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#小説

ショートショート『夢オチドロップ』

ショートショート『夢オチドロップ』

 これを舐めれば、ひとたび全て夢になる。そう言われ渡された飴玉はポケットの中に入ったままだった。


 その日、私は走っていた。自身の小説家デビュー10周年を記念し、新刊の発売と共に開かれたサイン会に遅刻寸前だったのである。会場が割に近所の書店であったがゆえに油断してしまい、前日の夜中まで執筆してしまっていたのだった。目が覚めてみればサイン会の開始まで優に30分を切っていた。

 その書店は散歩

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ショートショート『人人人魚は月まで泳ぐ』

ショートショート『人人人魚は月まで泳ぐ』

 私は毎日六時間だけ人魚になる。一日のうちで十八時から二十四時まで。つまりは一日の四分の一を。なぜかと言えばそれは、私が人人人魚だからだ。

 私の母方の祖母は人魚だったらしい。そして漁師の祖父と出会い、結婚し、私の母が産まれた。人魚の祖母と人間の祖父との間に産まれたから、私の母は人人魚ということになる。その後、人人魚の母は父と出会い、結婚し、私が産まれた。人人魚の母と人間の父との間に産まれたから

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ショートショート『亡くなった妻の悪魔のレシピ』

ショートショート『亡くなった妻の悪魔のレシピ』

 妻は魔女だったのかもしれなかった。そして彼女は俺に黒魔術をかけていたのかもしれなかった。

 ようやく遺品の整理を始めることが出来た頃には、妻の死から既に一年が経っていた。それは一瞬とも、永遠とも思える一年だった。妻との別離による悲しみは時間と共に薄れてくれるどころか、むしろそれは日に日に濃く、重く、苦しくなっていくばかりの気がした。だから遺品の整理に手を付け始めたのも、家の中に残ったあと僅か

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ショートショート『鈴の虫』

ショートショート『鈴の虫』

 朝になるともう、その鈴の音は止んでいた。昨日テントに引っ付き、盛んに鳴いていたそれを、私は日本から持ってきた荷物にたまたま紛れ込んでいたビニール袋の中に入れ、その鈴のような音色に耳を澄ませながら昨晩は眠ったのだった。

 動かなくなったその虫をしばらくじっと見、ビニール越しに少し突っついてみても、やはり鳴くことはおろか微塵も動きはしない。どうやら僅か一晩で死んでしまったらしかった。いきなり狭い袋

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ショートショート【雲のさがしもの】

ショートショート【雲のさがしもの】

 あれは確か、よく晴れた夏の昼間に、突然現れた夕立の後のことだった。
 俺は夕立にさらされた洗濯物を取り込むために出先から急いで戻り、既に湿った服やらタオルやらをベランダから引き上げた。そして物干し竿の端っこに、何やら見覚えの無いものが引っ掛かっていることに気づいた。それは真っ白で、おそるおそる掴んでみると驚くほどにふわふわと柔らかい。持ち上げてみればそれはまたどこまでも軽く、部屋の中心に投げ入れ

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ショートショート【そして届かぬ返信を】

ショートショート【そして届かぬ返信を】

 その日もまた青い郵便屋から、青い封筒が届いた。
 扉を開ければいつもと同じ彼が立っており、私にその封筒をそっと差し出す。私は唇から漏れる空気ほどの礼を呟くと、封筒を受け取り、玄関を閉めた。
 その封筒に書かれた差出人の名も、宛名も、同じ名前だ。青空を切り抜いた封筒の色とは対照的に、窓から覗ける空は鉛色に濁っていた。私はゆっくりと封筒を開けると、中から便箋を取り出す。そこにあるのは二年前に書かれ、

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ショートショート【紅葉様】

ショートショート【紅葉様】

 いつまでも降り続いていた蝉時雨の音もようやく止んでくれ、これでしばらくは肌を優しく包み込むような秋の空気に寄り添っていられると思ったのも束の間、すぐに冷たい木枯らしが身を震わせる。その乾いた風にはもう既に、秋という季節特有の、柔らかでいてどこか感傷的な、ふっと短い息を吐かせ、その場に立ち止まらせるような匂いは、含まれていないのだった。
 幼少期の頃、もっとこの秋という季節が長かったはずだという感

