この連載は、『日経ビジネス』系のオンラインメディアに、2002年から2008年にかけて週刊で連載していた原稿を紹介しつつ、現在の状況をからめて時代を振り返るものです。 あわせて、過去の原稿にツッコミを入れるという、異色の文章指南ともなっています。 この連載が誕生した背景 2019年1月15日、「日経ビジネス電子版創刊」の記事に接しました。それは同時に、オンライン版として存在していたメディアが無くなるということでもあります。 昔お世話になったなぁ、あの頃、毎週書かせ
日本の文化として「世間力」をもっと意識すべきじゃないかとこのところ思っています。 新型コロナウイルス感染拡大の中、日本は海外ほど強制的な都市封鎖をしませんでした。でも、結果的に欧米より感染を抑えられています。 今後のことを考えて強制力のある法律を作った方がいいという議論もあります。日本人はなぜそれほど縛られたがるのでしょう。 それでなくても、今回の緊急事態宣言下、県境を越えて移動する車に投石するなど、過度な「自粛警察」があったと報道で目にします。 日本は同調
2002年5月6日のコラム。 ただいま店頭ではレモンサワーの缶飲料が人気ですね。各社から何種類も出てきて。遡ること18年、各種の「チューハイ」が人気を得ていました。そして各社、果汁何パーセント含有といった点を強調していたのです。缶にもフルーツの絵をメインに利用したりして。 ところが、これを冷蔵庫で冷やしていたら、子どもがジュースと間違えて飲んでしまったという事故報告が相次ぎ、表示を自主規制することになりました。 この報道を受けて、パッケージデザインにおいて「コンテ
2002年4月29日のコラム。 コラムの背景に、掲示板の書き込みを出版物に掲載した事案に関し、掲示板の投稿にも著作権があると認める判決が出された日本初の判決があります(「ネット掲示板書き込みにも著作権!)!)東京地裁が初判断」参照)。インターネットにおける知的財産権に関する扱いが成熟途中のできごと。 ブログの登場で個人が表現する敷居が低くなったのが2005年。週刊誌『TIME』が毎年選んでいる「PERSON OF THE YEAR」に始めて「You.」と個人名でない
2002年4月22日のコラム。十年一日どころか二十年一日、いっそタイトルでは千年一日としましたが(^^;; 前回のカメラ付携帯の話題では隔世の感と書きましたが、今回は変わらないなぁ、が感想です。情報公開のお話。 このコラムを書いた前年、情報公開法(行政機関の保有する情報の公開に関する法律)が施行されました。当時5万件ほどだった情報公開請求件数は、総務省が発表している最新のデータによれば15万件と約3倍に増えています。活用が進んでいるのは喜ばしいです。 省庁別にみ
2002年4月15日のコラム。 隔世の感ですね。 そう、携帯電話にカメラ機能がついたのが2000年11月。それからわずか1年あまりで急拡大した様子がしのばれます。J-フォンはボーダーフォンを経て今のソフトバンクです。 写真機能が支持された背景として「顔」を通した「人となり」を結びつける力を指摘しています。 実はこれから少し後、ぼくは10年後の社会を予測するとあるプロジェクトに加わります。そこで、若い世代のカメラ付携帯の利用方法について「日常の様子を語り合う」と
2002年4月8日のコラム。 この前年、大阪にUSJが開園しました。開業1周年で累計入場者数は計画を超える1,100万人だったという熱気を受けて書いたもの。 もっとも、USJの入場者数は開業2年目に763万人と落ち込み、その後1,000万人を超えられずにいました。 しかし2010年に新社長が就任しテコ入れを図った結果、2013年から再び1,000万人台を回復し、以降毎年100万人前後の増加を続けました。2017年からは入場者数を公開していませんが、2,000万人に迫
2002年4月1日のコラム。豪華な付録が雑誌に付くのは当たり前の光景になりましたし、オフィス用の置き菓子も定着した感があります。 その始まりがこの頃。2001年に雑誌付録の重さなどの規制が緩和されたのがきっかけです。またオフィスグリコが始まったのが、ここで紹介しているリリース(3月)から。 コラムでは、雑誌付録人気に関して、「お得感」や「物欲」ではない消費者心理をくすぐっている可能性について触れています。 これ、あたっているようだけどもう一歩踏み込めそうな、隔靴掻
