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誤読の無いコミュニケーションは無い【未来を生きる文章術018】

 2002年5月6日のコラム。

 ただいま店頭ではレモンサワーの缶飲料が人気ですね。各社から何種類も出てきて。遡ること18年、各種の「チューハイ」が人気を得ていました。そして各社、果汁何パーセント含有といった点を強調していたのです。缶にもフルーツの絵をメインに利用したりして。
 ところが、これを冷蔵庫で冷やしていたら、子どもがジュースと間違えて飲んでしまったという事故報告が相次ぎ、表示を自主規制することになりました。

 この報道を受けて、パッケージデザインにおいて「コンテキスト」をふまえることの重要性を、フレーミング効果などの社会心理学実験を取りあげつつ指摘した文章です。
 店頭でアルコール飲料とともに並んでいる間は差別化に有効と考えられたパッケージデザインが、持ち帰って冷蔵庫に入れられると、誤読される。

 世の中に誤読はつきものです。デザインやコピーというのは、どれだけ誤読を防ぐか、あるいは誤読を良い方向に活かすかということとの闘いです。
 誤読が生まれるのは、文章や絵が悪いからではありません。コンテキストがずれるからです。

 コンテキストというのは、それが目にされたり読まれたりする場面、文脈ということです。たとえば先の事例ならチューハイの缶が並ぶのが、競合商品とともに並ぶお酒売場という文脈か、子どもも目にするご家庭の冷蔵庫という文脈かによって、同じパッケージの受け取り方が違ってくるわけです。

 コンテキストは、その表現に接する側がどのような状況にあるかということと関わりますから、ある種クリエイター側で左右できないところがあります。
 ですからぼくたちは言葉を口に出すとき、あるいは表現するとき、「誤読」を前提にしなくてはなりません

 そういう意味で、広い意味でクリエイティブに関わる人たちにとって変わらない真実について触れたコラムであったと言えます。

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お酒から無くなる「果汁」表記、コンテキストは理解されていたか?

日経ビジネスExpress2002年5月6日掲載

 日本洋酒酒造組合が、低アルコール飲料の表示に関して、ジュースとの混同を避けるための自主基準をまとめ、5月1日から導入すると発表しました。
 この問題については昨年半ば頃から注目を集め、11月には主婦連合会から、果汁飲料・清涼飲料と誤認されないようにという要望書が出されてもいました。
 国民生活センターが公表している資料には、祖母が孫に誤って飲ませたといった深刻な事例も掲載されています。表示の内容は正しかったわけですから、先だって問題となった食品の表示偽装とは違いますが、この機会に「表示」の持つ役割について振り返ってみたいと思います。

 選択肢は同じでも表現方法を変えることで選好が逆転してしまう「フレーミング効果」をご存知でしょうか。商品の表示や広告を検討する際に欠かせない考えです。『消費行動の社会心理学』という書籍に、次のような典型的な実験結果が紹介されていました。
 600人を死に至らしめると予想される病気があったとして、2種類の対策からどちらを選ぶかというものです。「Aの方法では200人が助かる」「Bの方法では600人が助かる確率が3分の1、誰も助からない確率が3分の2である」という選択肢。3人に2人までがAを選んだそうです。一方、別のグループに「Cの方法なら400人が死亡してしまう」「Dの方法なら誰も死なない確率が3分の1あり、600人が死ぬ確率が3分の2ある」という選択肢を与えると、78%がDを選んだそうです。
 ところが冷静になって考えると、AとC、BとDは同じことを意味しているわけです。表現が違うだけで、結果が正反対になる。表示というのは、それほどに消費者を左右するということです。

 今回の低アルコール飲料の場合、国民生活センターに取り上げられた事例13件中8件が、家庭の冷蔵庫等に入れてあったものを清涼飲料と間違えて手にしたケースだったところに、もうひとつの示唆が読み取れます。
 お酒は店頭では酒類の棚に置かれている。その棚の中でできるだけ人目を引き、商品特性を消費者に訴え、自ブランドを選択されるパッケージを考える。これはデザインの基本です。当然、フレーミング効果も意識されることでしょう。
 問題はその先です。購入された商品はその後、生活のどんなシーンで配置され、どんな状況で手にされ消費されるのか。いわば消費の現場まで想定して商品はデザインされなくてはなりません。低アルコール飲料の場合、冷蔵庫の中でジュース類と一緒に冷やされる場面まで想定されていたかどうか。
 消費者と商品が触れ合う状況のことを「コンテキスト」と呼ぶことがあります。eビジネス関係の講習会でよく聞かれますが、これが重要なのは、なにもインターネットを利用したビジネスに限りません。われわれが日々届けている商品は、常に消費者とのインタラクティブ性を持っています。
 商品開発やマーケティングにおいて、コンテキストを考えることの重要性を、あらためて教えられたニュースでした。


ゼロ年代に『日経ビジネス』系のウェブメディアに連載していた文章を、15年後に振り返りつつ、現代へのヒントを探ります。歴史が未来を作る。過去の文章に突っ込むという異色の文章指南としてもお楽しみください。