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羊をめぐる冒険の一皿〜村上レシピ

以前、著者の『騎士団長殺し』を読んだ時になぜか既視感があった。その理由を思い出したのがこの作品。 

そう、主人公の妻が他の男性を好きになり家を出る、もしくは主人公が家を出るという設定。
そして主人公自身にも新しい恋人ができるというところまで。

普通なら、まあまあドロドロした感情が渦巻き、口論の一つも展開される...的な状況である。しかし村上氏にかかると、それは何でもない日常の風景の中に馴染み、誰一人として感情的に騒ぐ人物は現れない。

「あなたには何か、そういったところがあるのよ。砂時計と同じね。砂がなくなってしまうと必ず誰かがやってきてひっくり返していくの」
    『羊をめぐる冒険』妻の言葉より

これは村上作品に登場する主人公に共通する性質のようでもある。特に目立つわけでもない、でも不思議に惹かれるものがある男性。(著者の作品が合わない人は惹かれないかもしれない)

背中に星形の斑紋を持つ羊を探さねばならない事情を抱え、北海道をめぐる主人公。そういえば『騎士団長殺し』でも主人公は北海道を彷徨っていたような。

そして現れる羊男。(彼はいくつか他の作品にも登場する。個人的には佐々木マキさんのイラストが浮かぶ)
友人の鼠と羊男と、人の中に入り込む羊。


現実と非現実の世界の中をしばらく彷徨ったあと私は台所に立ち、主人公が自炊していた『たらことバターのスパゲティー』を作った。白ワインの効いたそれは『村上キッチン』の本にレシピが詳しく掲載されている。

羊は結局、人間にとってどんな意味を持つ存在だったのだろうか。
今回もまた、なんとも言えない喪失感に打ちのめされつつも口に運んだ『たらことバターのスパゲティー』は普通に美味しかった。



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