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夏目漱石論2.0

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2023年4月の記事一覧

岩波書店『定本漱石全集』注解を校正する157  夏目漱石『明暗』をどう読むか6⃣お国は戦争していますけど 

岩波書店『定本漱石全集』注解を校正する157 夏目漱石『明暗』をどう読むか6⃣お国は戦争していますけど 

殆どプレイじゃないか

 読み進めて行くごとに、情報量が増えて行くごとに、ますます二人の関係性が解らなくなる。書かれている範囲のことは何度となく読み返してきて、やはりこの関係性は解らない。
 むしろ津田はマゾヒストで、吉川夫人に支配される快感を求めていて、吉川夫人は吉川夫人で眼下の津田を揶揄うことに快感を覚えている上に、お延まで教育しようとしているサイコパス的な存在であるとでも考えないとこの散らか

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岩波書店『定本漱石全集』注解を校正する156 夏目漱石『明暗』をどう読むか⑤ まだ続編を書くのは早いだろう 

岩波書店『定本漱石全集』注解を校正する156 夏目漱石『明暗』をどう読むか⑤ まだ続編を書くのは早いだろう 

二人ともそうなのか

 殆どの人が『こころ』を読み誤っているという事実に明確に気が付く前、つまり今更夏目漱石作品の読みそのものについて具体的に何か書こうと思う前、ただ何となく『明暗』という作品を個人的に読んでいた時分、私はただ「この夫婦は良くないな」と思っていた。今も読んでいるのは個人ながら、その読みを公に晒す前提で読んでも、やはりこの「この夫婦は良くないな」という印象そのものは変わらない。

 

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岩波書店『定本漱石全集』注解を校正する155 夏目漱石『明暗』をどう読むか④ 誰もそんなことは教えてくれなかった

岩波書店『定本漱石全集』注解を校正する155 夏目漱石『明暗』をどう読むか④ 誰もそんなことは教えてくれなかった

見栄っ張りなのか

 リカレント教育やリスキングではなく、学校を出た社会人が仕事の役に立たない専門的な勉強をすること、この問題は高等遊民を巡って何度か論じてきたように思う。実際津田にポアンカレの話を吹き込んだ誰かも学校を出た社会人であり、仕事の役に立たない専門的で高尚な知識を得て、津田を脅かしたわけだ。津田はそんな学び直しに困難を感じている。
 それにしても動機が不純だ。学びそのものに熱意があるわ

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岩波書店『定本漱石全集』注解を校正する154 夏目漱石『明暗』をどう読むか③ こんなことを見逃していたなんて

岩波書店『定本漱石全集』注解を校正する154 夏目漱石『明暗』をどう読むか③ こんなことを見逃していたなんて

いつ休みなんだろう?

 ここは岩波の注が付かないところ。日曜日ごとにサラリーマンが押しかけていたら医者は一体いつ休みを取ればいいのか。この点については小一時間調べてみて有効な資料が見つからない。医師の召応義務は明治時代からあるが、休日診療というような言葉は大正時代には使われていないようだ。

 この休日が日曜日なのかどうかは病院ごとに異なるのだろう。ともかく解ることは『明暗』の設定としては、日曜

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岩波書店『定本漱石全集』注解を校正する153 夏目漱石『明暗』をどう読むか② 偶然の結果の必然

岩波書店『定本漱石全集』注解を校正する153 夏目漱石『明暗』をどう読むか② 偶然の結果の必然

ラプラスとはどう違うのか?

 この『明暗』の記述そのものは「原因があまりに複雑過ぎてちょっと見当がつかない」ものが偶然だという説明になっている。岩波の注では、ポアンカレは偶然というものがあるという立場にある。原因が計算不可能なものが偶然だと書いているようだ。私の勝手なイメージではポアンカレはむしろ微分方程式の研究から複雑なものを解きほぐす方向に向かったのではないかと、むしろ逆の捉え方なのだが、兎

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岩波書店『定本漱石全集』注解を校正する152 夏目漱石『明暗』をどう読むか① めでたいことも悲しいことも入り混じっている

岩波書店『定本漱石全集』注解を校正する152 夏目漱石『明暗』をどう読むか① めでたいことも悲しいことも入り混じっている

今まで何を読んできたのか

 岩波はまず「明暗」というタイトルの意味に関する二説を拾い、この処置と説明の様子が日記に書かれているものだということのみを示す。

 津田という名前にも触れない。津田は後に津田由雄というサラリーマンだと解るが、この時点で津田は夏目漱石の洋画の先生でもあり、漱石作品の装丁者でもある津田青楓とどういうわけか同じ苗字である。これは例えば村上春樹が安西水丸の本名渡辺昇を小説の主

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岩波書店『定本漱石全集』注解を校正する151  夏目漱石『道草』をどう読むか27

岩波書店『定本漱石全集』注解を校正する151 夏目漱石『道草』をどう読むか27

 岩波は注解において「漱石自身においては約六年間にわたることが、作品では一年間にも満たない期間に圧縮されている」と述べている。このことこそが最も問題なのではなかろうか。つまり注解者もやはり一応は「期間」について考えたわけである。考えた? 思いを巡らした、気に留めた、いずれでも良い。
 つまりは作品の中で進行する現在時間について「一年にも満たない」と判断したのだから、『道草』が九月に始まる話として

