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キリル・セレブレンニコフ『Playing the Victim』怠惰なハムレットは犠牲者か加害者か

『犠牲者を演じる』という英題の通り、犯罪現場で犯行再現ビデオを撮る人々を描いている。しかし、題材は同じとは云えヨルゴス・ランティモス『Kinetta』とは全く異なっている。キリル・セレブレニコフ長編三作目である本作品は、人間の死を間接的に描く過程の中に、不謹慎なギャグを大量に投入し、その間にある現実世界を逆に浮かび上がらせるのだ。本作品の魅力的なキャラは冒頭からアクセル全開で突進してくる。女性をトイレで惨殺した男が犯行を再現しているのだが、カメラを持つリューダはそこにいるネコに気を取られ、被害者役のヴァーリャは自分が映るとふざけまくり、店の女店主は喋りたがり映りたがり、とぼけた署員セヴァはとにかく愚鈍で、加害者の男はカメラを前に縮こまる。要するにグダグダなのだ。真面目な署長は毎度毎度のグダグダっぷりにうんざりしているが、彼とて妻子持ちなのに同じく人妻のリューダを狙っている。彼は最終的に無軌道すぎる若い世代に対して20分近く怒りを爆発させる。ハワード・ビールもびっくりの激おこモノローグだ。犯行の再現ビデオ撮影は作中で何度も繰り返されるが、凄惨な事件とかなり危ない現場再現の狭間で、ヴァーリャ/リューダ/セヴァによる不謹慎なおふざけが中和してくれるような気もするが、ヴァーリャは極限状態でおかしくなっているわけではなく、通常状態でもぶっとんでいるのでそこらへんの線引は怪しいところ。ちなみに、彼は爆音でズンドコ節を聴いて踊り狂っていた。意味が分からん。

ということで主人公はヴァーリャである。未亡人である母親は夫の兄弟と関係を持ち始め、自身も恋人オリガとの関係も停滞気味だ。オリガはこんなヴァーリャでも好きではいるのだが、どうも明るい未来は望めそうにない。叔父はそんなヴァーリャを変人と思いながら、彼が未来の妻(つまりヴァーリャの母)のためにも定職について安定した生活を送ってほしいと望んでいる。旧時代を信奉するこれら三人の人物は、落ちこぼれのヴァーリャを自身のサイドへ取り込もうと、そしてその上で理解しようと躍起になる。明らかにハムレットを意識したであろうヴァーリャの設定は、叔父が父の死に何らかの関わりを持っているかもしれないという彼の妄想にも反映されており、いずれ死ぬことになるガートルード、クローディアス、オフィーリアであることも分かってしまう。勿論、父親の亡霊も見える。さあ復讐の始まりだと言わんばかりに。

重要な場面転換として現実世界にアニメが侵入するという演出が登場する。事実、ヴァーリャは『サウスパーク』のTシャツを着ているし、アニメに対する興味は息苦しく下らない現実からの逃避という意味を大いに孕んている。この演出は完全に『Leto』のMV的な演出の萌芽とも言えるが、同作においてアニメ演出が"実現し得ない希望"であったのに対して、本作品では"実現してしまった近未来"を表しているという違いはある。つまり、アニメ演出が挟み込まれるポイントでもっと穏便な行動を取っていれば、この怠惰なハムレットは自分の運命に抗って別の道に進んでいたかもしれないのだ。

架空の世界で何度も殺されてきたヴァーリャは遂に再現される側に立つことになる。バー、マンションの一室、プール、寿司屋と繰り返された再現で徐々に電池が減っていたビデオカメラは完全に復活しており、どこか吹っ切れたようなヴァーリャの姿とも重なってくる。死の再現を扱いながら誰も死んではいなかった物語は"再現するために家族の死の光景を記憶に残そうと努めた"とするヴァーリャのサイコパス発言によって、彼の居場所がそこにしかなかったことを暗示する。そこからリューダはビデオをプレイバックし、泳げないヴァーリャを川に突き落として泳ぎを教えようとした父親との思い出が蘇る。全てはここから始まったと言わんばかりに。ハムレットは父親の復讐を完遂したが、自らも死ぬという"英雄的"選択を取ることも、王座に居座ることもせず、ただただ自身の運命を受け入れただけだった。

※追記
謎の日本文化が顔を覗かせるのはズンドコ節爆音再生シーンもそうなのだが、"物は試し"というネオンサインが壁にきらめく激烈に怪しい寿司屋まで登場するのだ。そこで髪の毛もりもり女将が"フグ食うと死ぬわ"とつぶやき、ヴァーリャに後の展開のインスピレーションを与える。この頃は日本食レストランが乱立していたらしく、もりもり女将も本望ではなさそうに浴衣を着ている。妙にエロそうな雰囲気を出してるのも"ゲイシャ"を念頭に置いた演出なんだろう。

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・作品データ

原題:Izobrazhaya zhertvu
上映時間:95分
監督:Kirill Serebrennikov
製作:2006年(ロシア)

・評価:80点

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