阿部凌大

第35回ヤングシナリオ大賞。 ショートショートです。 第17回坊っちゃん文学賞最終選考…

阿部凌大

第35回ヤングシナリオ大賞。 ショートショートです。 第17回坊っちゃん文学賞最終選考(二次審査通過)。 Twitter @ey18vV3m9ouPDQP

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ショートショート【空飛ぶポスト】

 深夜バイトの帰り道、こんなところにポストがあっただろうかと思う。所々塗装は剥げ落ちていて、新しく設置されたものではないのは間違いないだろう。街灯に照らされたポストは、濡れたような赤黒い光沢を帯びていて、それがなんとも不気味にも思えた。少なくともこんな色のポストは、今までに見たことが無い。  僕がしばらくそのポストから目を離せないでいると、その四角いポストは、ひとりでにゆっくりと開いた。それは扉みたいに、ハガキを入れる口の付いた正面の部分が、右側の一片を固定したまま横開きに開

    • バッタの死骸から、石鹸を作った話。 

       学生時代の経験として、バッタの死骸から石鹸を作ったことがある。これは何かの比喩や冗談でもなく、本当にバッタの死骸から石鹸を作ったのである。  事の始まりはこの本だった。  アフリカでのバッタ被害(蝗害)を食い止めるため、単身モーニタニアへと飛び立った著者の奮闘が綴られる、めちゃくちゃ面白い本である。  前提としてこの本が面白過ぎるので、まずはとにかく全員読んでほしい。自分も恐らく4回くらい読んだと思う。自分は気に入った本でもよくて3回くらいしか読まないので、そういった意

      • ショートショート『神様配送センター』

         おじいさんが一人、道の中央でぐったりと倒れていた。だが通りがかる人々は誰も、そのおじいさんに一瞥もくれず通り過ぎていく。  そんな中でその青年はただ一人、おじいさんのもとへ急ぎ駆け寄り、大丈夫ですかと声をかける。  彼の抱きかかえたおじいさんの体は、彼の想像していたよりもずっと軽かった。というよりも、そこに質量というものをまるで感じない。また彼がいくら懸命に声をかけ、おじいさんの安否を心配していても、やはり周囲を歩く人々は我関せず、一方で奇異なものを見る目で彼を見る者さえ現

        • ショートショート『亡くなった妻の悪魔のレシピ』

           妻は魔女だったのかもしれなかった。そして彼女は俺に黒魔術をかけていたのかもしれなかった。  ようやく遺品の整理を始めることが出来た頃には、妻の死から既に一年が経っていた。それは一瞬とも、永遠とも思える一年だった。妻との別離による悲しみは時間と共に薄れてくれるどころか、むしろそれは日に日に濃く、重く、苦しくなっていくばかりの気がした。だから遺品の整理に手を付け始めたのも、家の中に残ったあと僅かな妻の名残を、少しでも感じておきたかったからかもしれない。  妻の本棚で一冊のノ

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          ショートショート『人人人魚は月まで泳ぐ』

           私は毎日六時間だけ人魚になる。一日のうちで十八時から二十四時まで。つまりは一日の四分の一を。なぜかと言えばそれは、私が人人人魚だからだ。  私の母方の祖母は人魚だったらしい。そして漁師の祖父と出会い、結婚し、私の母が産まれた。人魚の祖母と人間の祖父との間に産まれたから、私の母は人人魚ということになる。その後、人人魚の母は父と出会い、結婚し、私が産まれた。人人魚の母と人間の父との間に産まれたから、私は人人人魚ということになる。  私が人人人魚だということは家族以外知らない

          ショートショート『人人人魚は月まで泳ぐ』

          ショートショート『整いたいだけなのに』

           最近やけに後輩の高橋がモテている。悔しい。  女子社員達は何やらヒソヒソと高橋のことを話題にし、楽しげにはしゃいでいる。  高橋といえば良くも悪くも平凡な社員のはずだった。最近大きな仕事をあげてきたというわけでもない。それなのにどうして、みな突然に高橋に夢中なのだろう。  昼飯に誘うと高橋は嬉しそうについてきた。そして俺は問いただす。 「お前、最近なんか変わった?」 「変わった? 俺がですか?」 「しらばっくれるなよ。なんなんだ最近、みんなお前の噂話ばかり」 「まぁそれ

          ショートショート『整いたいだけなのに』

          ショートショート『夢オチドロップ』

           これを舐めれば、ひとたび全て夢になる。そう言われ渡された飴玉はポケットの中に入ったままだった。  その日、私は走っていた。自身の小説家デビュー10周年を記念し、新刊の発売と共に開かれたサイン会に遅刻寸前だったのである。会場が割に近所の書店であったがゆえに油断してしまい、前日の夜中まで執筆してしまっていたのだった。目が覚めてみればサイン会の開始まで優に30分を切っていた。  その書店は散歩がてらよく出向く馴染みの店で、その体感距離から換算するに、走ればなんとか間に合う

          ショートショート『夢オチドロップ』

          ショートショート『願掛け』

           モグラ叩きのようにポコポコと、不安というやつは次から次へと現れてくるものらしい。ようやっと一つ叩けたと思えば別の場所にポコリと。それを叩けたかと思えばまた別の場所にポコリと。必死にそれを繰り返し気づけば、数え切れないほどのポコリポコリに囲まれていたりする。それが不安というやつだと、俺は知った。  就職していくらか無事に経って、20代の終わりには結婚だってした。それから数年が経ったが、仕事も結婚生活も特に不備は無い。  だから俺は状況的に割と、人生の安泰ゾーンまで辿り着い