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岩波書店『定本漱石全集』注解を校正する150  夏目漱石『道草』をどう読むか26    半年なんてあっという間だ

岩波書店『定本漱石全集』注解を校正する150 夏目漱石『道草』をどう読むか26    半年なんてあっという間だ

馬鹿な真似をするな

 この砕かれた硝子戸が『硝子戸の中』の硝子戸で、或る日漱石が下女にナイフを渡して「これで小刀細工をなさいと、奥さんにおっしゃい」とかなんとか言うという真逆の事件があったそうだ、とでも思わなければ、何とも生々しく息苦しいエピソードなのかもしれない。

 実際健三はこの馬鹿な真似に脅かされてしまう。この馬鹿な真似が何なのかよく分からないからだ。「これで小刀細工をなさいと、奥さんに

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岩波書店『定本漱石全集』注解を校正する149 夏目漱石『道草』をどう読むか25 そんなことはどうでもいい

岩波書店『定本漱石全集』注解を校正する149 夏目漱石『道草』をどう読むか25 そんなことはどうでもいい

 多くの老人たちが死ぬ前に後悔することは、やればできたかもしれないことをやらなかったことだそうだ。ただ、それはまだ死なない全ての人に当てはまることで、瞬間瞬間に失われていく人生の宿命みたいなものなのではなかろうか。
 ブルシットジョブに絡めとられ、朝飯と晩飯を食べて死んでいく全ての人たちがそれ以外に何が出来るのかと言えば、実は限られている。自分自身の凡てが消耗品であると気が付いた時にはもう遅い。実

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岩波書店『定本漱石全集』注解を校正する148 夏目漱石『道草』をどう読むか24 朝はしていない

岩波書店『定本漱石全集』注解を校正する148 夏目漱石『道草』をどう読むか24 朝はしていない

 夏目漱石と芥川龍之介作品には「書いてあることと書いていないこと」で構成されているものが多いという事を書いた。もう一つこの二人の作品に共通しているのは、スケールやフレームで別様に解釈できるということだ。
 昨日健三が「己はまだ寐る訳に行かないよ」とセックスをしないように見せかけているところで漱石の頑固さを笑ったが、案外その意味、フレームの置き方が伝わっていないのではなかろうか。
 子供が生まれる

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岩波書店『定本漱石全集』注解を校正する147 夏目漱石『道草』をどう読むか23 小説を読むということはこういうことだ

岩波書店『定本漱石全集』注解を校正する147 夏目漱石『道草』をどう読むか23 小説を読むということはこういうことだ

 例えば種本から引用したとして、あるいは実際に起きたことを摘まんだとして、小説家が何かを書き、何かを書かないという細工のうちには、たとえそれが事実そのままだとあったとしても作為というものが生じるものだ。ここで私は小説家と書いたが、凡ての小説家の凡ての作品がそうであるわけはない。小説の背後に事実のあるなしはどうでもいいことだと考えた芥川龍之介、そして夏目漱石の小説は殆どそうした「書いてあることと、書

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岩波書店『定本漱石全集』注解を校正する146 夏目漱石『道草』をどう読むか22 誰かが嘘をついている

岩波書店『定本漱石全集』注解を校正する146 夏目漱石『道草』をどう読むか22 誰かが嘘をついている

島田一人でもう沢山なところへ

 ここにおいてなかなか読み切れなかった例の手紙の趣旨は結局「金をくれ」というものだったことが明らかになる。実際ありとあらゆる、いや、99パーセントのメッセージは「金をくれ」に尽きる。「金をくれ」「買ってくれ」それ以外のメッセージはごくわずかだ。

 この『道草』という作品は一面において健三が寄ってたかって金をせびられる話だ。

 現時点ではまだ姉の御夏が小遣いの値上

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岩波書店『定本漱石全集』注解を校正する145 夏目漱石『道草』をどう読むか21 ある意味徹底している

岩波書店『定本漱石全集』注解を校正する145 夏目漱石『道草』をどう読むか21 ある意味徹底している

 プロの評論家による村上春樹の最新作『街とその不確かな壁』の感想のようなものを二三読んだ。その題名と由来からどうしても失敗作である旧作と比較して読まざるを得ない仕組みなのだろうが、それは果して正しい読み方なのだろうか。
 そもそも村上春樹作品はあらゆる謎解きを許容し、失敗させるからくりとして「正解を用意していない」という原則を貫いている。月が二つある理由も、リトル・ピープルの正体も正解というものは

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夏目漱石の主要作品に関する基本的な考え方について

夏目漱石の主要作品に関する基本的な考え方について

 これまでに書いて来た夏目漱石の主要作品に関する基本的な考え方や、「定本」とまで謳っている岩波の漱石全集の誤り、またかなり広まっている多くの誤読に関する指摘の一部を整理してみました。

 当然過去記事全部、そして私の著書全部をお読みいただければもっと詳しく書いてあることなのですが、敢えて制約を設けて「せめてこれだけは」というところをまとめてみました。

 逆にここが読めていないと恥ずかしいポイント

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