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全きひとつのわたしに

 一
ゆらゆらとつづく道の途中に
ふいにあなたはそこにいた
わたしが一生をかけてわたしになる
その日のためにあなたはそこに

 二
あなたは一人の青年で
ぬかるむ道を歩いていた
わたしが歩いていたかもしれないその先に
あなたはひとりで行ってしまった

あなたは一人の恋人で
記憶のなかに泣いていた
わたしも分かちあっていたはずのその夢に
あなたは鍵をかけてしまった

あなたは一人の老人で
気がつけばいつもそこにいた
わたしが流した涙のすべてを
あなたは空へと預けてしまった

 三
いっときの時間をともに過ごし
互いのかけらをみとめあい
いつかどこかで風にながれて
わたしの傍からすがたを消した
何人ものあなた

わたしはあなたにあこがれて
わたしはあなたに何もいえず
わたしはあなたに目を凝らし
わたしはあなたに手を伸ばし
これまでの道を歩いてきた

 四
あなたはたぶん もうひとりのちいさなわたし
わたしのなかの 傷つきやすいちいさなわたし
宵闇のなかに姿を見せて
蛍の如く明滅する
いとおしくもちいさなわたし

そしてわたしの傍にかたちづく
おぼろげな夜の影法師

 五
わたしが生まれた夢の端から
ちいさなわたしが声をあげる
鳥のように空を詠い
詠うように手をあわせ

わたしはあなたとあなたの夢と
全きひとつのわたしになる

わたしがわたしでいる場所で
空を仰いで生きていく

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