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最近の記事

映画『先生の白い嘘』について思うこと、性教育について

この映画が話題になるきっかけとなったインティマシーコーディネーターの件。 性被害がテーマのこの映画を撮影するにあたり、主演女優が監督にインティマシーコーディネーターを要望したにも関わらず、監督は「間に人を入れたくない」という理由で断り、それをあろうことか美談のようにインタビューで語ったことでむちゃくちゃ炎上している。 恥ずかしながら私はインティマシーコーディネーターについて、存在は知っていたが具体的にどのような仕事なのかはあまりわかっていなかったので、この件をきっかけに少し

    • お股から人が出てきた

      出産をした。死ぬかと思った。 お産は本当に人それぞれなので、もしこれを読んでくれている誰かが出産を控えていたりいつか子どもを産みたいと思っていても、全く参考にはならないということだけは覚えておいてほしい。 ■ルール説明 ・陣痛はずっと痛いのではなく、キューっと下腹部が痛んで、1分くらいしたら痛みが引いて、間隔があいてまた痛みだす、というのを繰り返す。この痛みが徐々に強くなり、間隔も短くなっていく。 ・子宮口は徐々に開いていき、10cmが全開で、全開になったらいきんでい

      • 岡山まで行って男に捨てられた話

        大学もいよいよ卒業まで3ヶ月を切ったという頃、久しぶりに彼氏ができた。 その人は4つ年上で、出会ったのは私が高校生のときだった。アルバイトで一緒になって、その人は当時大学生だった。優しい人だなとは思っていたが、その頃はあまり関わりもなく、シフトが被ったら少し話す程度だった。 私が適当な理由をつけてバイトを辞めてからは一切連絡をとっていなかったが、5年後、友人を通してその人の連絡先を知る機会があった。もうその人は社会人になっていて、営業の仕事で岡山に赴任しているようだった。

        • 今までしてきたバイトの話

          私は今まで様々なアルバイトをしてきた。一見するとバイトをすぐ辞めるクズ学生と思われがちだが、まあその通りである。アルバイトで学んだことは特にない。友だちも彼氏もほとんどできなかった。ただ「だらしない人間だな」「こんなバイトあるんだな」と思いながら読んでいただければ幸いである。 ◇ ファミリーレストランのホール 高校2年生、人生初のアルバイト。家から近いという理由で始めた。友達が辞めてしまったので私も辞めた。1年。 ローソンの店員 店内に流れるからあげくん音頭でノイローゼ

        映画『先生の白い嘘』について思うこと、性教育について

          一人で東南アジアに行った話(アユタヤの狂犬)

          前回の話の続きです。これで終わりです。 最終日はアユタヤに行くことにした。カンボジアからタイまでのバスで知り合った岩井くんと松坂くんもその日はアユタヤに行くと言っていたので、一緒に行くことになった。 バンコクからアユタヤまではバスで行き、アユタヤでは自転車を借りて遺跡群を周った。 ◇ アユタヤは1351年から1767年までアユタヤ王朝の都としてタイの中心だった都市だ。めちゃ広い。 エンタメ用に鍛え上げられた像に乗ったりもした。降りるときに像にチップを渡してと言われ、

          一人で東南アジアに行った話(アユタヤの狂犬)

          一人で東南アジアに行った話(船酔いのバンコク)

          前回の話の続きです。  私はこれまで何度か海外旅行を経験して、自分は食に対して適応能力が低いということに気づいた。旅行先ではその国の料理を食べるようにはしているが、どうも普段食べ慣れていない香りが苦手なようだ。ベトナムでは嗅いだことないにおいの葉っぱが何度も出てきたし、台湾なんて全ての食べ物に八角が入っている。あんなん許しちゃダメだろ。海外旅行から帰ってきて最初の食事は毎回、家の近くのてんやで小天丼と冷たいうどんのセットを食べると決めている。 ↑嗅いだことないにおいの葉っ

          一人で東南アジアに行った話(船酔いのバンコク)

          一人で東南アジアに行った話(ポイペトの国境を越えた回)

           前回の記事の続きです。  カンボジアからタイまでは朝発のバスを使って、一日かけて陸路で渡った。400kmあり、日本で言うと東京から神戸くらいまでの距離だ。  宿からバス乗り場まではトゥクトゥクに乗って行った。そのトゥクトゥクは私を最初に乗せたあと何軒か他の宿に寄って、同じバスに乗る人を拾ってバス乗り場まで向かった。  そのトゥクトゥクに、同い年の日本人男性二人が乗ってきた。ハライチの岩井似の人と松坂桃李似の人。二人は一度バンコクからバスでシェムリアップまで来て、観光し

          一人で東南アジアに行った話(ポイペトの国境を越えた回)

          一人で東南アジアに行った話(シェムリアップで青春を取り戻せ)

           前回の話の続きです。  1か国目のベトナムを後にし、カンボジアはシェムリアップへ向かった。予約していたのは友達に勧められた小さな日本人宿で、オーナーも日本人で主な宿泊者も日本人。友だちできるかなあ、なんて期待していたところ、空港から宿への送迎で銀シャリ鰻くん似の男性と相乗りになり、早速友だちができた。よかった。鰻くんとはカンボジアでの3日間、共に過ごすことになる。 ◇  宿に着くやいなや私たちはオーナーに声をかけられた。 「二人ともよく来たね!昨日来た人がベンメリア

          一人で東南アジアに行った話(シェムリアップで青春を取り戻せ)

          一人で東南アジアに行った話(全能感のホーチミン)

           22歳の春、私は一人で東南アジアに行った。  一人で行こうと思ったきっかけがある。学生時代に一番仲が良かった友人の一人と台湾旅行に行ったときに、旅行観がなかなか合わなかったことだ。友人は旅行会社を通してツアーを予約し、確実に観光を楽しみたかったのに対し、私は宿も観光も食べるものも全て自分で何とかしたかった。海外旅行なんて、韓国しか行ったことなかったのに。今考えたら非常に尖っているし拗らせている。しかし当時は頑固でなかなか譲り合えず、ほろ苦い旅行となった。  そんな台湾旅

          一人で東南アジアに行った話(全能感のホーチミン)

          うどん屋が閉店したから3万5千円散った話

           踊るうどんが閉店した。  いきなりこんなこと言われてなんのこっちゃわからないと思うが、踊るうどんというのは私が世界一おいしいと思っているうどん屋さんの名前だ。私と踊るうどんとの出会いは10年以上前にさかのぼる。  愛媛県松山市に祖母が住んでおり、首都圏で暮らす私たち家族はお盆に合わせて毎年帰省していた。例年通り家族と帰省していた私に、祖母は言った。  「そこの川の向こうにホラ、踊るうどん永木って店があるやろ。なかなかおいしいけん、あんたも行っとーみ」  帰省してもと

          うどん屋が閉店したから3万5千円散った話

          結婚式を延期した話

           5月上旬に予定していた結婚式が延期になった。  新郎ご心労つって。笑えんわ。  でも、ヤバイちょっと間に合わないかも…と思っていたダイエットに猶予が与えられ、ホッとしているところは正直、ある。7㎏落としてもなおはち切れんばかりのこのワガママボディーを誰かなんとかしてくれ。  私たちは今回、延期をしたことでハチャメチャに費用がかかるということはなかった。中にはキャンセル料にウン百万払うことになった、という人たちもいるようなのでかなり恵まれているが、それでも迷った。  

          結婚式を延期した話