          ショートショート『願掛け』

          ショートショート『鈴の虫』

           朝になるともう、その鈴の音は止んでいた。昨日テントに引っ付き、盛んに鳴いていたそれを、私は日本から持ってきた荷物にたまたま紛れ込んでいたビニール袋の中に入れ、その鈴のような音色に耳を澄ませながら昨晩は眠ったのだった。  動かなくなったその虫をしばらくじっと見、ビニール越しに少し突っついてみても、やはり鳴くことはおろか微塵も動きはしない。どうやら僅か一晩で死んでしまったらしかった。いきなり狭い袋の中に入れたストレスによるものだろうか、それとも口を強く縛りすぎたせいで窒息して

          ショートショート『鈴の虫』

          ショートショート『1000億本目の茶柱』

           茶柱が立つことはこれまでにも時々あったが、立った茶柱が喋りだすのは初めての経験だった。 「おめでとうございます! 1000億本目の茶柱です!」  目の前の茶柱はひたすらにそんな言葉を繰り返す。  理解の出来ない私が恐る恐る茶柱に問いかけると、当然のように茶柱は言葉を返してくる。 「待って、今聞こえてるこの声は、……茶柱?」 「さようでございます!わたくしは人類始まって以来、丁度1000億本目の茶柱です!」  デパートでよくある来店1万人目のお客様的なことなのだろうか。そもそ

          ショートショート『1000億本目の茶柱』

          ショートショート『宇宙一の混浴温泉』

           宇宙一の混浴温泉があるとの噂に、俺はいてもたってもいられずさっさと動き出した。  それは山奥にあった。  一見温泉があるとは思えない簡素な建物に入ると、にこやかな顔をした男が俺を迎えた。随分と頭の大きな、頭の上部が大きく膨らんだような形の、まるでタコのような男だった。  だがそこは間違いなく噂の混浴温泉だという。そして俺は大きな期待を胸に温泉へと飛び出すも、残念ながらまだ俺以外の人の気配は無く、仕方なく俺は体を洗い、湯に浸かってじっくりと待つことにする。  温泉自体は割とあ

          ショートショート『宇宙一の混浴温泉』

          ショートショート『温泉バスボム』

           病に伏せる父から生前最後、これは俺からの形見だと、袋に入った幾つかのバスボムを渡された。  なぜに形見にバスボムを?  それを尋ねる暇もなく父は亡くなってしまった。仕事一筋で無口な父だったけれど、死に際くらい、もう少し話していたかった。 「お父さんね、いつか渡そうとずっと大切にとってあったみたいなのよ」 「けどお母さん、形見に消耗品ってどうなの?」 「そんなのは気にしないでどんどん使ってあげて。きっとお父さんも、そのために作ってたと思うから」 「え、このバスボムお父さん

          ショートショート『温泉バスボム』

          ショートショート『小さな器は大きな器』

           ふらりと立ち寄った蚤の市で私が買ったのは、真っ二つに割れた器だった。 「この子だけ端っこに置かれてて、可哀そうだったのよ」 「それは割れてたからじゃないの?」  そう言って笑う夫に私は何も反論できない。  随分と古びた様子のその小さな器に私は何故か惹かれ、気づけば店主に話しかけていた。そして割れたそれを欲しがる私に、これはもう捨てるものだと店主は言う。結局ほとんど強引に買い取ったものの、割れた器である以上使い道もない。 「そしたら金継ぎかな」 「金継ぎ?」 「割れた皿と

          ショートショート『小さな器は大きな器』

          ショートショート『列車』

           線路を噛む車輪の音に目を覚ますと、そこは列車の中だった。手には矢印だけが書かれた切符が握られており、だが私がどこから来、そしてどこへ向かっているのかはわからなかった。車内には私の他に誰もいなかった。  旅をするのは昔から好きだった。結婚してからも子供が産まれるまでは、妻と共にこうして列車に揺られ、様々な場所へ赴いたものだ。子供が一人立ちし、また夫婦二人きりとなった折にはそんな旅をもう一度と話していたものだが、悠長に過ごしている内に気づけば歳を取り、そして妻は先立ってしまった

          ショートショート『列車』

          ショートショート【その猛獣は直方体】

           森を進み所々に見えたのは、大きくえぐり取られたような跡の残る木の幹だった。あたりを見渡せば根元付近からへし折れた木々も見え、その折れた箇所を観察すればみな一応に、同じようなえぐられた痕跡が見つかるのだった。 「これは完全にそうですね」  高橋さんはその跡にそっと手を触れながら僕にそう呟いた。 「やっぱり熊とかなんでしょうか?」 「いいや、熊にこんな大きな噛み跡、つけられないでしょう」  高橋さんの言う通り、その跡は明らかに大きすぎた。長さにしては優に1メートルはあるのではな

          ショートショート【その猛獣は直方体】

          ショートショート【言の葉】

           一本の木の下に、私は立っている。  あれから幾日、幾年が経っても、この木は何も変わっていないようだった。  この木の下で、私達は幾度も語り合ったり、共に同じ時や経験を過ごしてきた。  見上げれば揺れる枝や梢が見える。その先に付いた葉が、その度にひらりと一片落ちていく。  ゆっくりと落ちる木の葉が私の足元まで届き、地に付き、その瞬間私はその葉から響く音を聞いた。その音は声だった。いつか二人で交わした会話の、一片だった。  私達の声を聞き続けていたのだろうこの木はいつの頃からか

          ショートショート【言の葉】