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パレスチナとイスラエルの「分断」を知るために ジョシュア・リカード准教授インタビュー

 2023年10月7日のハマース(イスラム抵抗運動)によるイスラエルへの攻撃を発端とした戦闘は収束の兆しもなく現在(11月22日)も続いており、包囲下のガザ地区多数の犠牲者が出ている。この複雑な問題をどう捉えればいいのだろうか。解決の方法はあるのだろうか。パレスチナをフィールドに文化人類学的観点から研究を行ってきた熊本大学のジョシュア・リカード特任准教授に話を伺った。(取材班)

【ジョシュア・リカード(Joshua Rickard)】
ケント大学で人類学を専攻(PhD)、シンガポール国立大学中東研究所、同志社大学を経て、2015年より熊本大学多言語文化総合教育センター (特任准教授)。専門は文化人類学、中東情勢、移民、市民社会運動など。

政治的に「断片化」したパレスチナ市民

——文化人類学者としてパレスチナの研究を始めたきっかけは何ですか
 始めてパレスチナに行ったのは大学生の時です。三か月、ナブルス市に滞在しました。大学院に進学してから、ナブルス市を中心に長期間滞在し、さらに多くのフィードワークを行いました。
 ナブルス市にはイスラエル軍の検問所がたくさんあり、移動することがとても困難でした。私はパスポートを持っていたので、現地の人々よりも比較的自由に移動することができた。そこでいろいろな人と会いましたが、彼らは何年もの間、隣人に会うことすらできませんでした。ナブルス市は熊本市と同じくらいの規模です。そこで、10年近く黒髪を離れることができないような状況を想像してみてください。人々が地理的に分断され、それを克服するためにコミュニティがどのように連携しているのかを調べることが、私の最初の研究でした。これが私の原体験です。私の著書(The Fragmentation of Palestine 2022)のテーマでもある「断片化」というアイデアは、この時の経験に基づいています。
 私が訪れた2007年に、ハマースがガザを占領し、ヨルダン川西岸でもパレスチナ自治政府(Palestine Authority)との間で銃撃戦が何度も起こっていました。パレスチナ自治政府は非常に腐敗していて、人々から支持されておらず、宗教的・戦闘的な思想を掲げるハマースが台頭してきました。こうして、パレスチナ人はイスラエル軍による分断のみならず、お互いの政治的な分断も経験していました。そのことも、政治的な「断片化」として著書で描いています。
 私は文化人類学者なので、政治的リーダーよりも普通の人々のことに興味があります。近年は、パレスチナ自治政府も、ハマースの指導者も、どのリーダーも支持しない人々が増えています。過去10年間で起きた重要な変化は、リーダーシップを信頼せず、コミュニティ内で社会運動を始める人々が増えているということです。私が最初にパレスチナを訪れた時期は、非常に暴力的で分断が進んだ時期でした。若い人々はこの状況にうんざりして、もっとボトムアップの運動を行うようになりました。他の村の人々が、イスラエルの入植者の問題で困難な状況にあると、他の村の人々が助けに入ります。それは特定の政治組織のリーダーシップによるものではありませんでした。パレスチナ人は、分断を望まず、いかなる政治的リーダーシップからも遠ざかろうとしています。
 さらに、一部の左派イスラエル人もパレスチナ人に協力しています。イスラエルでも分断が起きています。パレスチナ自治区への入植を進める非常に極端なイデオロギーを支持する人は、イスラエル政府内で強い力を持っていますが、少数派です。それに対抗してパレスチナ人と協力しようとするイスラエル人もいます。そうした人々の存在は非常に重要だと思います。
 

