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地下深くの水の谺

息をつめて水底へと沈むように
 ゆっくりとした傾斜を下ってゆく
当然のように地下は暗く深く
 人はみな襟を立てうつむいている

車内灯が消え
駅のホームドアが開く
数人が音もなく降りそして乗り
隙間を縫って生温い水が流れこむ

水は すこしずつ
    すこしずつ床を満たし
人は すこしずつ靴を濡らし
 脛を濡らし 膝を濡らし
  尻を濡らし 腰を濡らし
   胸を濡らす その とき
地下の天蓋を絶え間なく咽ぶ谺の音に
蒼く光る水面が波立ち
    首筋を濡らし 頬を濡らす

絶え間なく咽ぶ谺は水へ溶けこみ
魚が緩々と回遊する
人の姿をねめるように鑑賞し
死んだような眼と硬直した鱗が
人の肌をかすめて通り過ぎる

車内から水が引き 地上へと上りだすには
まだしばらくの時間がかかるだろう

やがて時間さえも水へ溶けこみ
人も魚もそっくりとつつみこみ
地下はひっそりと咽びながら
暗く深く沈んでゆく

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