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蛇仏 ―夢十夜/第四夜より―

今になる 今になる
まことの噺か、戯れごとか
見ておろう 見ておろう
かんじん縒りした浅黄の手ぬぐい
蛇になる 蛇になる
まことの噺か、戯れごとか

きっとなる 笛が鳴る
真鍮製の飴屋の呼び笛
見ておろう 見ておろう
地べたのうえで、輪を描いて
きっとなる 蛇になる
草鞋をつま立て、ぬき足さし足

 爺さんの――
   歳はいくつか、おうちはどこか
 何処へ行くのか
       ――あっちへ行くよ

夜になる 歩き出す
河のなかへ、ざぶざぶと
深くなる 見えなくなる
髭もあたまも頭巾も顔も
深くなる 深くなる
何処何処までも真直ぐに

 爺さんの――
   ふうと吹き出す長い息
 真直ぐと、真直ぐと
  柳の下から河原のほうへ
       ――行ってしまった



注)原文テキスト参照
  :青空文庫 夏目漱石『夢十夜』第四夜

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