貴記者のインタビューに応じるジョシュア・リカード特任准教授=11月14日、熊本大学多言語文化総合教育センター
インタビューに応じるリカード特任准教授=同

支持されないパレスチナ自治政府

——パレスチナ自治政府の問題は何ですか
最も大きな問題は人々が支持していないことだと思います。パレスチナ自治政府は、国際社会から支援を集め運営されている唯一の行政機関ですが、実際には機能していません。米国は現在、パレスチナ自治政府にガザも統治してもらいたいと言っていますが、人々はそれを受け入れないでしょう。
問題を言い換えると、権力が一つの政治運動に集中しているということです。少数の人々が全てをコントロールし、それがイスラエルの占領によって成立しています。イスラエルは、パレスチナ人を間接的に支配するために、パレスチナ自治政府を必要としていたのです。ガザ地区では過去16年間、ハマースが実効支配してきました。しかしイスラエルが包囲しているために、状況はさらに悪く、そこから出入りすることがほとんどできません。
それに、パレスチナ自治政府もハマースも、私たちが思い浮かべる政府のようなものではありません。輸出入を管理し他国と貿易することができませんし、そこに住む多くの人々は国籍がなく、基本的な権利が保障されていません。例えば、パスポートを受け取ることもできません。特にガザでは、平均年齢が18歳と若く、海外で勉強したい、大学に行きたいと思っている若者が多くいますが、そのチャンスがありません。

一国家解決と二国家解決

——これからパレスチナはどうなると思いますか
 先月からイスラエルはガザ地区で軍事行動を続けていますが、ネタニヤフ首相は今後ガザ地区をどうしたいのか、具体的なビジョンを持っていないようです。たとえハマースの支配が終わってガザ地区がヨルダン川西岸と同じようになったとしても、持続可能な状態とは言えません。それに、人々が暴力を目の当たりにし、家族が殺されたことを知って、そのトラウマを抱えて、どのようにイスラエルの統制下に入るのか。その未来を想像することはとても困難です。
 そこで一つ言っておきたいことがあります。歴史上、パレスチナとイスラエルという二つの国をつくる、二国家解決という考え方を目指した時期が何度かありました。例えば、1947年に国連総会が採択したパレスチナ分割決議です。しかし、パレスチナ人もユダヤ人も、誰もが平等に暮らす一つの国をつくるという考え方もあるのです。宗教や民族ではなく、公民権に基づく国家です。これが唯一の長期的な解決策だと主張する人もいます。
 現在の状況を考えると、二国家であれ一国家であれ、何らかの政治的解決が実現すると想像することは非常に困難です。ただ、私は先ほど、ヨルダン川西岸の若者たちが政治的リーダーシップに従わない独自のコミュニティ運動を起こしていると言いました。こうした運動は、極端な政治的分断の一部を取り除くのに役立ちました。ヨルダン川西岸とガザ、そしてイスラエル国籍をもつパレスチナ人との間に、全く異なる状況にあるにもかかわらず、コミュニケーションが増え、人々が団結を求めるようになりました。彼らはたとえ離れていても、自分たちは一体だと感じています。
 そしてイスラエルにも、政府内では人気がありませんが、パレスチナ人との平和な未来を築こうとしている人々がいます。住宅破壊に反対するイスラエル委員会(Israeli Committee Against House Demolitions (ICAHD))という人権団体があり、パレスチナ人を助け、イスラエルの犯罪を記録しています。こうした運動には非常に希望が持てると思いますが、現在の状況を考えると、大きな力を持つようになるのはまだ難しいでしょう。
 

パレスチナ関係地図(編集部作成)


