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42.【書評】英語教育への洞察を深められる書(『英語ヒエラルキー』佐々木テレサ、福島青史・光文社新書、2024年)

1.購入の動機

 noteの自己紹介で述べましたが、私は、高校での英語と大学に入学してからの英語への次元の違いに愕然とした経験があります。
 明治時代の高等教育を受けた人々は英語で教育を受け、高い英語の能力を有していたという書籍に影響を受け、「それなら俺も英語で教育を受けられる環境に身を置きたい!」と思ったものです。
 そんなボヤキを慕っていた大学の英語の先生に「地方にも英語で授業を行っている大学がある。そんな大学に興味がある。」と漏らしたところ、その先生はこう教えてくれました。

 「教育が”進んでいない”という実情があるみたいだよ。」

 今から30年弱前のことです。
 以降、そんな、英語で学ぶ環境の影響には強い関心を持っていました。

 そんな折、X(Twitter)でこの書の紹介を見て、即買いしました。

2.どんな書か

 英語を学ぶ、のではなく、英語”で”学ぶ教育制度(EMI:English-Medium Instruction))を経験した人々の体験を踏まえた質的研究に基づく修士論文を書籍したものです。
 冒頭から、高校時代に英語でよい成績を修めていたからEMIを採用する学 部に進学した学生(著者自身を含む)のネガティブな感想が続きます。
 入学後に知り合った留学生や帰国子女との違いに驚いた、と。

 まとめていうと、英語への自信を無くし、社会に出てみると、日本語も使えないことに気がついた、という感想が述べられていました。

3.私的見解

 ところが。
 この記載についての私見ですが、EMIを経ていなくても、学生が社会に出れば、話す日本語、書く日本語、いずれもダメ出しをうけることはよくあること、いや、必至だと思っています。
 私自身もそうでしたし、近しい業界でも同様の見解は聞かれます。
 私自身も、式典でのスピーチなど、日常生活以外の慣れない場面で話す機会がある場合は、その場面にふさわしい語句を使えるように用例を探します。
 日本語は母語ですが、正しい敬語を使えているかは勉強の必要性を感じていますし、TPOわきまえた適切な言葉遣いには常に気遣っています。
 日本語の能力については、EMI経験者でもそれ以外のものでも、不安を感じることには相違ないと思っています。
 しかし、EMI経験者はいっそう強い不安を感じるという点では著者の指摘に同意しました。

 そのほか、EMIの環境で教育を受けていると、行動様式が異なる友達に囲まれ、かんがえ方やふるまいも影響が及んでいて、就職してから違和感を感じているとも語られていました。

 この影響はこの書で初めて知りました。

 そのほか、このような記述がありました。

大学でやってきたことがほんとうにそもそもなくて。
基盤、何かを極めるっていうことができなかったなとはすごい思ってて、自信を持って、これ達成できましたみたいなことは、たぶんない。

p。119

 日本語で学部の教育を受けた私も同じ考えを持っていました。
 そのため、修士課程への進学を決めたのでした。

 これも私見ですが、人文系の専攻であれば、学部の教育で何か分かった実感を得られることは少ないのではないでしょうか。
 身の回りで可視化される現象を追う訳でもないし、解釈も人により文化により異なる場合もありますし、私達が「科学」として期待する再現性などありえない分野ばかりです。
 そんな研究対象を4年弱で「極める」ことを期待すべきでないと、私は思います。

 つまり、この書を読んで感じたことは、EMIの弊害としてこの書で語られている内容は、零度の差こそあれド、EMIに限った話ではないと思いました。

4.この書の価値

 共著者として名を並べ、佐々木テレサ氏の指導教授である福島青史氏はり、書内で、EMI教育を受けた者の日本語使用に関する不安が、日本語教育学の研究対象となり得るのか不安だったと述べておられます。

 私は、この書を読んで、(おそらく多くの保護者があこがれている)日本語を母語とするものが英語に囲まれて教育されるという環境が将来どのように影響を及ぼすのかという点では、早期英語教育と分野を同じくすると感じました。
 これまでは、バイリンガル教育についてテスト結果を踏まえつつ検証された先行研究は目にしたことはありましたが、主体的に語られた研究成果はないはずです。
 少なくとも私はみたことはありません。

 また、公に語られている「グローバル人材」の意義が次第に変遷していると指摘されています。
 この指摘も目からうろこが落ちた記述でした。

5.読後の感想

 EMI制度をスコープとして教育の成果が多く語られています。
 英語教育への従事を望む立場から、英語を教える指導者が、中・高の英語教育を経て、大学での教育さらに一般社会で英語を学び、使用していくことの辛さ苦しさをしっかり刷り込んでおくべきだと感じました。

 ネイティブに肩を並べようなんて簡単にかんがえちゃいけない。
 外国語の学習はかなりの時間と労力を要する。

ということについて、自身の経験を踏まえ、説明する努力が欠かせないと感じました。
 その考えは、英語の完ぺき主義から脱却し、英語の積極的使用を促すとともに、日本の(英語)教育制度を肯定する効果も生むと期待しています。

 最後に。
 この書は買ってよかったと思いました。
 日本でどのように英語教育を進めていけばよいのかという洞察を深められると感じました。
 人生をかけて挑んだ成果を研究成果として語る著者の、そしてインタビューイー方々の勇敢さに敬意を表します。