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携帯電話にカメラ機能がついたあの頃、ぼくたちは「顔」を求めていた。【未来を生きる文章術015】

 2002年4月15日のコラム。

 隔世の感ですね。
 そう、携帯電話にカメラ機能がついたのが2000年11月。それからわずか1年あまりで急拡大した様子がしのばれます。J-フォンはボーダーフォンを経て今のソフトバンクです。

 写真機能が支持された背景として「顔」を通した「人となり」を結びつける力を指摘しています。

 実はこれから少し後、ぼくは10年後の社会を予測するとあるプロジェクトに加わります。そこで、若い世代のカメラ付携帯の利用方法について「日常の様子を語り合う」というコミュニケーションスタイルへの転換を指摘しました。
 スマホはまだ登場しておらず、SNSの隆盛も無い頃です。

 今からすると理解しがたいかもしれませんが、カメラ付携帯以前、写真は記録メディアでした。保存し、見返すものです。
 しかしカメラ付形態の登場で、それはお互いの「今」を交換するツールとなった。そして現在のSNSになっていきます。

 新型コロナウイルス感染症に伴う対面機会の減少で、オンラインミーティングなどの需要が高まっています。
 仮にこの原稿を書いた18年前に同じことが起こったら、「顔」の見えないコミュニケーションは、今よりいっそうストレスを高めたかもしれません。
 しかし今、ぼくたちは「顔」の見えるツールを手にしている。ひと頃は「すっぴんはいや」といった抵抗もありましたが、今回の事態で、また新たなフェーズに入るように思います。

 文章術的には、日経ビジネスという読者層を意識して、ビジネス一般に通用する示唆にずらしていっているあたりの読者配慮を注目していただければと思います。

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J-フォンがシェア拡大、写メール人気と「顔」の持つ情報力

日経ビジネスExpress2002年4月15日掲載

 電気通信事業者協会から発表された3月末の携帯電話契約台数で、J-フォンがauを上回り、シェア2位となりました。写真をとってメールで送ることができる「写メール」人気が原動力です。
 ウェブサイト「写メール」には、さまざまな利用事例が紹介されています。家族とのひとときや友人とのショット、仕事中のカットまで。それらを眺めてあらためて思うのは、人の「顔」が持つ引力です。
 写真を利用して爆発的にヒットしたプリクラにしても、ようやく顔が写るサイズですが、それで充分でした。同じフレームの中に友人たちとさまざまな表情が並ぶところに繋がりが感じられたのです。

 日本顔学会という学会があります。顔を研究するユニークな学会ですが、研究の一環として、日本人の平均顔を作っています。各個人の顔の特徴を数値化し、平均してひとつの顔に合成するのです。不思議なことに、銀行員を平均すると細おもてのまじめそうな顔に、プロレスラーを平均すると太い眉のいかつい顔になります。採用のときに顔が影響した結果でしょうか、あるいは職業が顔を作っているのでしょうか。
 目は口ほどに物を言うということわざがありますが、確かに、目を含む顔の表情は、ひととなりを伝える重要な情報源になっています。ひととなりが顔をつくると言ってもいいでしょう。

 ところが、現代に至る時代の流れは、規格化による大量生産や、マニュアルに添ったサービスなど、どちらかというと「顔」を隠し仮面をつけていく努力にあったように思います。
 たとえば初めての人と対面するとき、あなたはどうされていますか。頂戴した名刺の肩書を見るのにいそがしくて、相手の表情を見ることがおろそかになっていませんか。
 このところ重要性が高まっているブランド戦略の場合はどうでしょう。ネーミングやマークを統一することばかり考えて、商品やサービスの「ひととなり」を深く考えることがおろそかになっていないでしょうか。

 文化庁が行った「国語に関する世論調査」で、若い層を中心に「顔文字」が受け入れられている様子が報告されています。笑顔の「(^^)」や泣き顔の「(;_;)」のように、文字記号で表情を持たせるテクニックで、電子メールでのやりとりによく見かけます。
 顔が希薄になりそうな時代だからこそ、われわれはきっと、心の底で顔を求めている。ひととなりを探り、伝えようとしている。
 自分の会社は、自分たちの商品はどんな表情を持っているのか、あらためて問いかけたいものです。そしてもちろん、あなた自身がどんな表情をしているか、どんな顔を持ちたいかについても。

ゼロ年代に『日経ビジネス』系のウェブメディアに連載していた文章を、15年後に振り返りつつ、現代へのヒントを探ります。歴史が未来を作る。過去の文章に突っ込むという異色の文章指南としてもお楽しみください。