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Sofia Bohdanowicz『Point and Line to Plane』もし聴こえたら、色の音で教えて

ソフィア・ボーダノヴィッツとデラー・キャンベルによる現実と虚構を超越したオードリー・ベナック・ユニバース(ABU)の最新作。修論のために『Veslemøy's Song』を製作し、世界の映画祭を回っていたボーダノヴィッツは、"隣人"のカナダ人前衛画家ヤーン・ポルダース(Jaan Poldaas)と、映画学校で知り合い初期短編のプロデューサーなどを務めたジャコモ・グリサンツィオ(Giacomo Grisanzio)という人生における重要人物を短い間に相次いで亡くし、そこから長らく遣り場のない喪失感を抱えていた。そんな中、彼女はスウェーデンの芸術家ヒルマ・アフ・クリントの絵画に出会い、ジャコモも自分も好きだったワシリー・カンディンスキーの絵画と重ね合わせることで、それらの感情に折り合いを付けることが出来た。これまでの作品ではレコードや手紙など実在する物質を通して芸術や家族の歴史を探求し、隠された感情を見出してきたが、本作品では喪失感という感情を起点に絵画芸術を探求することで、自身の感情や記憶の整理と探求を行っているのだ。映画は、友人を失ったという悲しみを前に咀嚼しきれなかった記憶たちが、ポルダースの作風、ジャコモとの共通の好みという連想を超えて、クリントやカンディンスキーの絵画ような点と線の記号を介して、感情の乗った情報として繋がって受容されていく様を映像で示していく。その際、オードリーの抑揚のないナレーションと共に身体を動かすデラー・キャンベルの姿が映され、彼女は友人を失ったソフィア・ボーダノヴィッツでありながら、彼女の形や動作までも情報として受容させることで、失った友人たちそのものでもあるということも同時に提示される。つまり、本作品は同時代の記憶と感情をフィルムに焼き付ける行為そのものでもあるのだ。その点、感情をあまり見せないボーダノヴィッツ作品の中では異色の感情的な作品になっており、それはこれまでからは想像もできないほど繊細な色彩で描かれる黄昏の風景を、現在のオードリーの視点で語る身軽さからも見て取れる。

ボーダノヴィッツは、友人二人に対する本作品の立ち位置をフロイトの言う"魔法思考(Magical Thinking)"を用いて説明している。それは"自分の行動によって愛する人が死から蘇るかもしれないという無意識的な期待を以て、儀式的な行動に傾倒すること"としており、監督は修論でジョーン・ディディオンの「The Year of Magical Thinking」から"夫が戻ってくるかもしれないから靴を捨てられない"というエピソードを引用している。監督の人生の流れの中で、ポルダース、アフ・クリント、カンディンスキー(=ジャコモ)という別々で知り得た記憶を関連付けて、映像世界に昇華させることこそが、彼らをこの世界に留め置き、蘇らせるような行為に他ならないのだ。

ちなみに、私も一度グッゲンハイム美術館には行ったことがあるのだが、天井までの吹き抜けがやたら広い分、美術品を掛ける壁が少なく、床が螺旋状に最上階まで繋がっているのでどこにいても少し傾いて鑑賞することになって形容し難い不安に襲われた覚えがある。ゴールが最上階なので下に行くエレベーターは激混みだった。正直拍子抜けだった(個人的には同じNYならフリック・コレクションがとても良かった、MoMAとかは置いといて)。

追記
オードリーが終始同じ服を着ているのはアリーチェ・ロルヴァケル『幸福なラザロ』のラザロへのオマージュに加え、時間が止まったオードリーの精神状態を示しているらしい。

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・作品データ

原題:Point and Line to Plane
上映時間:17分
監督:Sofia Bohdanowicz
製作:2020年(カナダ)

・評価:100点

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本作品は2020年新作ベスト10で1位に選んだ作品です。


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