ミゾタ・ケンイチ

溝田健一 / 1975年 山口県生まれ / 神奈川県在住 / 詩の周辺⇒ https…

ミゾタ・ケンイチ

溝田健一 / 1975年 山口県生まれ / 神奈川県在住 / 詩の周辺⇒ https://twitter.com/kmztontw / イラスト⇒ https://enpitsu-sozai.com/ さんより

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2019年秋から始めた言葉/詩の造形作業。 "ロゴス"(論理)から遠く離れて、 自らを含む "ピュシス"(自然)に限りなく近づいていく、 その困難な造形作業から生まれたものを記録しています。 Ⅰ.自然/ひと 「よるのはごろも」 「音世界」 「わたしたちは水」 「言葉のない世界のことば」 「奔流」 「秋の死」 「宴」 「あえかなる」 「補正」 「詩(うた)」 「公転」 「交換」 「濾過」 「跳ねた」 「うつくしく」 「組成」 「振り子」 「芽」 「空」 「雫」 「雨やどり」

    • 盆がゆれる

      盆がゆれる  盆がゆれる 世間という名の盆がゆれる 威勢のいい者 しずかな者 みなそれぞれに闇を行く 脚を取られて躓き泣いて 盆がゆれる  盆がゆれる わたしという名の盆がゆれる 生まれたままの千鳥足 あちらへ行ったりこちらへ来たり よろめくからだに血がきしむ 盆がゆれる  烈しくゆれる 右に左に 天に地に 追いたて摘ままれ弾き出され 小突かれ端折られ蹴落とされ この世の地獄かそれとも夢か 盆を手にとる輩はだれか 神か仏かそれとも悪魔か 悪魔の顔したひとの手か

      • よるのはごろも

        じんわりと おもく すこしずつ しずみおちてゆくように ぼんやりと ながく とどまりつづけてゆくように うずくまり ふっといきづき ほどけたはしから ほっとやすらぎ まとうのでなく まとわないのでなく すっぽりとつつみこまれてゆくように ただ しずみゆくにまかせ ただ しのびゆくにまかせ しずかに そしてしめやかに ふりつもっては すべりおち すべりおちては ふりつもり きよらかにあわく てらされて しんしんと もくしたたずむ

        • 蛇仏 ―夢十夜/第四夜より―

          今になる 今になる まことの噺か、戯れごとか 見ておろう 見ておろう かんじん縒りした浅黄の手ぬぐい 蛇になる 蛇になる まことの噺か、戯れごとか きっとなる 笛が鳴る 真鍮製の飴屋の呼び笛 見ておろう 見ておろう 地べたのうえで、輪を描いて きっとなる 蛇になる 草鞋をつま立て、ぬき足さし足  爺さんの――    歳はいくつか、おうちはどこか  何処へ行くのか        ――あっちへ行くよ 夜になる 歩き出す 河のなかへ、ざぶざぶと 深くなる 見えなくなる 髭もあ

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          全きひとつのわたしに

           一 ゆらゆらとつづく道の途中に ふいにあなたはそこにいた わたしが一生をかけてわたしになる その日のためにあなたはそこに  二 あなたは一人の青年で ぬかるむ道を歩いていた わたしが歩いていたかもしれないその先に あなたはひとりで行ってしまった あなたは一人の恋人で 記憶のなかに泣いていた わたしも分かちあっていたはずのその夢に あなたは鍵をかけてしまった あなたは一人の老人で 気がつけばいつもそこにいた わたしが流した涙のすべてを あなたは空へと預けてしまった  

          全きひとつのわたしに

          文字のなかへ

          きみの背中のまんなかあたりに 小さく書き付けられた文字 時代を超えて 世代を超えて 小さく書き綴られた文字 ひとりの風がきみに問う きみをここまで運んできたのは 名もなき文字が空から連なり きみへの便りを託したから ひとりの獣がきみに問う きみが手にした幾多のものを 陽の下でかたくあたためて この地に還すその日まで きみはひとり読みつづける 背中に書かれた文字のなかへと 砂利道を行き 石段を登り 背中の文字は待ちつづける きみが歩いた道のすべてを たたえもせず そしり

          百年の女 ー夢十夜/第一夜よりー

          静かな声でもう死にますと 長い髪を枕に敷いて 真白な頬の底に温かい血の色がほどよく差して    とうてい死にそうには見えない    しかし女は静かな声で、もう死にますと云った 死にますとも 長い睫につつまれた大きな潤いのある眼で 眸の奥に私の姿を鮮かに浮かべて    これでも死ぬのかと思った しかし    私はそれから庭へ下りて、真珠貝で穴を掘った 死ぬんですもの、仕方がないわ 黒い眼を眠そうにみはって にっこりと笑って    すると黒い眸のなかに鮮かに見えた私の姿

          百年の女 ー夢十夜/第一夜よりー

          地下深くの水の谺

          息をつめて水底へと沈むように  ゆっくりとした傾斜を下ってゆく 当然のように地下は暗く深く  人はみな襟を立てうつむいている 車内灯が消え 駅のホームドアが開く 数人が音もなく降りそして乗り 隙間を縫って生温い水が流れこむ 水は すこしずつ     すこしずつ床を満たし 人は すこしずつ靴を濡らし  脛を濡らし 膝を濡らし   尻を濡らし 腰を濡らし    胸を濡らす その とき 地下の天蓋を絶え間なく咽ぶ谺の音に 蒼く光る水面が波立ち     首筋を濡らし 頬を濡らす

