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ロネ・シェルフィグ『ニューヨーク 親切なロシア料理店』現代社会は他人に冷たい

二人の息子と共に暴力的な夫から逃げ出したクララ、粗暴で仕事が続かないジェフ、セラピスト兼看護師として休日は救貧軍の炊き出しに参加するアリス、出所したばかりのマルク。クララは夫名義になっている全ての物が使えず万引きをして回るが、車を取られてしまって困窮する。仕事の続かないジェフは家を追い出されて雪夜に昏倒する。アリスは恋人がいないことをいいことに患者からセクハラされ、同僚からは仕事を押し付けられる。これらのあからさますぎる不親切なルールや人々の先に、彼らの挿話は徐々に有機的な結合を見せ、彼らが最終的に流れ着くのは優しい老人が経営するロシアン・レストラン"ホワイト・パレス"だ。しかし、行間はあまりにも端折りすぎている。ちんたら進むシーンたちを急ぎ足でまとめるせいで、まるでシーンとシーンの間から重要なシーンが滑り落ちてしまったかのような感覚すら覚える。本来背骨となるべきクララの挿話は、椅子の伏線回収するくらいならジュードの行動やその後でロシアンレストランに再び忍び込んだ理由について掘り下げるべきだし、警察官でDV夫という史上最強クラスに迷惑な人間から逃げている設定なのに、かなりフワッとした理由で裁判に持ち込んだ上で、何について争っているかもよく分からず、そのままクララにロマンスまで加えられるという謎仕様に驚く。薄っぺらな設定がさらに薄っぺらになっていく始末の悪さ。長男の"ママに触るな!!"は良かったけども。そして、他の人物は全く盛り上がらない上っ面だけの"不幸"描写が続き、彼らが集まってそれぞれに親切にすることで映画は終わってしまう。まるで"不幸"でないと他人に親切に出来ないかのように。

そして、この映画はアンドレア・ライズボロー一人をイジメすぎな側面もある。誰か近しい人が亡くなったことを知ったばかりの男がいきなり"あんたにお似合いの人がいる"とセクハラしてきたり、"あんた家に待ってる子供もいないしシフト入れるでしょ"と同僚に言われたり、挙句の果てにはクララの旦那から"愛なんて分かんねえよな、誰もお前を愛さないから"といきなり初対面で言われるのだ。不快な感情よりも先にシンプルな意味不明さに苦笑してしまう。映画自体が彼女に不寛容と社会の冷酷さの全てをぶつけ、彼女が押しつぶされそうになりながらも懸命にもがく姿を嬉々として撮っているようにすら見えてきてしまう。

ホワイト・パレスを中心にした群像劇にすれば、ある種のファンタジー的な要素を含みつつ、誰もが他人に優しくする空間を用意することが出来たと思うんだが、シェルフィグの"現代社会は他人に冷たい"というお説教が頭ごなしに鳴り響く本作品は、"可哀相な"主人公たちが団結する様子を高みから見下ろしているような作品になっている。それ以外の場所、教会やデパート、モーテル、ジェフやアリスのマンションなど、登場する全ての場所が"場所"以外の役割を果たしていないのだ。

昨年のベルリンコンペのオープニングはこれだったのだが、これだとテンション下がるよな。このクオリティで三大映画祭のコンペに入れるんだから、そっちの方が驚きだ。ゾーイ・カザンとアンドレア・ライズボロー、ケイレブ・ランドリー・ジョーンズの魅力だけで辛うじて立っているだけだった。残念。

・作品データ

原題:The Kindness of Strangers
上映時間:112分
監督:Lone Scherfig
公開:2020年2月14日(アメリカ)

・ベルリン国際映画祭2019 コンペ選出作品

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