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2024年映画感想No.8 ネクスト・ゴール・ウィンズ(原題『Next Goal Wins』 ※ネタバレあり

酷い状況のサッカーアメリカ領サモア代表

TOHOシネマズ川崎にて鑑賞。タイカ・ワイティティ監督新作。
冒頭からアメリカ領サモアのサッカー代表が2001年のW杯大陸間予選でオーストラリアに31-0と歴史的大敗を喫する映像があまりに悲惨で笑ってしまうし、その出来事を経て10年後にさらに酷くなっている代表チームが出てくることで「全然悲劇を乗り越えようとしてない人々」というコメディとして遠慮なく笑える設定を示しているように感じた。試合前のグダグダなシヴァタウだけで「多分このチームはダメだ」となる。
2011年のアメリカ領サモア代表は「そんなわけあるか」というくらい酷い試合をしているのだけど、長い笛が鳴ってようやく試合が終わったと思ったら「酷い前半だった!」というロッカールームのミーティングになるのが予想以上に酷い状況で笑う。

あっという間に飛ばされるロンゲン監督

アメリカのリーグで実績のあるマイケル・ファスベンダー演じるトーマス・ロンゲン監督がアメリカサッカー協会直々にアメリカ領サモアにとばされる流れも綺麗に言いくるめられていくやりとりが面白かった。「絶望から立ち直る5段階のメソッド」みたいなネットで調べたくらいの知識で説得しようとする協会側も協会側だし、それで言いくるめられるロンゲンもロンゲンである。すごい低レベルなやりとりの末にしっかりロンゲンがアメリカ領サモアに行くしかなくなるのがしょーもなくて笑ってしまう。

否定される「白人の救世主」

ワイティティ監督本人が神父役かつ語り部役なのだけど、冒頭からアメリカ領サモアの選手に「白人の救世主はいらない」というセリフがあることで「単に外部からきた白人が原住民を救ってめでたしめでたし、という話ではない」という宣言になっているように感じた。
中盤に高い山に登って呼吸困難でぶっ倒れたロンゲンをアメリカ領サモアの選手たちが海まで連れていくカットが運ばれていくキリストを思わせる映し方になっているのも、それがそのままこの土地に来たことで人生を復活するロンゲンの物語を示唆しているようでもある。ラストの後日談的なシーンのやりとりも神に語りかけるという形式でお互いの関係性について語り合うシーンになっていることで「ロンゲンは神じゃない」というフラットな関係性を明確にしながらアメリカ領サモアの文化に自然と順応できるようになったロンゲンの姿にグッと来てしまう。

結果至上主義と結果を重視しない楽天主義の対比

サッカーの負け犬チームが指導者を得て奮起するというプロットは『少林サッカー』を思わせる内容でもあるのだけど、プロの世界で生きてきて結果至上主義のロンゲンと楽しむことが前提という過程を重視するアメリカ領サモアの対極的なサッカー観はそのままそれぞれの人生観に繋がっていて、だからこそ人生の問題を抱えているロンゲンのサッカーだけではこの物語における勝利には辿り着けない。
負けを受け入れられないあまりに自分を抑えられなくなってしまうロンゲンの性格は過去の大きな喪失をどう乗り越えていいのかわからない心の叫びだったことが終盤に明らかになる。だからこそ結果以外で人生を前向きに生きるアメリカ領サモアのカルチャーが「取り戻せない結果」に対してもがいているロンゲンに違う解決を示すような展開が温かい。
結果にコミットすることで成長を還元するロンゲンもまたアメリカ領サモアの敗北のカルチャーを塗り替えていく存在であり、とはいえあまりに絶望的にサッカーが下手なので何度も心が折れそうになるロンゲンに対して男子サッカーというコンペティションにおいて最も尊厳を傷つけられてきた第三の性ファファフィネのジャイヤが導き手になるというのも象徴的な構図で良かった。ロンゲンの固定概念を解凍する役割であると同時にアメリカ領サモアの文化の象徴でもあり、視野狭窄のロンゲンと戦わない代表チームを橋渡しして引っ張っていく存在になる必然性がある。

手堅く面白いカルチャーギャップコメディ

負けても全然悔しがらないアメリカ領サモア代表に厳格でプライドの高いロンゲンが入る時点で絶対上手くいくわけないのだけど、ちゃんとそのカルチャーギャップを活かした描写をコメディとして見せてくれるところは安定の面白さ。とにかく1点取ってくれ、という現実的な目標が切実に遠い。
同じ目標に向かうチームになるためにロンゲンがアメリカ領サモアのカルチャーを尊重するようになっていく描写も成長の過程として的確で楽しい。代表チームのサッカー的な未熟さとロンゲンの人間的未熟さをシェアして相殺するような関係性が良かったし、徐々に一体感が生まれていく場面がどれもピースで楽しい。

役者が揃って運命の一戦へ

終盤は運命の一戦を割としっかり描く展開になるのだけど、ここでライバルになるトンガ代表との関係性も低レベルな争いだということが初登場シーンからの煽り合い一発で描かれていて笑った。もはやどういう意味なのかもよくわからないのだけど、ロンゲンがちゃんとリーダーとしてチームを守る振る舞いをしていて不覚にも成長した姿に嬉しい気持ちにさせられてしまう。
代表戦直前に31失点した歴史的大敗の一戦でゴールを守っていたレジェンドゴールキーパーがカムバックしてくる展開には正直ここまで一緒にトレーニングしてきたゴールキーパーが可哀想だと思ってしまったのだけど、レジェンドの彼がクライマックスで重要な活躍をすることを考えると負け犬カルチャーの象徴である彼が敗北の歴史を乗り越えることに象徴的な意味を託したのだと感じた。

ロンゲンとジャイヤのドラマ

もはやそこまでしてサッカーやらなくてもいいんじゃない?という話ではあるのだけど、その中でチームをひっぱってきたジャイヤとロンゲンにはきちんとサッカーを通じて乗り越えるべき過去や自己証明が明らかにされるのも良かった。もう少しそこに向けて丁寧に描きこめたのではと感じたりもしたけれど、ともすれば弛緩した競技描写になってしまいそうなところに切実さが加わることで試合することの物語的意味合いをより強めている。
試合終盤の語り口もものすごく変で、ここはいい意味で唖然としてしまった。正直物語的には試合の勝ち負けはあまり重要ではないのだけど、それでもちゃんと勝つところを描くことは良かったし、だからこそどうしてもドラマチックになってしまう試合結果に対して笑いでバランスを取ろうとしているようにも感じた。ちゃんと最後までシリアスさのないスポーツ描写なのだけど、それを象徴するかのような少林サッカーオマージュ(あれってそうだよね?)にゲラゲラ笑った。

「奇跡ではない」という現実のサクセスストーリーへの敬意

終始軽い描写で楽しい映画ではあるのだけど、芯に一つシリアスな設定があることでちゃんと登場人物にとっては切実な物語に仕上げているところが爽やかだけど味わい深い後味になっている。
エンドロールが流れ終わった後もう一度登場するワイティティ監督本人が演じる神父が改めて信仰の話じゃなく人と人の話ですよ、と締めくくるように「奇跡などない」と茶化して見せるのも登場人物への(すなわち現実の出来事への)優しさとリスペクトを感じた。


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