ジェーン・カンピオン『パワー・オブ・ザ・ドッグ』マッチョイズムの終焉と新たな時代の幕開け

2021年ヴェネツィア映画祭コンペ部門出品作品。1925年のモンタナにおける牧場主兄弟の物語を通して、いわゆる"有害な男性性"について描いた作品。牧場主のフィル・バーバンクは大学で文学(だったっけ？)を収めた秀才で、10人近い部下を従える若きカリスマである。それに対して弟ジョージは大学も満足に修了出来ず、体型もずんぐりで、全く"男らしく"ない。冒頭のサルーンでのシーンは二人をあからさまに対比させながら、不出来な弟を支配する兄のプライドみたいなものまで感じさせ、その圧倒的な存在感に恐怖するようになる。彼の存在感は画面の外から漏れ伝わることも多い。最も分かりやすいのが、ロースのピアノ練習をバンジョーで乗っ取るシーンだが、それ以外にも、例えば拍車の音や半開きになったドアの音、口笛の音などで見えないながらもその存在を示し、家の中は窒息しそうな空間に様変わりする。ローズは家の中で戦って実際に窒息してしまうのだが、それに対して、彼女の息子ピーターは家の外に出ていくのが面白い。彼の自由さは家ではなく世界に支えられているのだ。

本作品が興味深いのは、マッチョイズムの象徴とも言えるフィルに対して、正面から戦って疲弊していくローズと、懐に入って隙を伺いながら徐々に打ち負かす方向を探り出していくピーターという親子の対比がなされていることだろう。これまで多くの作品で全面対決が描かれてきたわけだが、正面から戦う必要がないという視点は確かに新しいものだ。勿論、後者の手法を選べたのはピーターもフィルに対して特権的な立場にいたからであり、特権的な立場にないローズの戦いを無意味にしないロジックになっているのが上手い。ここに、同じく特権的な立場にありながら戦えない人物としてジョージを持ってくるのも上手い。彼のような人物もマッチョイズムの延命に加担していたことを示しながら、やっぱり一人では戦えないよねという感じ。加えて、フィルのマッチョイズムも時代の要請によって継承されたものだという背景も朧気に明かされ、物語は一気に多層的に広がっていく。もう一点挙げるとすると、本作品はマッチョイズムに終焉をもたらす"中性性"に新たな暴力性が宿っていることの指摘にもなっている点も興味深い。確かに有害な男性性は消えたが、果たしてこれから"平和"になるのだろうか？新たな時代は新たな暴力的価値観が支配するのではないか？という問いかけは、確かにこれからの時代に最も必要な議論になると思う。

とはいえ、最初の1時間位は起伏も少ないので、若干退屈だった。ジョージが散々"結婚式には両親の他に知事も呼んだぜ！"とローズにイキっていたのに、蓋を開けてみると両親と知事しか来ておらず、会話すらまともに続かないという地獄みたいなシーンから盛り上がるので、そこまでは辛抱。

・作品データ

原題：The Power of the Dog
上映時間：126分
監督：Jane Campion
製作：2021年(オーストラリア, カナダ, ニュージーランド, イギリス)

・評価：70点

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