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Sofia Bohdanowiczとその短編作品の全て

英語圏カナダ新世代の代表格として頻繁に名前を挙げられる監督としてソフィア・ボーダノヴィッチ(Sofia Bohdanowicz)がいる。彼女の作品は物質から感情や歴史をたどる作品、そして映画作家にとっての映画を詩人にとっての詩作と対比させて映像表現を模索する作品などが興味深いが多く、私とては当代最高の監督の一人だと思っているのだが、如何せん短編作品が多く一つの記事にしにくい。ということで、ここでは彼女の短編作品について書いていこうと思う。

『Another Prayer』(2013)

『An Evening』『A Prayer』と同時期に撮られた同じテーマの作品。ベッド、カーテン、シンク。家主のいなくなった家の様々な空間に、生前の家主の映像(『A Prayer』の映像)が投影される。まるで亡霊のようなその存在は、置き去りにされた家に染み付いた記憶として可視化され、家と家主が過ごした長い時間を圧縮して共有する。夜の庭で庭作業をする亡き祖母の手元を映すシーンは、明るい色の手袋がスクリーンたる草の色と同化して、暗闇に明るい手が浮かび上がるという、怪異を見たような気分に。不可視の存在を可視化するという『Veslemøy’s Song』、及び故人の記憶と物質を結びつける『Point and Line to Plane』の様式が既にある。

『An Evening』(2013)

大傑作。『Another Prayer』『A Prayer』と同時期に撮られた同じテーマの作品。亡くなった祖母マリアの家にそのまま残っている椅子に掛けたカーディガン、シンクのゴム手袋、壁の写真、椅子など生活の痕跡から、マリアに思いを馳せる。数秒後にはそこの階段から上から降りてくるかもしれない、数秒後にはそこの椅子に座っているかもしれない、数時間したら買い物から帰ってくるかもしれない、マリアの痕跡はそれくらいの温度を残している。前作が直接的だったのに対して、本作品は間接的に死者と現在を結びつけ、まるで死者が蘇ったかのような温かみを呼び起こす。しかし、夜の帳が下り始め、家の中もどんどん暗くなっていくと、痕跡も薄れ始め、確実に何かが遠くなっていくような、別れの悲しみを共有する。

『A Prayer』(2013)

『Another Prayer』『An Evening』と同時期に撮られた同じテーマの作品。小さな一軒家で、一人の老女が一日を過ごす。皿を洗い、選択をして、ご飯を食べる、という小さな動作に老女の母親ゾフィアによる詩が重ねられる。この映像は後に『Another Prayer』の投影用映像として使用され、"重ねる"行為が重ねられている。曾祖母ゾフィア、祖母マリア、監督ソフィアは書くこと、生きること、撮ることで交わり合う。

『A Drownful Brilliance of Wings』(2016)

NYを中心に活動する詩人ジリアン・スエとのコラボ作品。スエの『Arriving』という詩を原作に、今回も植物園や切手やワンタンといった物質から彼女の家族の歴史を掘り下げていく。これらの物質は家族代々受け継がれてきたものであり、スエの中に直接的な記憶を喚起させることで、映像と個人史を繋げている。監督は詩人だった曾祖母の詩を映画に使用することで詩人と言葉、映画監督と映画の関係性を模索してきたが、曾祖母は映画製作時点で亡くなっていたことを考えると、本作品は相互に影響を与え合ったという点で興味深い。だが、短すぎて違いは見出だせない。

『Roy Thomson』(2018)

ソフィアが6歳だった頃、トロント交響楽団に所属していた祖父のヴァイオリンを聴きに、何度かロイ・トムソン・ホールへと行ったことがあった。この祖父は恐らく、『Veslemøy’s Song』でも言及された、キャスリーン・パーローの弟子である母方の祖父を指しているのだろう。レトロな色彩にしたホールの写真を紙芝居上にし、字幕を使って彼との思い出を語っている。それは、舞台上で手を振り返してくれるかどうかという少女の試行であり、建物に染み付いた祖父との思い出を訪れる度に思い出すという。写真として提示される誰もいないホールは、彼女と祖父だけを残して閉じてしまったかのような"空白の切り返し"によって結ばれ、ソフィアの頭の中で物語は完結する。字幕のみで語られるのだが、デラー・キャンベル不在ですらオードリーの声が聴こえてくるので実質ユニバースの一作と数えて差し支えないだろう。

『Veslemøy’s Song』(2018)

個別の記事があるのでそちらを参照のこと。

『The Soft Space』(2018)

人体のパーツと地下鉄駅が交互に並べられる。並置されるそれらの質感は、違いを無限に挙げられるほど正反対だが、空虚に浮かぶ人体の柔らかさと不安定さ、地下空間の硬さと偏在性が素早いカットで結合し渾然一体となっていく。凄すぎ。

『The Hardest Working Cat in Showbiz』(2020)

個別の記事があるのでそちらを参照のこと。

『Point and Line to Plane』(2020)

個別の記事があるのでそちらを参照のこと。

・Sofia Bohdanowicz その他の作品

Sofia Bohdanowiczとその短編作品の全て
★ Sofia Bohdanowicz『Maison du Bonheur』全ての物質と行為に歴史が宿る
Sofia Bohdanowicz『Veslemøy's Song』失われたヴァイオリニストの肖像
Sofia Bohdanowicz『The Hardest Working Cat in Showbiz』ある伝説的な猫についての短い考察
Sofia Bohdanowicz『Point and Line to Plane』もし聴こえたら、色の音で教えて
★ Sofia Bohdanowicz他『A Woman Escapes』行為によって他者と繋がり記憶すること

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