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ショートショート【魔法少女おばさん】

ショートショート【魔法少女おばさん】

 胸を張って魔法少女と名乗れなくなったのは、いつからだっただろう。
 35歳になっていた私は、ようやく魔法少女を辞めた。

 私の無理を通す形で、私達家族は新しい町に引っ越した。
 一軒家を借りての新生活。夫の通勤時間は長くなり、息子に至っては小学校を転校させてしまった。友達付き合いがあまり上手くいっていないから転校はむしろ嬉しいと、飛び跳ねるように喜ぶ息子の姿を見て私は本当に申し訳なく思った。

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ショートショート【フンコロガシスギ】

ショートショート【フンコロガシスギ】

 大人はわざわざ地面なんて凝視しないのだから、夏の朝、公園にてその虫を少年が見つけたのはもはや当然のことだった。
 なにやら小さな丸がころころ転がっているぞと、少年はまず思った。見ればその小さな泥団子のようなそれを、一匹の虫が後ろ足で一生懸命に転がしているのだった。前足でしっかりと踏ん張り、ほとんど逆立ちのような姿勢となって、既に自分の身体よりもいくらか大きくなった団子を転がしており、しかもその団

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ショートショート【カプセル医師】

 飲むだけで人間ドッグから治療まで!

 そんなネット広告の謳い文句に釣られ、私が購入したのは、「飲む病院」なる商品だった。
 部屋に届き、梱包を解くと出てきたのは正に病院を縮小したような見た目の白い箱であり、それは同時に救急箱のような形もしていた。
 箱を開くと中には、個包装された小さな袋が数え切れないほどに入っていた。試しにいくつか手に取ってみると、そこには「カプセル麻酔医」だの「カプセル看護

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ショートショート【追憶神社】

ショートショート【追憶神社】

 その神社は、訪れるたびに形を変える。
 そして百度参れば、どんな願いでも一つだけ、叶えることが出来る。
 たとえそれが世の理を大きく外れたもので、あったとしても。

 その神社は人里離れた土地にそびえる小高い山の、その麓にひっそりと佇んでいた。
 生い茂る木々の枝葉や影に隠されるように、神社へと続く細長い石階段は伸びていた。階段の表面は苔に覆われ、触れずともその湿り気が分かる。
 私は一つ息を吐

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ショートショート【しりとり発電】

「んー、り、り、り、リピート」
「永久(とわ)」
「わ、わ、輪っか」
「回転ドア」
「あ、あ、朝!」
「再読」
「繰り返し!」
 しりとりはそんな風に、僕の部屋でいつまでだって続いていく。くだらないことだと思うかもしれないが、今や僕の部屋にあるテレビも冷蔵庫もエアコンだって全部、このしりとりによって動いているのだ。
 沢山の物でひしめき合うような僕の部屋の中でも、ひときわ異彩を放つその巨大な機械。

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ショートショート【文字虫】

 その星との定期連絡は途絶え、私達を乗せた宇宙船は進んでいた。
「我々が迂回しながら進んでいたためにすれ違いこそしませんでしたが、何やら塵かガスのようなものがあの星の方向から、地球の方へと向かっていった模様です」
「あの星からの脱出船の類ではないのか」
「いいえ、そこまで大きくはありません」
 未だ直接的な行き交いなどは無かったものの、幾度もの通信から、お互いの星はかなり環境や科学力など、近い位置

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ショートショート「架空の話」

「彼女欲しくないか?」

 目の前に座る五十嵐はそう言った。六畳半の決して広くは無い俺の部屋で、俺はこうして五十嵐と夜な夜な語りあかしている。五十嵐を簡単に説明するならパッとしない男だ。まあ俺もパッとしない方ではあるんだけど、五十嵐はそれ以上にパッとしない。けどその位が安心するというか、もし仮に五十嵐が俺よりも人間的にワンランクもツーランクも上の存在だったとすれば、それはそれで困ってしまうだろうと

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