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ショートショート『神様配送センター』

 おじいさんが一人、道の中央でぐったりと倒れていた。だが通りがかる人々は誰も、そのおじいさんに一瞥もくれず通り過ぎていく。
 そんな中でその青年はただ一人、おじいさんのもとへ急ぎ駆け寄り、大丈夫ですかと声をかける。
 彼の抱きかかえたおじいさんの体は、彼の想像していたよりもずっと軽かった。というよりも、そこに質量というものをまるで感じない。また彼がいくら懸命に声をかけ、おじいさんの安否を心配していても、やはり周囲を歩く人々は我関せず、一方で奇異なものを見る目で彼を見る者さえ現れる。
「今救急車呼びましたから! おじいさん! 自分の名前とか、わかります? 名前!」
 ぐったりと項垂れたおじいさんは小さな声でポツリと呟いた。
「……神様」
「かみさま?」

 いくらかの時が経ち、結局そのおじいさんは彼の部屋で横になっていた。
 あれからすぐに救急車はやってきたが、彼がどれだけ目の前のおじいさんについて説明しても、救急隊員たちは怪訝な表情をするばかりで、そこで彼が気づいたことは、どうやら彼以外の人々にはおじいさんの姿が見えないらしいということだった。
 そうしてどうにもならなくなった彼は、ひとまず自分の部屋におじいさんを連れ帰ったというわけである。

「神様なんですか?」
「……いかにも」
「どうして神様が、あんなところでぐったりと」
「ワシはもう役割を終えた。あとはもう消えるだけじゃ」
 見れば確かに、その神の体はうっすらと消え始めてる様子だった。
「どうにかならないんですか? 神様だって、自分が消えちゃうのは嫌でしょう?」
「いかにも。神様だって勿論消えたくなどないわ。……だが仕方がないのだ。ワシは子供を守るために生まれた神だった。だがもうその子供は、すっかりと大きくなってしまった」
 彼が聞くに神様というものは、誰かの強い思いをもとに、生まれる存在らしい。
 神様が倒れていたあの道の、近くに建った家にてその神様は生まれた。その家に生まれた病弱な赤子を心配し、無事に育ってくれるよう強く願う家族らの思いによって、その神様は生まれたらしい。
 神様の力によって大病はおろか風邪をひくこともなく、その子はすくすくと育ち、遂には大人になった。
 だがとどのつまりは、その神様もその時点で役割を終えたということ。ゆえに今、神様は消えようとしているということだった。
「あの子を見守る日々は大変楽しいものだった。消えたくなど無いが、だがこれもワシのさだめよ」
 次第次第に朧げになりゆくその神の姿を目にしながら、彼はどうにかならないものかと、うーんうーんと必死に考える。
「……新しい役割を引き受けるというのはどうですか? それでどうにかなりませんか?」
 そう言うが早いか、彼は神をむんずと抱え、部屋を出るとどこかへと走り出す。そうして辿り着いたのは、彼の部屋の近所に建つ真新しい一軒家である。
「この家でね、最近赤ちゃんが産まれたんですって。今度はその子のことを、見守っていくってのはどうですか」
「……はたしていいのだろうか、そんなこと」
「病気や怪我から守ってくれるんですから、あの家族もみな喜ぶに決まってますよ」
 そう聞くと随分と薄まった神の目は輝きを取り戻し、みるみるうちにその薄まった体も元の様子を取り戻していくようだった。
「では投げてくれ! 早く!」
「投げる?」
 神の懇願に、少々面食らいながらも言われたとおり彼は神を持ち上げる。ほとんど重さも無い神は軽々と持ち上がり、そして彼は思いきり、神をその家へと向かい、ぶんと投げた。
 勢いそのままに、家の壁へとぶつかるかと思えた神は、その瞬間するりと消えてしまった。だが次の瞬間、家の中から大きな赤子の笑い声が響いた。それを聞き、彼は無事に神がこの家に収まったことを感じた。