——一国家解決を目指す運動はいつ頃から始まったのですか
実際には、どの時期にも常に存在していました。イスラエルは1948年に建国され、それが難民問題と人々の分断を生み出しました。そして1967年にイスラエルはヨルダン川西岸とガザを支配下に置きましたが、しかし、1980 年代後半から 1990 年代までは、現在の分離壁のような隔離状態にはありませんでした。ヨルダン川西岸やガザから来たパレスチナ人が、安い労働力として、イスラエルの建設現場や工場などで働いていました。もちろんそれは平等ではありませんでしたが、その長い期間で人々の間の統合は進みました。
第一次インティファーダは 1980 年代後半に起こり始めますが、それは公民権運動に近いものでした。パレスチナ人は軍事占領下でこれ以上生活することを望まなかったのです。その運動の中には、二国家解決を主張するものもありましたが、一国家解決を目指すものもあり、今でもそう主張している人もいます。それは、パレスチナからイスラエル人がいなくなるということではなく、同じ国の一部になるという主張です。
 1993年のオスロ合意は二国家解決を目指すものでした。これが1990年代以降、中心的な政治思想となりました。オスロ合意は、ある意味、米国によってつくられたものでした。その構想では、2000年にはパレスチナ自治政府がパレスチナ国家政府となることになっていましたが、それは実現しませんでした。これが、パレスチナ自治政府が機能不全に陥っている理由の一つです。
 こうして第二次インティファーダが起こりました。第一次インティファーダは公民権運動に近いものでしたが、第二次インティファーダはとても暴力的で、パレスチナ人同士でもたくさんの争いが起きました。パレスチナ自治政府は失敗しているとみなされ、政治的分裂が深刻化しました。この時期には特に、一国家解決という考えは薄れていたと思います。しかし今、分離壁を越えて人々が協力することで、その考えが再び戻ってきていると私は思います。もちろん、これはあくまで草の根レベルの話です。
 

パレスチナを巡る動きの年表(編集部作成)


——草の根運動が広がる一方で、なぜ過激派が権力を握っているのですか
 世界中の至る所で、政府が恐怖によって権力を維持しています。このインタビューの内容から外れますが、有名な例を挙げるなら、ドナルド・トランプ前大統領は、外国人に対する恐怖をはじめ、様々な恐怖を利用しました。イスラエルの右翼指導者も、ハマースを利用しています。それだけでなく、イランやヒズボラや、その他たくさんの敵を必要としています。
 こうした極右のリーダーは、イスラム教徒にとって重要な、アルアクサ・モスクのような宗教施設に行き、人々を挑発しました。ヨルダン川西岸の入植者による、多くの暴力も引き起こしています。これが、ハマースが10月7日の攻撃を行った理由の一つです。
 これこそが、今本当に危険なことなのです。現在の状況は、少なくとも短期的には、より極端で過激な指導者が支持を強めることになるでしょう。これからどのような方向に向かうのか、何が起こる可能性があるのかを見極めることは非常に困難です。この地域で大規模な戦争に発展する危険さえあります。
 
——イスラエル社会もまた分断されているということですか
 イスラエルは、現在、政治的に非常に分裂した政府を持つ国だと言えます。イスラエル国民の約20%はパレスチナ系アラブ人ですが、イスラエル国内の多くの差別によって孤立しています。最大の問題の一つは、このことがイスラエル社会の大部分と政治指導者のほとんどによって無視されてきたということです。
 イスラエル経済は、入植地などのビジネスだけでなく、労働力の面でも特にヨルダン川西岸と非常に結びついています。10月にハマースの攻撃が起こるまで、多くのパレスチナ人がイスラエルで働いていました。たとえ二つの別々の社会のように見えても、経済的にもインフラの面でも、両者は非常に依存しあっています。イスラエルの主流派はこのことを無視してきましたが、それこそが問題なのです。
 イスラエルは非常に分裂しています。イスラエルの中にも様々な声があります。最近、二つの社会の団結を生み出そうとする運動があり、平和を生み出そうとする運動もいくつかあるという事実は、これらの運動が何らかの形で主流になれば、非常に希望の持てる点だと思います。なぜなら、それが唯一の本当の長期的な解決だからです。
 
