シューティングスター・セレナーデ
ベランダでタバコを吸っている男の子。もうすぐ日付が変わる、真夜中です。12月になり、ベランダに出ることが増えました。全然味は好きじゃないのに、なんかタバコを吸ってしまうのです。
「あーくそ、なんにもいいことないな」
ひとり言とため息を煙にまぜて、フーっと。夜空に向かって。
すぐに煙はどこかに消えて、残るのは香ばしいにおいと、さみしさです。
最後に大きく吸って、灰皿代わりの空き缶にタバコを捨てました。
歩いて30分の港町には、背の高いビルがいくつも並んでいます。
ここからみえる景色は、ビルの明かりと、赤く光る航空障害灯です。
ぼんやりと眺めていると、遠くで、なにかががきらめいて、男の子はすぐに気がつきました。
(流れ星をみたのは人生ではじめてだ。お願いでも、してみるか。)
「クリスマスの日、だれかにプレゼントをあげたい。」
声に出してお願いをしました。
流れ星はなにごともなく夜空に消えて、男の子は、おれはいつまでこどもなんだろうと、自分がバカみたいに思えてきて、またタバコに火をつけました。
「わたしは流れ星じゃなくて、サンタさんなんだけどな」
どこか遠くの星で、赤いふわふわした服を着た女の子はトナカイに文句を言いました。
サンタさん見習いの女の子は、クリスマス・イブにプレゼントを配れるように、空を飛ぶ練習をしていたのです。
「まさか姿を見られるとは思わなかったね。」
存在を信じているひとにしか、サンタさんはみえません。
りっぱな角のおじいさんトナカイは、笑いながら言いました。
「そういえばそうだね。でもわたしは、あの男の子のお願いはきけないよ。こんなに忙しいんだから。」
クリスマス・イブに回るお家のリストを眺めながら女の子は言いました。
「だれかの夢を叶えるのが、サンタクロースの仕事さ」
ベテラントナカイはやさしい女の子の性格を、全部お見通しです。
女の子は男の子のお願いを、ずっと頭の中で繰り返していたのです。
(自分がプレゼントをしたいってお願いは、はじめてきいたな)
次の日も次の日も、女の子は空を飛ぶ練習をします。
次の日も次の日も、男の子はタバコを吸いながら、また夜空のきらめきをみつけて流れ星だと思い、同じお願いをしました。
男の子は、知っていました。流れ星が願いを叶えてくれることなんて、お話のなかだけのことだと。
それでもお願いをつづけたのは、流れ星があんまりにもきれいだったからです。
男の子は、お話の世界にいると思ってしまうほど、その流れ星をみるたびうっとりして、お願いをしてしまいました。
女の子はそんな男の子の姿をかわいらしく思い、いつも気にかけていました。
そしてクリスマス・イブです。
朝から降っていた雨は、日付が変わる頃雪になりました。
いつもとはちがう灰色の空のなかで、女の子は仲間のサンタさんたちとたくさんのプレゼントを配ります。
男の子はいくつもの流れ星をみました。
(いっしょにいるひとのことが気になって、だれも空なんかみないだろうな)
男の子は、こんなに見事な流れ星たちをみれたのだから、プレゼントをあげるひとがいないさみしさを、忘れることができました。
ケータイで写真を撮っても、星はきれいに映りません。
部屋に戻って、カメラを引っ張り出して、流星群を写真に撮ります。
(よくないことが、いいことになることもあるんだ)
男の子は胸をいっぱいにしながら、シャッターを押しました。
女の子がプレゼントを配り終えたころ、男の子はもう夢の中です。
女の子はどうにか男の子のお願いを叶えてあげたかったのですが、それは叶いませんでした。
泣いている女の子に、おじいさんトナカイはやさしく声をかけます。
「大丈夫だよ。25日が、ほんとうのクリスマスさ」
女の子は、男の子に会いに行くことにしました。
相変わらず男の子はベランダでタバコを吸います。
流れ星は、もうみえません。
チャイムが鳴り、男の子は慌てて玄関を開けます。
扉を開くと、ふわふわの赤い服を着た女の子が立っています。
「あなたが流れ星だと思っていたのは、わたし。お願いを叶えてあげたかったんだけど、ごめんなさい。」
男の子は、昨日の流星群を思い出して、納得しました。
「あんまりにもきれいだったから、写真を撮ったよ。現像したら、もらってください」
男の子は言ったときにはっとしました。
女の子は言われたときにはっとしました。
男の子と女の子はお互いをみつめあい、空ではたくさんの星がきらきら輝いています。
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