          地下深くの水の谺

          そう思ってるのはきみじゃない

          自分見せるのにいそがしい(朝から晩まで) 人の気引くのにいそがしい(外でも家でも) スマホいじるのにいそがしい(朝から晩まで) 空気読むのにいそがしい(外でも家でも) コメント読むのにいそがしい(どこでもだれでも) 口を出すのにいそがしい(寝ても覚めても) マウント取るのにいそがしい(どこでもだれでも) 自己満足にいそがしい(寝ても覚めても) そう思ってるのはきみじゃない そう思ってるのはぼくじゃない 手間はなるべく省きたい(ワンクリックで) 二度同じことはしたくない(

          そう思ってるのはきみじゃない

          12/2022

          空一面をおおう朝の曇りの透白肌から 淡墨色の粒子が降りそそぎ 街はしずかに薄眼をあけて雨をまつ    * 重く湿りきったからだから 少しずつ すこしずつ 水の粒子が泡となって浮きあがる 粟立つ肌と 解かれる臓腑    * エネルギーの不足を解消するために 源から沸き起こる刻を待つ できあいを汲み取ってくるのではなく 枯れた砂地に沁みだしてくるのを待つ あてもなく空を眺めながら しずかに待つ    * 夜明け前の弁当を拵える音のとなりで 食べ終えた食事たちの跡を片

          音と光の吹き溜り

                            その 音と暗がりに充ちた空間で あなたは街角の雑踏に耳を留め 公園に遊ぶ子供たちに目を留め 巨大なサイバー空間の網目を潜り 地下深く唸るエネルギーの源へと降りていく  そのすべてがかぼそい光の帯に凝縮されて  小さく耳もとに問いかける                   ねえ ドコカラキタノ? あなたは ナニヲミテイルノ? あなたは ナニヲシッテイルノ? あなたは ナニヲシラナイノ? あなたは  すべてが通過するからっぽの空間で  すべてが

          音と光の吹き溜り

          人と人とのあいだにあるもの

          親愛なるきみに宛てて  わたしは思い切ってボールを投げる    ボールはきみをすり抜けて     はるか遠くへ転がっていく       それでもきみはボールをキャッ       チして わたしの方へ投げ返す     ボールはわたしをすり抜けて    はるか彼方へ転がっていく  それでもわたしはボールをキャッ チして きみに向かって投げ返す きみの投げる豪速球と わたしの投げる超遅球との 真っ向勝負 わたしは決してあきらめない わたしの投げるボールには 特別な魔法がかけてあ

          人と人とのあいだにあるもの

          人間になろうとして

          人間は人間になろうとして たとえば平等 たとえば公平 たとえば誠実 たとえば愛 そんな自分になりたくて 人間は人間になりたくて 野に咲く草花を範として 巣を看る親鳥の真似をして 流れゆく水に自らを重ね 沈みゆく陽に手を合わせ 人間は人間になるために 自らの汗で自らを浄め 自らの力で自らを奮い立たせ 自らの心で自らを磨き 自らの足もとを自らで固め 人間は人間であろうとして 壁を壊しながら壁を造り 和解しながら舌を出し 寄り添いながら突き離し 手を握りながら手を離し

          人間になろうとして

          イノセンス

          ぽかんと開いた口のまえを 大きな護送車たちが通りすぎていく エンジンの唸りと街の喧騒が 混迷と剣呑のかおりを残していく かおりは徐々に膨らみ辺りを充たすが それもほんのいっときのこと ぽかんと開いた口はたおやかに 世界に向けてひらいている ぽかんと口を開けたまま 少年は 工場行きの汽車に乗る 車窓から陽が淡く射し込むなかで 車掌の差し出す手が服従を要求する この席は兄から譲られたもの 切符は母がくれたもの 車掌はそこにハサミを入れ 少年の開いた口へと捻じり込む 少年は言葉

          からだを温めなくては

          椅子取りゲームで奪い取った椅子を抱えて あなたは教室を飛びだした 廊下はしばらく進んだのちに 左の渡り廊下へと曲がり その先の 昇降口までつづいている あなたは昇降口の隅に腰を下ろして 乱れた息を整え 教室の方を見る 講師と生徒たちの影が蠢いている きっと次の回が始まったのだ あなたのことは なかったことにして そう 椅子取りゲームには終わりがない だれかがやめようと言わないかぎり (いや、だれかではない  その場を止めることのできる〈何か〉だ) いつまでも何度でも繰り返

          からだを温めなくては

          遠い衣擦れ

          こどもたちの夢を妨げぬよう声を殺して あなたが部屋を出るカーディガンの 小さな衣擦れ それはかつて路地裏の母屋の夜更けに 針仕事をするあなたの母のセーターに 生まれた音だった こどもたちは眠りのなかにその音を聴き おとなになった自分たちを夢に見ながら おそろいのパジャマにつつまれている こどもたちの小さなパジャマの衣擦れは 裏の林の木々の葉擦れと戯れながら 土に舞う落葉とーカサコソーわらいあっている あなたはその声をききながら衣装棚を開け 母の残したセーターのうえに