——オスロ合意は破綻しましたが、一国家解決の方が持続可能だということですか
 私の個人的な信念は「イエス」です。私は、協力して一国家解決の実現に向けて努力しているイスラエル人とパレスチナ人が存在し、彼らのアイデアが平和を促進することに期待しています。しかし、先月の暴力だけでなく、主にイスラエル政府の政策のため、そのようなアイデアを実現するのは非常に困難です。
 オスロ合意が2000年代初頭に失敗したのは明らかです。パレスチナ人のための国家を創設するという方法は、真に持続可能なものではありませんでした。実際には、ヨルダン川西岸とガザとを分断し、状況をさらに悪化させました。多額の資金が投入されたにもかかわらず、一般の人々はさらに貧しくなりました。
 オスロ合意は破綻しましたが、今でもある種の根拠として使われています。オスロ合意の問題は二つあると思います。一つは、これまでの全ての協定が米国によって仲介されてきたということです。二国家解決は米国から出てきたとも言えます。そしてもう一つの問題は、パレスチナ自治政府が人々の支持を失っていることです。パレスチナ人はパレスチナ自治政府を信頼していません。現在の政治指導者によるものではなく、市民の社会運動から、より民主主義に近い、人々がより参加できるような形で形成されたものが必要になるでしょう。
 あくまで二国家解決を目指し、パレスチナ自治政府が機能するための体制をつくるという考え方は、再考する必要があると思います。
 

学生の立場として考えるということ

——日本の大学生の立場から、この問題をどう理解していくべきですか
 まず大事なことは、これが単なる一カ月前に起こった問題ではないということです。これはずっと続いてきた問題だということです。
 もう一つ重要なことは、これがパレスチナ対イスラエルの問題ではないということです。政治指導者が、敵と味方の二つの立場だけがあるかのように、あるいは全員を代弁しているかのように思わせたりするかもしれません。しかし現実には、人々はさまざまな考えを持っており、政治指導者にすべての人が代表されるわけではありません。社会を構成している様々な人々に注意を向けることは、とても重要です。私は人類学者として、常に、政治指導者よりも社会の普通の人々に興味を持っています。

ニュースソースなど情報を探す方法について話すリカード特任准教授=同


 パレスチナに関するたくさんのニュースがあふれています。様々な情報源があり、そこにはフェイクニュースも含まれています。今日の政治情勢を理解する上で、単一のメディアから学べることはかなり限られていると思います。ですから、リサーチができること、さまざまな情報源を調べて、さまざまなトピックについてより質の高いアイデアを得ることができることは、どのような状況においても重要でしょう。
 ニュースを見るにしても、さまざまな国のさまざまなニュースソースを検索する能力があれば、多くの情報を得ることができます。BBC やアルジャジーラなど、他の国のメディアを検索して、より世界的な問題について様々な場所で人々が何を話しているのかを知れることは、非常に優れたスキルだと思います。
 私の授業では、研究や調査を行うために、インターネットで情報を探す方法を生徒たちに伝えています。私がよく利用するウェブサイトの一つは、J STORという電子図書館です。大学にいれば、学術的に出版されたものを見つけるための、多くの公開された情報源にアクセスできます。
 

【コラム】「一国家解決」

 パレスチナ地域に、イスラム教徒、ユダヤ教徒、キリスト教徒が等しく権利を持つ民主主義国家を建設するという考え。主に、シオニストでないリベラルなイスラエルの団体によって提唱されている。発案は、1920年代のシオニズムを志向しないユダヤ人による「ユダヤとアラブの二国籍国家」に遡り、1947年の国連パレスチナ特別委員会にも提出され、1970年頃のファタハやPLOが同様の目標を掲げたこともあったが、オスロ合意の破綻によって再び注目を集めている。パレスチナ難民が帰還する権利を保障する有望な案である一方、実現のための政治的基盤や国際的な支持の獲得は見通せていない。
参考文献:Farsakh, L. (2011). The One-State Solution and the Israeli-Palestinian Conflict: Palestinian Challenges and Prospects. The Middle East Journal, 65(1), 54-71.


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(2023年11月21日、表現をより正確に修正しました)

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