 それから町を歩くたび注意深く周囲を観察してみると、意外とそこら中に消えかけの神が転がっていることに彼は気づいた。
 人の思いや願い、祈りから生まれる神達は、その数ほど生まれるのだからさすれば数も多い。今までなぜ気づかなかったのかと思うほど、彼は神を見つけていった。
 そしてその度に彼はその神らを抱え、その神らが再び力を発揮できるであろう場所や人々と、なんとか結びつけてやるのだった。
 しかし時々、なかなかちょうど良い人々と結びつけられないこともある。人の願いは多種多様、例えばペットのブルドッグの偏食をどうにかしたいという願いや、期間限定のカップラーメンがどうしても食べたいという願いなど、同じ願いを持った人間がいるなどとは、到底思えぬ願いも多々あったのである。
 そんなことがいくらか続いた後、彼は思いついた。自分の見知ったこの町を駆けずり回って必死に探すのではなく、もっと広い範囲で、いわば日本中、もはや世界中を探せれば、必ずどこかには同じ願いを持った人間がいるのではないかと、彼は思ったのである。
 そうと決まると彼はホームページ作りに取りかかる。それは名付けて「神様配送センター」である。
 仕組みとしては単純なもので、彼が見つけ、拾ってきた神の情報、つまりはその神の力によって叶えることの出来る願いをホームページ上に記載しておき、それを見て同じ悩みを抱えた人が申し込んでくる。後はその人に向かい、その神を、届けてやればいいだけである。
 もちろん彼が自力でその住所に向けて走ったり、神を思いきり投げるということはない。いくら神に質量が無いといえど、そんな芸当はとても出来たものではないのである。
 代わりにどうするのかといえば、そこは彼も少々賭けだった。
「この人の住所は3つ隣の県です。じゃあ行きますよ」
 そう言うと彼はそのパソコンの画面前で、神をよいしょと持ち上げる。そして勢いよく神を画面に向かい投げつけると、途端神はシュルシュルと画面の中へと吸い込まれ、どこかへと消え去っていった。
「やった! 成功した!?」
 そうして数日の時を待つと、配送先の人からメールが届いている。開いてみればそこには悩みが解決したとのことであり、彼は無事インターネット経由で神を配送できたことに安堵した。
 そうなれば、これまでよりもずっと彼は町中を走り回り、役目を終え、消えかかった神様たちをかき集めていくのだった。そうして神様らの概要を神様配送センターに書き込み、申し込みのあったものから順にどんどんと送っていった。さらには彼はこれらの作業を全て無償でおこなっていた。おそらくはそもそもこれを金儲けに変えようなんて発想自体が全く無かったのだろう。彼は目の前の神様たちが新たな役割を生き生きと手に入れ、消え去る必要がなくなった様子を見ているだけで十分らしかった。また彼は配送後に折り返しで届く、感謝のメッセージも嬉しげに眺めた。

 気づけば町中に転がっていたような神様もすっかりいなくなり、彼は数日に一体ほど拾う程度になっていた。
 だがその一方で、神様配送センターに申し込む人の数も減り出してしまったようで、彼がその神様の概要を記しても、なかなか申し込みが届かなくなってしまっていた。これまでは概要を載せればすぐさま誰かしら、申し込んできてくれていたのにも関わらず。
 その変容を不審に思った彼が調べてみると、彼の神様配送センターとは別の、神様配送センターなるサイトが見つかった。
 覗いてみればそこには膨大な数の神が、売られていた。
 どうやらどこかの大企業が、彼の神様配送センターの存在を偶然に知り、金儲けしようと動いたらしい。
 さすがは大企業、彼らは日本中から神様たちを拾い集め、それらを商品として、サイト上に陳列しているのである。サイトのクオリティも大企業パワーでかなりのものである。またサイトのPRにも力を入れたらしく、それによって元々の彼の神様配送センターとはもはや比べ物にならないほどの利用者を手に入れたらしい。
 ゆえにいくらか金がかかるとはいえ、彼の神様配送センターからその神様配送センターへと人が流れ出てしまったのである。
 それを知った彼は強い怒りに身を震えさせた。
 自分のサイトを模倣しただけではなく、自分達の金儲けのためにそれを利用するとは。そもそも神様を売買するという感覚が、彼には信じられなかった。確かにこれで多くの神様が救われるのかもしれないが、節操のないこのやり方を見るに、売れなければそのまま見捨てられ、消え去るばかりの神様だっているだろう。
 彼は動いた。どうにかこうにかそのサイトを改めさせるべく、サイトへの問い合わせや自分のサイトをより分かりやすくパワーアップすること、その他考えられる限りの手を彼は打ちまくったが、一般人一人の動き程度では、流石の大企業を打ち倒すことなど無理な話だった。彼は足掻ける限りは足掻いてみたが、やはり少しの目処も立たないのが現実だった。

 であればここは、私が出るところだろう。
 彼が私利私欲ではなく善意それだけのために、弱りきった下界の神達を救ってくれていた一連の行動を、私はこの天上からずっとみていたわけである。
 そしてそんな彼を利用し、自らの私利私欲を満たそうと企んだ不届きな企業め。そうなればいよいよ私自ら、何らかの鉄槌を下すほかないだろう。
 さてさて想像だにする不景気を与えてやろうか、はたまた一思いに倒産させてしまおうか。
 天井の神である私はすべてを見ている。思いきり罰を与えてやろうではないか。

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