2002年3月27日の文章。少子化という日本の深刻な課題はこの20年まったく解決されないまま来ているのだと、悲しい気持ちになります。 文章としては最後、ずらしすぎ。婚活問題に踏み込むべきところを、決断力という抽象化を通して、社会問題にいってしまった。 そこに落とすため、できちゃった婚をせつな的という方向に抽象化しているのが、旧い価値観ではないかとの指摘もできます。恥ずかしいな。今から読むと、失敗作。 ともあれ、それまでどちらかというと「恥ずかしい」感じのあった「で
2002年3月20日の原稿。この文章を読みながら、ぼくはなんだか難しい思いを抱いています。 文章術というより未来予測の話になりますが、この文章で指摘している、何か具体的なモノを希求するのではなく気分を前提に求める、という消費行動の変化については、あたっている気がしています。 でも「騒ぎたい」とか「和みたい」といった気分じゃないように思うのですね。なんだろうというところが、難しい思いの原因。 思い当たるのは、当時なかったソーシャルメディアが今ではある、その違いで「見せるた
2002年3月13日の原稿。この文章、なんだかすごく惜しいところをかすっている気がします。 いま、シェアリング・エコノミーが言われますよね。ウーバーとかエアビーとか、何かを分かち合う経済。ここで取り上げているカーシェアリングはまさにその走り。 文章術というか未来透視術として有効な手段に、今起こっている複数の事象を並べて、その底流にある共通項を見出し、その共通項が持つ本質を将来に向けて伸ばしてみるという方法があります。この文章はその事例。 この頃は雇用環境が厳しい
このコラムを書いた2002年3月6日当時、日産のゴーン会長はまさに飛ぶ鳥を落とす勢い。まさか17年後にこんなことになっているなんてね。 そしてまた、まさかぼくがそのマーチに乗っているとは。中古で安かったので即決で買ってしまい、今はマーチ・オーナーです。いや、安かっただけじゃなく、カワイイ、と思ってしまったんですよね、店頭で。それだけ、当時のデザイン力は高かったということかと。 エモーションに訴えることが重要というマーケティング上の秘訣は、今日ではますます重いテーマにな
2002年2月27日の原稿です。ネットバブルが崩壊したとされるのは2000年のこと、その翌年の2001年(平成13年度)のEC市場規模についての報道を取り上げています。 当時BtoBで34兆円、BtoCで1兆4840億円ですか。今確認できる最新、2017年(平成29年)度の電子商取引規模調査結果が経済産業省のサイトにありますが、BtoBで317兆2,110億円、BtoCで16兆5,054億円。つまりどちらも10倍になっています。 この連載、最新の公開情報をもとに独自
2002年2月20日の原稿です。 メディアの融合時代を指摘していますが、「表示」から「行動」へという広告の大きな流れを前提に、ネットにおいてもテレビにおいても同じ方向に向かうだろうという話です。 予測はちょっとはずしているかな。テレビにネットのインタラクティブ性が加わってネット的になるみたいな未来観ですね。 実際はむしろネットがテレビ的になって、動画の間にCMが「表示」されている。 テレビ業界にも視聴質なんて新しい考え方は出てきていますが、行動を計測するには至っ
2002年2月13日の原稿。 これは今読んでも好きな文章です。流れがとてもスムーズ。 それもそのはず。「起承転結」の典型です。その上、結びが着実で、この未来予測はそのまま現代にも通じている。普遍性がある。 書き「起」こしはネットオークションを念頭に置いた古物営業法の改正の紹介。これを受ける「承」として、実際の事業者の反応に触れ、自分たちで安全なネットオークションを築くという姿勢を評価している。 ここで少し話題を変えて、インターネットの仕様書「RFC」を紹介して、
2002年2月6日の原稿。 ちょっとトリッキーな遊びをした文章です。勘違いをわざと誘いつつ、本筋に入る。だけどその勘違いに、時代への皮肉を込める。 この当時、首相は小泉純一郎。外務大臣で人気のあった田中眞紀子氏の辞任が耳目を集めていました。そこに、社長交代ニュースをからめたもの。 こういう遊びは、使いすぎるとあきられますし、ある種必然でないと文章が軽くなります。今回の原稿の場合は冒頭で遊び、その遊びを落ちにも持ってくることで、社会風刺としました。 この原稿で紹介