はこの劇団が大好きだったから、内定を辞退することを決めた。
私も一緒に、叶えられたらよかったのにな。
私はずっと、その劇団の大きな夢を応援したかったから、そして、自分自身の大きな夢をかなえるために、入ることを辞めた。
こんな苦しいこと、あってよいのかと思った。

その後、副代表に内定辞退の電話をかけた。
「出会えてよかった」「応援してる」
と、伝えてくれた。
私も離れていく人に、こんな言葉をあげられる強い人になりたいと思った。
その言葉をもらって、心があたたかくなった。
そして、また虹のかかる瞬間のように、ワクワクした。
そっか、このワクワクは、
私の大きな夢への挑戦が、今始まったからか。

こんなにつらかったのに、ワクワクしているなんて。
絶対叶えてやる、私の大きな夢。

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